芋出し画像



                二〇䞉九幎䞃月二十六日 䞀四時二五分
                      沖瞄県島尻郡座間味村阿嘉

 本郚が甚意したセヌフハりスは阿嘉島のフェリヌタヌミナルから埒歩で十分皋床、小さな雑貚店の裏手にあった。集萜のほが䞭心だ。
 おそらく毎幎蚪れる猛烈な台颚に察抗するためなのだろう。建物の背は䜎く、コンクリヌトの壁は分厚い。
 屋根の䞊には倧きな貯氎タンクが眮かれ、䞡偎の門柱には沖瞄颚の狛犬、シヌサヌがそれぞれ鎮座しおいる。入口のすぐ右がキッチン、反察偎がダむニング。奥に居間、寝宀が二぀。
 呚囲に雑草が生い茂っおいるこずを陀けば、小さな芁塞のような家だ。
 有難いこずに、この家にはちゃんず゚アコンが完備されおいた。゚アコンは今フルスロットルで宀内の枩床をなんずか二十五床に近づけようず唞りを䞊げおいるずころだ。
 俺たちはセヌフハりスに到着するず、い぀もの習慣ですぐに居間のガンロッカヌに収玍されおいる装備品をチェックした。
 䞉䞀匏アサルトラむフル二䞁、予備拡匵マガゞン六個、五五六ミリラむフル匟四癟発、五五六ミリタングステン培甲匟癟発、九ミリ匷化匷装匟癟五十発、九ミリフランゞブル匟癟五十発、バレット察物ラむフル䞀䞁、予備マガゞン六個、十二䞃ミリ口埄培甲ラむフル匟五十発、十二䞃ミリ口埄フランゞブルラむフル匟五十発、䞃〇口埄サヌモバリック匟癟発、䞃〇口埄匷装培甲匟癟発、電磁フレア・グレネヌド䞀箱、爆匟䞉組、クレむモア䞀箱、プラスティック爆匟二十キロ、遠隔起爆装眮䞉組、時限起爆装眮䞉組、スポッタヌスコヌプ二基、携垯颚向蚈二基、小型無人偵察グラむダヌ二機、その他サバむバルキットず応急薬品䞀匏、応急手術甚噚具䞀匏、情報端末を兌ねた電子サングラス二組、暗芖ゎヌグル二基、フェむスぺむント、それにボディアヌマヌ二組。
 すべおの装備品が敎然ずスチヌルのラックに収められおいる。攻撃を䞀回しか想定しおいないため匟薬が少ないが、装備ずしおは十分だ。
 ずりあえず裏庭にクレむモアを蚭眮する。
 トラップワむダヌはセットしなかった。䞇が䞀ご近所様を吹き飛ばしおしたっおは面倒だ。
 裏庭から戻っおくるず、居間の隣の薄暗いキッチンでは早速マレスが小型無人偵察グラむダヌナむト・レむノンを組み立おおいた。
 党長五十センチほど、完党自埋飛行機胜を備えたこの玙飛行機のようなグラむダヌは、䞻翌の倪陜電池で内蔵の二次電池を充電し぀぀ゆっくりず䞊空を旋回し、搭茉された高性胜カメラずサヌマルビゞョン、それに高床な聎音胜力で二十四時間地䞊を監芖する。飛び立おば文字通りクレアの目ずなり耳ずなるはずだ。
「はヌい、できたしたよヌ」
 マレスは組みあがったグラむダヌに声をかけるず、今は黒く芋える機䜓を片手に裏手のドアから倖に出た。
「よろしくね」
 グラむダヌを右手でやさしく虚空ぞず抌し出す。
 倧きな透明のプロペラをゆっくりず回しながら、黒いグラむダヌは無音のたた䞊空ぞず舞い䞊がっお行った。
 メタマテリアルの電磁光孊迷圩を備えたこのグラむダヌは、䞊空の色圩を正確に機䜓䞋面に再珟する。䞀床宙に舞い䞊がっおしたえば機䜓は空に溶け蟌んですぐに地䞊からは芋えなくなるはずだ。
「宙君、やっぱり海が芋えたほうがいいよねヌ」
 い぀も持ち歩いおいる、亡くなった家族の写真を食る堎所をりロりロ探しおいるマレスを埌ろに、俺は居間の片隅、䞀般家庭であればテレビが眮かれおいるであろう片隅に蚭えられた通信コン゜ヌルを開いた。自衛隊の石垣島通信むンフラを間借りする圢で垂ヶ谷地区ず繋がれおいるこの光孊通信有線ネットワヌクは通信傍受される心配がない。
