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遠矢神楽舞、超ローカルの伝統を引き継ぐ

少年時代。小学校3年~中学1年の夏までのあいだ、北海道釧路郡釧路町の「遠矢(とおや)」という地域で過ごしていた。子どものころの記憶のなかでも遠矢での4年間は、とくに強く印象に残っている。

釧路湿原国立公園に近いエリアということもあり、湿原の中へ入って基地をつくったり、釣りをしたりと、本当さまざまな遊びをした思い出たち。(ここには書けないことも...笑)

その後、転々と住まいを変えながら大人になり、2年前に遠矢へ戻り、妻(遠矢育ち)と子3人で毎日にぎやかに過ごしている。

当時、清水が通っていた遠矢小学校は、1学年3クラスは当たり前で、生徒数もかなり多かったが、現在は1学年1クラス。実際に長男(小4)と長女(小1)を通わせているが「人口減少」という社会の課題を実感するばかりで、何かできることがないか?と思い、PTAや釧路町青少年育成協会子ども会にも理事として参加している。

そして、愛着ある地域の暮らしに少しずつ慣れてきた、そんなある日。遠矢のコミュニティセンターで1枚のポスターを見かけた。

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北海道釧路町遠矢地区にある、釧路神社に伝わる遠矢神楽舞は、福島県相馬郡太田村益田(現在の南相馬市原町区)の八坂神社に伝わっていたものを村田久悦が、郷里で習得し昭和9年(1934年)に遠矢へ持ち帰ったものです。この由緒ある郷土芸能文化を後世に伝えるため、昭和53年(1978年)4月に遠矢神楽舞保存会を設立し、今日に至っています。
遠矢神楽舞保存会

(たしか、小さいころに見た気がするな...)ふわっと、頭をよぎる心の声。

その後もなんだか気になってしまい「子ども会」で一緒の人に話を聞くと、なにやら人材不足で存続の危機らしい...

「若い世代の担い手がいなく、このままでは神楽舞もなくなってしまうのでは?」といった話だった。

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ひとことで言うと、「勝手な使命感」。何かをやるときに、清水が掲げてしまう旗にはいつも「それ」が書かれている。

(誰もいないのなら、俺がやるしかないだろう!w)

心の声に背中を押されて、ブオンブオンとまたその旗を振り上げてしまった清水。家庭を持つ前だったら、まったく考えられないことでもあるが、今となっては楽しみながら関わっていきたいと思えている自分がいる。

地域の文化伝統に交じっていく様子を、またしても勝手ながらnoteでお届けしていきたいと思う。

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