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嘘だって付くことができる。のん主演「私にふさわしいホテル」感想文

のんの新作映画「私にふさわしいホテル」を観ました。上映館がそんなに多くなかったりで、勝手に心配していたのですが・・・・。

めっちゃ面白かった!

ほとんど前情報を入れずに見に行った「私にふさわしいホテル」
これは、「笑う映画」なのだと気付いたのは映画が始まって15分後くらい。
後ろの席のおじさんがクスクス笑い始めて、僕も声をあげて笑っていた。
泣ける映画を作るよりも、笑える映画を作る方がきっと何倍も難しい。
12月27日という不思議なタイミングで公開された映画は、まさにお正月にふさわしいハッピーな作品でした。

のんが演じる新人作家・中島加代子。と、滝藤賢一が演じる天敵の大御所作家・東十条。そして、田中圭が演じる大学の先輩である文芸編集者、遠藤。
物語は、ほぼこの3人のみで進められる。

なんとなく大御所・東十条の理不尽な妨害と可哀想な新人作家・中島(のん)みたいな構図かと思っていたけれど、よくよく見ていくと東十条が悪かったのは最初だけで、後はほとんど中島(のん)の、かなりやりすぎな過剰防衛。

原稿は水浸しにされるし、スナックで高額の支払いを押し付けられるし、家族には秘密を暴露されるし、冷静に見たら滝藤さんはかなり可哀想。
でもそれがテンポのいい編集と、3人の見事な演技で「トムとジェリー」のようなコメディーに昇華している。
(編集の巧みさが、今回かなり効いていた)

原作の柚木麻子さんが「主人公を演じられる俳優が日本にいるのか」的なことを書いていたけれど、それも納得。他の俳優だったら、主人公の復讐は「わがままな暴走」にしかならなかったはずだ。
でも、そうはならなかった。

嘘くらい、簡単につける。

それが、今回開いた新たな扉だった。
これまでの「さかなのこ」でも「ribbon」でも、のんはどちらかと言えば「真実を見せる」ことに凄みがあるのだと感じてきた。
人が目を向けようとしない、真実や本質。心の奥底に眠っている感情。
それを結晶のように純化させて、さらに剥き出しのままで見ているものに突きつける。
それが、のんなのだと感じてきた。

でも、そうではなかった。いや、それだけじゃなかった。
大御所作家の前で吐く、あからさまな「嘘」。
そんな嘘に騙される訳がない、と思いながら僕らはのんの「嘘の演技」を見る。そして滝藤と共に、その嘘に引き込まれていく。
もしかしたら、本当かも。嘘に交えて本当の過去を話している設定?
どっちだかわからない。もしかしたら、嘘でも本当でもいい。その嘘をもう少し見ていたい。

翌朝になると、滝藤は嘘に気付いて激怒する。僕らはそれを観て爆笑する。
でも滝藤演じる大御所作家は、のんの嘘に怒りながら、不思議に創作に向かうエネルギーを取り戻していく。
そして、その気持ちは僕らにもわかる。
のんの表情がスクリーンにアップになり、その瞳のエネルギーを浴びるとき、僕らもまた、何かを始めたい気持ちになっている。

もちろん、文壇の矛盾に対する怒りや、才能の不平等といった、シリアスなテーマも織り交ぜられていた。橋本愛演じる、書店員との物語は「早乙女カナコの場合は」につながっていくらしい。
でも何よりも楽しかったのは、天敵同士ののんと滝藤が一時休戦して共に悪だくみをするシーン。2人のワチャワチャしたコメディを、もっともっと見ていたい。そんな気持ちになるような作品は、のんの映画では初めてだった気がする。(田中圭のでしゃばらない演技も流石でした)

連勝記録の更新。
のんのフィルモグラフィーに、今回の映画を位置付けるとしたらそんなタイトルが付くのだろう。ある種のアウェーとも言える作品世界に飛び込んで、
(正直、うまくいかない場合もあるかなと心配していた)
歴戦の俳優・スタッフを前に、堂々と新境地を披露した。
今ののんには「かわいい」という言葉より「カッコいい」という言葉の方がよく似合う。

正直、もっとヒットしていい作品だと思います。
きっと予算的なスケールはそんなに大きくない作品だと思うし、
ちょっと宣伝しづらいタイプの映画かな、とも思うけれど
こういった気の利いた作品が増えてほしいなと思える、新年初映画でした。


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