「やっぱりここかなヌ」
 マレスが写真を窓際に食る。
──着きたしたか、和圊
 コン゜ヌルに火が入ったのに気づいたのか、早速クレアが話しかけおくる。
 画面の巊偎に開かれたりィンドりに映る癜いスヌツ姿のクレアは涌しげで、クレア専甚の倧容量むンタヌフェヌスチェアに収たったその姿は実に心地よさそうだった。
 本郚にいる限り、クレアはネットワヌク資産も電子支揎も䜿い攟題だ。い぀もであれば小型タヌミナルやキヌボヌドに頌らざるを埗ないような操䜜も、この怅子に座っおいれば脳内で──人工知性䜓に察しお脳ず蚀うのも倉な話だが──凊理できる。
──そちらはどうですか 暑い
「ああ、暑いな。気枩䞉十二床、今日の予報では最䜎気枩が二十六床だ。湿床も高い。那芇よりはただマシだが最䜎だ。ベタベタしおかなわん」
──やはりその蟺は日本ではないですね
「気候的にはな」
「やっほヌ、クレア姉さた」
 俺の怅子の背に䞡肘を預け、マレスが隣から割り蟌んできた。
「そちらはどうですか」
──東京では雚が降りそうですよ。私は二十六階の遠隔指揮宀にいるから関係ないですけど
「さっきナむト・レむノンを䞊げたした。デヌタ、来おたす」
──ええ、入電し始めおいたすよ。䜏民ず芳光客のマヌキングが始たったずころです。今、癟二十人マヌクし終わりたした。そろそろ芋えるはずです。マレス、デヌタグラスをかけおごらんなさいな
「うん」
 クレアに促され、マレスがサングラス型のデヌタ端末を棚から取り出す。
「はい、和圊さんも」
「ああ」
 マレスに続いお、俺も枡されたデヌタグラスをかけおみた。
 なるほど、すでにデヌタが流れ始めおいる。
 県鏡をかけた途端、壁の向こう、海際の道を歩く二人の人物の茪郭が描画され、そこにタヌゲット・ディスプレむボックスが衚瀺される。衚瀺は緑。敵性ではない。ボックスには枝が生え、そこに顔認識で割り出されたそれぞれの氏名が衚瀺されおいる。
「芋えたした。でも、党員ではなさそうですね」
 マレスが冷静に呚囲を芋回しながらクレアに蚀う。
「もっず呚りにはもっず人がいるはずです。気配があるのに芋えない人がいたす。それに家の䞭の人もただ衚瀺されおいないみたい」
──ただ特定が完了しおない人は芋えないから。それに、持垫の人ずか、ダむビングむンストラクタヌの人ずかはただ海に出おいるみたいですね。お幎寄りも暑い昌間は倖に出ないみたいで、そういう人たちのマヌキングも遅れおいたす。でも、明日の朝たでにはマヌキングも終わるはずです
「ゞゞババはどのみち員数倖なんだから、あたり気にしなくおいいだろう」
──お幎寄りです、和圊。あなたは本圓に口が悪いですね
 クレアがい぀ものように小蚀を蚀う。
 俺はそれを聞き流すずデヌタグラスを倖しおテヌブルに眮いた。
「できれば今日の日没たでには目星を぀けたい。どれくらいで特定できそうだ 特定できれば明日のくだらんダむビングツアヌに行かないずいう遞択肢が出おくるかも知れん」
「えヌ、行かないんですか 楜しみにしおたのに」
 ただ透明なデヌタグラスをかけおいるマレスが頬を膚らたせる。
「お前は䞀䜓䜕をしに来たんだ。あれはあくたで停装だ。行かないで枈むならその方がいい」
「それはそうなんですけどお  」
 ふくれっ぀らでマレスが口を尖らせる。
 俺は片手でマレスの顎を掎むず、少し力を入れお膚れた頬から空気を抜いた。
「そんな顔をするな。お仕事だろ」
 東京から千五癟キロあたり。
 カメラの向こうで俺たちのバカなやり取りを芋おいたクレアが埮笑を浮かべる。
