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のん新作PV「夢が傷むから」に寄せて

のんの新しいPV「夢が傷むから」
彼女の新しい歌も楽しみだったけど、彼女が監督し又吉直樹が出演したPVの方がもっと楽しみだった。そんなアーティストは稀有だと思う。

PVの中でのんは、又吉と同じようなソバージュで、又吉の青春時代の姿を演じる。又吉本人は、現在の又吉として出演し、のんは、同じ画面の中でヤング又吉として存在する。
驚くほど違和感がない。そう、それは本当に驚くほど。

若い男性をのんが自然に演じることは、「さかなのこ」を経験しているから何も不思議ではない。
不思議だったことは、又吉本人が演じる今の又吉が「のんの13年後」にも映ったことだ。
30歳ののんと、43歳の又吉。のんは、43歳の又吉の視線で歌詞を書き、PVを作っているように思えた。
うまく伝わるだろうか。

眩しい光に 縋り付くように
虚しく手を伸ばす
未練がましいこんな時まで
でも終わらせなきゃね

「夢が傷むから」より

又吉の小説「東京百景」にインスパイアされたという曲。描かれているのは、若き日の恋人との別れや、若き日々そのものとの訣別。

それは輝いているけれど、もう戻ってこない。
先へ進むためには、輝いた日々とも別れを告げなければいけない。今の又吉が、ヤング又吉をぼんやりと見つめる姿が、何度も挿入される。

繰り返しPVを見ていると、疑問がわいてくる。
30代になったのんが、この世界を描こうと思ったのはなぜなんだろう。
彼女は、何かと別れを告げようとしているのだろうか。

「あまちゃん」が再放送された2023年にのんは30歳になった。
CMの露出が増えたのはファンとして嬉しいこと。でもちょっとだけ違和感もあった。

CMでの彼女は、いつも「元気いっぱい」。それももちろん魅力的だけど、でもいつもそれだけなのは変。だって彼女の表現や人間性の中で「元気いっぱい」は、ごく一部であることを僕らは知っているから。

のんを「使う側」は、あまちゃんのイメージ、能年玲奈時代の延長線だけを期待しているようで、そういった仕事も全力でやっていることはわかるけど、それはやっぱり違和感だった。
彼女はもう、その先へと進もうとしているのに。

さよなら 輝く夢を掴むから
甘えてた僕を突き放して
ありがとう
もうバイバイだよ

又吉の作品に感銘を受けたから、その世界観を歌にした。きっとそういうこともあるだろうけど、もう少し深読みをしてみる。

きっとのんは、若き日を振り返り、それと決別しようとする又吉の表現に「今の自分」と重なるものを感じたのではないか。

つまり、のんが描こうとしたPVの世界観の中で、のんが自分を重ねているのは、又吉本人が演じる「若き日を振り返る男」なのだ。
うまく伝わっているだろうか。

30歳になった時のインタビューで「激動の20代だった」と振り返ったのん。30代という節目に、彼女は新たな階段を登ろうとしているように思う。その最初の手紙のように届いた「夢が傷むから」と、そのPV。
彼女は何かに焦点を絞ろうとしているように思う。

自分の道を見定めること、そのためには別れを告げなければならないものもあること。その分岐点にいま自分は差し掛かっていて、時が流れた後に自分はきっと今の自分を「痛み」と共に振り返る。

そんな未来の自分から今を振り返る歌、その「未来の自分」を又吉に託したのだと思う。

なんて複雑な構造。
初めての監督作である「Ribbon」の時も思ったけれど、監督のんが、自身を客体化して映像作品を作る時、誰にも真似のできない世界が生み出される。

唯一無二の俳優である自分を、最大限に活かすことができる映像作家でもある、のん。
それは本当にとんでもない才能だと思う。

闇雲に道を切り拓いた20代を越えて、彼女にどんな30代が待っているのか。そして、どんな作品がこれから届けられていくのか。

それは全然わからないし、わからないことが楽しみではあるけれど、その中には「成熟」というテーマもあるのではないか。

何回も見返したPV。

物憂げに自らの若き日々を見つめる又吉の表情に、そんなことを感じた。


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