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HACCPなんてやめちまえ(その12)ー投手に審判を任せる

HACCP の夢、モデルプログラム(HIMP)

1997 年 6 月 10 日、食肉検査法の改定と時を同じくして、FSIS は将来の検査システムのための検証作業として、HIMP(HACCP Inspection Models Project)と呼ばれるモデル・プロジェクトの提案を行ない、食品会社にボランティア参加を求めました。

対象となるのは、若鳥、七面鳥、子豚とし、牛肉類は対象外でした。家禽類を対象とした背景には、米国において、鶏肉の消費が2000年より、牛肉の生産生産量を上回るという事実があります。

アメリカの食肉生産量

HIMP参加希望のモデル事業所においては、事業所で構築した HACCP 計画を運用することが前提となります。

その計画により事業所内で選ばれた検査員が自主的に合格/不合格の判定を行ないます。FSIS の検査員は従来の枝肉の検査から以下の内容の業務に変わります。

  1. 生産管理システムを観察し、工程管理手順が食肉工場で遵守されていることを確認する。

  2. 工場によって不合格とされた枝肉、部位、内臓を観察し、どのような病気や状態が流行しているか、獣医師に情報を提供する。

  3. 工場が受け入れた枝肉、部位、内臓を観察し、それらの中に明らかに不合格とされるものがあれば、それを除去する。

  4. 工場が合格とした枝肉、頭部、または内臓をサンプリングし、合格とした製品に検査マークを取得する資格があることを確認する。

  5. 記録を確認し、工場がHACCP計画に従っているかどうかを判断する。
    等々の活動を実施することになる。

従来までの食肉検査はラインを流れる枝肉一つ一つを検査することを原則していました。すなわち枝肉が流れるラインに FSIS 検査員が張り付いて、一つ一つの枝肉について異常がないかチェックする、いわゆるオンライン検査を行なっていました。

HIMPの目的は以下の通りです。

FSIS が想定しているこの予備的な工場内検査モデルでは、食肉処理工場に配属される検査官の数を減らし、現在食肉処理ラインに配属されている検査官の配置転換を可能にする。これは HACCP の原則に合致しており、検査官がと殺体ごとの監督に留まっている、その監視ポジションから、HACCP 検証、完成品規格試験(中略)、微生物サンプリングなどの業務にローテーションできるようにする。

つまりHACCPを適正に実施していると言う条件で、従来生産ラインの中で従来連邦検査官が実施していたオンライン検査を食肉工場の検査員に権限を移譲し、FSISの検査官はラインから離れ、HACCPの運営についての食肉工場が作成した文書類をチェックしたり、微生物検査のためのサンプリングなどの業務に専任する、いわゆるオフライン検査を行なうことになります。

HIMPの評価は、オフライン検査を実施するHIMP工場と従来通りのオンライン検査のみ、すなわちHIMPを実施しない工場(non-HIMP)を比較することよって新しい検査法の有効性を調査することを目的としました。


HIMPプロジェクトによる人員配置

HIMPを導入することにより、HACCPにより病原微生物由来の食中毒を減らすことができるばかりでなく、FSIS の検査員に関しても適正な配置替え、つまり検査員の削減を行い、コスト削減ができると言うことです。

HIMP の導入により、年間最大 5,200 件の食中毒患者が減り、年間 2 億 5,600 万ドルコストダウンできると見積もっていました。行政当局にとってはコストを削減しつつ、かつ食中毒の予防が進むという、夢のような政策が HACCP により実現すると考えたわけです。

審判の判定を投手に任せる

1997年より開始したHACCPの実証プログラム(HIMP)の結果はどうだったのでしょうか。FSISが結果のレポートを出したのは2011年であり、長い時間がかかっています。

実はHIMPを巡って裁判が起こされていたのです。2000 年 6 月 30 日、コロンビア特別区巡回控訴裁判所での控訴審の判決が出されました。原告は米国公務員連盟及びアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)、被告は米国農務省長官であるグリックマンです。

裁判は連邦食肉検査法(FMIA)の解釈を巡って争われました。HIMP プログラムにおいて、従来の検査方法、枝肉の製造ラインに検査員が張り付いて検査を実施する、いわゆるオンライン検査から、枝肉の検査は工場の検査員に任せるオフライン検査に移行する計画でした。この計画が 食肉検査法(FMIA) に違反する、という訴えです。