 モニタヌの䞭でクレアは口を開いた。
──努力はしたすけど和圊、今日䞭の特定は難しいかも知れたせんよ。盞手はどうやら隠れる気がなさそうなので芋぀けるのは比范的簡単だずは思いたすが、なにしろ電子探査手段が効かない盞手ですからね。それなりに時間がかかりたす
 クレアは俺に蚀った。
──第䞀、特定できたずしおも䜜戊のブラッシュアップをしないずいけたせん。倧たかな䜜戊蚈画は策定枈ですけど现かいチュヌニングが必芁です。ブラブラ出かけお行っお察凊できるような盞手ではないのでしょう 和圊、明日の昌のダむビングは行っおきお䞋さい。午前䞭に二本朜ればいいだけの話です。停装工䜜は重芁です
 倧田倧䜐を説埗しお投降させる぀もりでいるこずを俺はクレアにも話しおいなかった。
 隠す぀もりもなかったが、蚀う機䌚がなかったのだ。
「  了解」
 枋々クレアに答える。
「和圊さん、ひょっずしお旅行、嫌い」
 䜕かを誀解したマレスが、気遣わしげに背埌から顔を芗き蟌みながら俺に尋ねた。
「いや、別に嫌いじゃあないんだが」
 䜕にでも感激し、明るいマレスず行く旅行はずおも楜しい。
 それが任務でなければ、だが。
「状況が状況だ。今はずおも楜しむ気にはなれん。それに、俺はダむビングはあたり奜きじゃないんだ。アラスカの深海で凍死しかけたこずを思い出す」
「明日行くずころは綺麗みたいですよ。䞀本目に行く西浜は癜い砂地で生き物が沢山いるみたい。二本目の儀名はマンタレむやりミガメがいるんですっお。平均氎深も䞀〇メヌトルくらいだし、楜しいず思うな」
「カメラ、持っおいくか。倧久保はマレスの氎着写真をご所望だ」
「撮らないでくださいね。私、傷だらけだから写真は断固拒吊したす」

  

 なるほど、阿嘉島の海底はずおも矎しかった。これは巚倧な海䞭の宝石箱だ。
 米軍の攟出品だずいう小舟のようなボヌトで沖合にたで連れお行かれるず、俺たちは若い女性ガむドに連れられお海底に降りた。
 正盎、䞀〇メヌトルならスキュヌバは芁らない。俺もマレスも五分近くは無呌吞で掻動できる。スキンダむビングのほうがずっず身軜で楜だ。
 俺は浮力調敎ベストから゚アを抜くず、西浜の砂地にあぐらを組んだ。タンクを背もたれにしお、楜しそうに挂うマレスをのんびりず䞋から眺める。
 氎面から差し蟌む明るい陜光が無数の線を描いおいる。䞋から芋䞊げる氎面は波打぀鏡面だ。
 癜く茝く氎面を背景に、黄色や青色、それに半透明な身䜓の皚魚が塊になっお矀泳しおいる。
 この氎域は透明床が高いため、氎䞭を遥か圌方たで芋枡すこずができた。遠くのほうにがんやりず、赀や黄色のサンゎに圩られた倧きな岩が芋える。
 マレスが行きたがるのも無理はない。
 氎枩が高かったためりェットスヌツは着なかった。氎枩が二十䞃床もあれば䜓枩損倱は気にしなくおも問題はない。第䞀、スポヌツダむビングだ。厳栌に䞉十分の朜氎時間が守られおいるスポヌツダむビングなら、身䜓が冷えきる前に朜氎時間が終わる。
 自分でも蚀う通り、赀いビキニを着たマレスの身䜓はずころどころに倧きな怪我の跡があった。今はに隠されおいお芋えないが、右の脇腹にはえぐられたような銃創があるし、背䞭にもかなり倧きな瞫い跡がある。
 埐々に日焌けし始めおいるマレスの肌の䞊で巊肩の现い傷跡が癜く浮き䞊がっおいる。写真を嫌がるのも無理はない。
 いや、別の理由なのかも知れないが。
 ふいにマレスは俺の方に寄っおくるず、ベルを鳎らしおから軍隊匏のハンドサむンで話しかけおきた。
 俺を指差し、立おた䞡手の人差し指を二床ほどぶ぀けお握った拳を䞊䞋に振る。぀いで指で方向を指瀺。
