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オンラインで雑談ミーティングをすることの重要性

4月からのオンライン授業対応への波が一時的におさまり、ようやく休みがとれるようになりました。3月・4月・5月は、土日もフル稼働に近い状況だったので、感覚的には「死ぬほど忙しい」から「忙しい」くらいになったかんじでしょうか。

イメージ的にはこんなかんじ。ちゃんとした5件法になってないけど。

5:死ぬほど忙しい ← 3・4・5月
4:忙しい ← 6月現在
3:ふつう(例年通り)
2:少し楽
1:楽

早くレベル3に戻ってほしいですが、5に戻る可能性の方が高く、4の状態をキープできたらまだよいってかんじでしょうか。

とはいえ、一時的にレベル4まで下がったので、こういうときに今後のための準備をしておくことが重要です。

例えば、研究については、急に3月からオンライン化の波にのまれたこともあり、場当たり的な対応でなんとかしていた部分が多々あります。こうした環境の中で、いかに安定的に研究を進めていくのかについては、環境整備をしていく必要があります。

そこではじめたのが「研究に関するオンライン雑談ミーティング」の設定です。今日はオンラインで雑談的な場を作ることについてかきたいと思います。

研究雑談ミーティングとは?

これは特にアジェンダや資料の準備を必要とせず、お互いが考えている研究についてのアイデアを1時間程度ざっくばらんと話をするという会です。発表順も、テーマもありません。

最初はそれぞれの最近の仕事の状況についてだらっと話をしていき、気づいたらゆるっとだれかの研究の話になり、研究を進める上でのちょっとした疑問やアドバイスを相互に話していくようなかたちでやっています。

Zoomで集まるというと、いわゆる「ゼミ(授業)」や「ミーティング(会議)」のようなかんじがするかもしれません。しかし、この場を正しく表現するならば「研究室の雑談」や「職場での立ち話」のようなイメージだと思います。

1.ゼミ(授業)やミーティング(会議)における議論
2.研究室や職場内での雑談

この2番目の方の場をいかに意識的につくるのかが、研究に限らず、いまどのようなコミュニティにおいても大切なのかなと感じています。オンラインだとかなり意識的に2の場をつくろうとしないと1だけになってしまいます。

ただ、よくよく考えると、コロナ前でも、2の場の恩恵を受けているかどうかっていうのは差があるよなと思います。

行かなくてもいいけど行くと楽しい場所

これらの内容を考えていたときに、ふと自分の大学院生の生活を思い出しました。大学院生のときは、「授業」や「ゼミ」以外の時間はかなり自由なので、大学にこなくてもいいし、ずっとひとりでいてもかまわないような状況でした。家にいてもいいし、カフェにいてもかまいません。

さきほどの1と2の分類でいえば、1の場(ゼミや授業)の「参加はマスト」ですが、2の場については「参加は自由」でした。

しかし、どっちが研究が進むかといえば「圧倒的に2の場を持っておく」方がいいのですよね。具体的にいえば、研究室に顔を出して作業していた方が圧倒的に研究が進むのです。

その理由はいくつかあると思うのですが、研究室メンバーと一緒にいると、

・ちょっとわからないことがあったときにすぐ聞ける
・他のメンバーが分析していたりする様子をみて学んでいる
・一緒にがんばろうというモチベーションがあがる
・研究が進まない愚痴を共有できたり、気分転換になる
・人に自分の研究状況を説明することで問題が解決する

などの効果があったと思います。

もちろん、研究室にいると、ひとりではないので「自分の研究を進めようと思ったところで、何か頼まれる」とか、「作業に集中しているのに、コンビニにいこうと誘われる」、「イヤホンをして作業しているのに、気にせず自分の研究についてめちゃくちゃしゃべりかけてくるやつがいる」とかあるんですけどね笑

そのへんはひとりで邪魔されたくないときは違う場所でやって、その後研究室いくとかしてました。

このように、「行ってもいかなくてもよくて、テーマも決まっていない、ふとした雑談できる場」というのは、かなり重要な役割を担っているのですよね。

雑談なのにアジェンダがある?

こうした場は、オンラインになるとかなり意図して場をつくらないと大変だよなと思っています。

しかし、オンラインでこういう場を設計すると、それはそれで不自然になることも多々あるでしょう。

さっきの研究室の雑談的なものは、けして「雑談しよう」と集まっているわけじゃないのです。

主目的:個人の研究を進める
副産物:雑談をしているうちに研究が進む

という場の設計になっています。しかし、オンラインで場をつくろうとすると「雑談の場」みたいにしてzoomミーティングを設定するので、

主目的:雑談
副産物:?

になるのですよね。なので下手すると、「雑談の場」なのに、「今日はこういう雑談をしよう!」とか、「だれから話をしはじめましょう」みたいになり、気づけば「普通の会議になってしまう」のかなと思っています。

余白の時間をつくろうと思ったのに、結局「合目的的」でなにかフラストレーションが溜まる場になってしまうというのはよくあることかなと思います。

これは「雑談の会議化現象」ともいえるでしょう。

この「主目的」と「副産物」のねじれ現象というのは、オンラインに限らず、場の設計をする上でかなり重要な視点だと思っています。

これらは「遊びのデザイン」とも関連していると思っていて、このあたりはあとでしっかりまとめたいとなと思っています。

まとめ

今日はオンラインで雑談ミーティングをとることについて書きました。

考えてみると、ぼくは学びと遊びに関わる場の設計をさまざまなおこなってきましたが、こういう「ゆるっとした場」が非常に好きなのですよね。

「ゆるっとしている」というのは、すなわち「あそびがある」とも言い換えられます。

「合目的的できっちりした場」よりも、「余白を残した設計」の方が個人的に性に合っているところがあり、そのへんが「遊び」などの研究に興味を持つ要因になっているのかなと思っています。

「学び」と「遊び」という両方のキーワードに惹かれつつ、やはり自分が本質的に興味があるのは「副産物としての学び」なのだろうなとはあらためて感じるところではあったりします。

コロナでいろいろな制限がかかる中で、やはり意識的に「遊び」や「余白」の場をつくることが大切だと考えているので、そのあたりはいろいろな実践をしつつ、考えもまとめていきたいなと思っています。

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