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完全オンライン授業後の「対面授業の進化」に思いをはせる

少し気の早い話かもしれませんが、この完全オンライン授業化が終わった後に、対面授業がどのように進化するのかを考えるとちょっぴりテンションがあがります。オンライン授業で実現させられたさまざまなアイデアを、対面授業に持ってこれるイメージが湧いてきました。

これまでの当たり前を一回すべて忘れたおかげで、元々のやり方が進化するというのは、イノベーションを起こすための基本的な流れといえるかもしれません。いまそれをじぶんの身体で実感しているのですね。

変化の怖さと向き合いながら

オンライン授業が実現されてしまうと、対面の意義が薄れるという話があります。また、もう私たちはコロナ前には戻れないというのは、たしかに少し怖い話です。

私たちは一度何かを体験したり、学習したりすると、もう前のようにものごとを見ることができなくなります。お笑い芸人の「かまいたち」さんではないですが、トトロは一度見たら「もうみちゃっている」んですよね。

そういう怖さの感情は、ある意味でしっかり受け止めた方がいいかもしれません。恐怖は見ないようにしようとするとより怖くなります。こうした変化への恐怖を受け止めた上で、新しいことがはじまりそうだという予感を力に変えられるといいのかなと思っています。

どのように進化していくのか?

オンライン授業をしていると、以下の点が対面より優れているように感じています。

・個々人のワークの進捗状況の可視化
・対面より優れた「フラットな感覚」
・優れたアーカイブ性
・授業内容の圧縮と理解度への配慮

このあたりの「オンライン授業ならではのデザイン」が、あらためて今度は対面授業にもどってきたときに、「新たなデザイン」として実装されるのではと思っています。

例えば、教室の空間デザイン、ワークの指示、テクノロジーと連携した進行などは、新たな進化をとげるかもしれません。これまでの授業設計の「当たり前」や「セオリー」を多少揺さぶることになるかもと思っています。

ポストコロナ(ウェズコロナ)時代の対面授業を思い浮かべながら

何回かオンラインでの同期型・演習授業をおこなう中で、少しずつではありますが、この授業設計・進行になれてきました。

そして、ぼくの頭の中にはやはりどこかで「これを踏まえて、また対面でやるんだ」という思いがあるのでしょう。だからこそ、知らぬ間に、今回の記事のように「次は対面でこうやろう」ということを考えているのだと思います。

この騒動がいつまで続くかはわかりません。

しかし、またみんなで対面で授業できることを信じて、そのときに「オンラインでいいじゃん」ではなく、「対面の授業がより面白くなっている」と思えるようになったらいいですね。

しかも、そのときは「完全オンライン側のリーダーシップ教育プログラム」もできあがっているでしょうから、そっちはそっちで独自進化していくんじゃないかなと思っています。

この危機を乗り越えた時に、教育の土壌がより豊かになるように、そんなふうにすすめられたらうれしいなあ。


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