原告の米国公務員連盟は連邦の食肉検査員が所属する組合であり、つまりFSISの検査員が属する組織が起こした裁判であります。裁判の背景として、HIMPにより、検査員の削減されることを恐れた組合の反発があったのは想像に難くありません。

コロンビア特別区連邦地方裁判所で行われた裁判では FMIA で定める「検査」の定義に関しては、必ずしも枝肉一体ごとの官能検査を要求しているものではないとされ、政府側に有利な判決が下されました。

これに対し控訴審では、この「検査」の現場への委託に関して、「投球をつぶさに見ているからと言う理由でピッチャーに審判に委ねる」ようなものであり、「検査」が FMIA で明確に定義づけられいないからとは言え、連邦検査員は人ではなく現物である枝肉を検査すべきであると、第一審の差し戻しの判決を下したのです。

この判決を受けて、FSIS は検査の規則を変更しました。その新ルールによる控訴裁判所での再審理が 2002 年に行われました。USDA の新ルールによれば、新たに 2 種類の検査員を現場に配置します。「枝肉検査員」と呼ばれる検査員、従来通りのオンライン検査員の部分的復活です。つまりHACCP導入の目玉であった「検証検査員」と呼ばれるオフライン検査員を共存させる折衷案といえます。

この裁判に関して、食品安全担当次官のエリザベス・ハーゲンは、旧来の官能検査主体の検査からサルモネラ菌に焦点を当てた検査に変更する流れは変っていないとコメントしました。

HIMPのあいまいな結論

10 年以上の月日を得て、2011 年に FSIS は HIMP に関する報告書を発表しています。このレポートに対して、米国会計検査院(GAO)が 2013 年 8 月にがさらにレポートを発表しました。題名は「鶏肉・豚肉の検査方法の変更に対して、その変更の影響を明らかにするため、より多くの情報開示とデータが必要である」です。

GAO レポートによれば、FSIS の報告書は求められているデータに関して部分的にしか開示していないと指摘する。たとえばHIMP プログラムは若鶏、子豚、七面鳥の三種についてプログラムをスタートしたわけであるが、報告書は鶏の記載しかない、との指摘があります。

さらに10 年以上の期間を経た HIMP プログラムについて、全期間の時系列のデータが開示されておらず、数年間の「スナップ・ショット」のみであるとと、つまりデータのいいとこ取りをしているのではないかという疑念であります。結論としてFSIS 報告書はデータを恣意的な選び方をしているという疑義は拭えず、HIMP プログラムの有効性についての結論としては不足であるとしました。

このように厳しい指摘がなされているにもかかわらず、GAO レポートは最後に二つの推奨事項を挙げているのみです。一つ目は上述の通り、今後法改正を目指しているのであれば、データの完全な開示を行うこと、そして FSIS 報告書についてまったく触れていない豚肉についてのデータを公開すること、の二点です。ただこれはあくまで推奨事項であって、直ちに改善を求めるものではありません。

実際のところ、食品安全担当次官のエリザベス・ハーゲンは、旧来の官能検査主体の検査からサルモネラ菌に焦点を当てた検査に変更する流れは変っていないとコメントしました。GAO レポートは報告書に関して推奨事項を 2 点のみであり、報告書自体はHIMPについて否定していないのだ、と主張しています。

このようにあいまいな形でありますが、プログラム開始から十年以上の期間を経て、鶏肉に関しては 2014 年 8 月 21 日公布の家禽類屠畜検査近代化法(Modernization of Poultry Slaughter Inspection)が公布され、豚肉に関しては、 2019 年 10 月 1 日にようやく「豚に関する新しい屠畜検査システム(Modernization of Swine Slaughter Inspection)」が導入されるのです。

実を言うと、FSISの検査員を現場に張り付けて全数検査するという検査法に関しては、もう一つの問題があったのです。下手をすると、この検査法ゆえにアメリカの食肉の生産性が上がらず、国際競争力を失いかねないという懸念があるのです。

この検査法の規制緩和は食肉業界の喫緊の課題であり、規制官庁も業界の要請に寄り添う方向に動きます。つまりHIMPのように、ボランティア参加によるプログラムの実施と言う形式で、規制緩和を容認するのです。その参加条件として、HACCPの運用が前提条件として使われることになります。


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