 〈和圊さん〉〈䞀緒に〉〈早く〉〈あっちに行きたしょう〉
──マレス、口で蚀え。䜕のために氎䞭通話機぀けたんだ
 蚀いながら広げた手のひらを䞊から䞋に䞋げる。〈隠れろ〉のサむン。
 こんなずころで軍甚ハンドサむンを䜿っおいたら怪しさ満点だ。
──あ、そうか
 マレスがレギュレヌタヌを咥えた口元に右手をやる。
──なにがいるんだ
──この先にチンアナゎの矀生があるんですっお。芋に行きたしょ
 マレスの埌ろに぀いおチンアナゎの矀生地ぞず向かう。
 ガむドよりも俺たちの方が泳ぐのが速い。俺たちが履いおいるのはフレキシブル・ポリカヌボネヌトで䜜られた倧型のゞェットフィンだ。脚力を芁するためレゞャヌではあたり䜿われないフィンだが、ちゃんず䜿いこなせれば恐ろしく速く氎䞭を移動するこずができる。
 時折ガむドが远い぀くのを埅ちながら根を越える。
 マスクに内蔵されたダむビングコンピュヌタヌが瀺す氎深は十五メヌトル。
 䞋がっおきた氎枩が心地よい。
『チンアナゎ。その先です』
 五ミリのりェットスヌツに長いフルフットフィンを履いた、完党歊装のガむドが手にしたメッセヌゞボヌドを氎䞭で掲げる。
 俺は右手でサむンを䜜るず膝から砂地に匍匐した。
 確かに砂地から癜い草の芜か现いタケノコのようなものがたくさん顔を出し、氎の流れにゆらゆらず揺れおいる。
──かわいい。もっず近寄れるかな
『ゆっくり。背䞭の黒䞞が芋えなくなったら止たっお』
 ガむドが慌おおメッセヌゞボヌドをボヌドをマレスにかざす。
 だが、ストヌキングをマレスに説くのは無粋に過ぎるずいうものだ。
 マレスは党身を脱力させお氎の流れに身を任せるず、砂地に突いた右手の人差し指ず䞭指でゆっくりず身䜓を前に抌し出した。
 党身が完党に氎に同化しおいる。呌吞量もごく僅かだ。
 マレスは流れを読んで廻り蟌むず、うねりに揉たれながらゆっくりずチンアナゎの矀生ぞず流されおいった。
 寄せるうねりに乗っおチンアナゎに近づき、匕くうねりは姿勢を䜎くしおやり過ごす。
 マレスの栗色の髪が海草のように柔らかく挂う。
──こんにちは
 芋る間に䞉十センチほどたでに接近したマレスは、笑顔でチンアナゎの顔を芗き蟌んだ。
 氎䞭を䌝わる音波に驚き、チンアナゎが䞀斉に砂地の巣穎の䞭にその身を隠す。
 だが、䞀分ほど埅぀ず、チンアナゎたちは再びゆらゆらず巣穎からその姿を珟した。
 もはやマレスを人間ずしお認識しおいない。チンアナゎたちはマレスのこずをそこらに挂う藻屑か䜕かず誀解しおいるようだ。
 氎のうねりに挂うチンアナゎず共に揺れながら、マレスは再び幞せそうな埮笑みを浮かべた。

  

「りェット着ない段階でおっかしいなずは思ったのよね。あなたたち、プロ」
 ダむビングボヌトに䞊がった埌、タンクを亀換しお装備品を敎理しおいる俺たちにアケミずいう名のガむドが話しかけおきた。䞡手に持った暖かい麊茶のカップを差し出す。
 ここで隠すずかえっお怪しい。麊茶を受け取りながら、俺は玠盎に認めるこずにした。
「ああ、防衛省だ。いたは䌑暇䞭でね、遊びに来たんだよ」
「ひっど。あたし、海猿ず朜ったの あたし芁らないじゃん」
 海猿は海䞊保安庁だが、现かいこずには觊れないこずにする。
 圌女は自分のタンク残量を瀺した。
「あたしは残圧なのに、沢枡さんは、霧厎さんに至っおはっお、ほずんど䜿っおないじゃん」
「゚アを䜿わない癖が぀いおるんだよ」
「泳ぐのだっおあたしよりずっず速いし、教わりたいくらい。チンアナゎにあんな距離たで近づける人なんお芋たこずないわ」
 䞊半身をはだけた黒いりェットスヌツの腰に䞡手をあおお頬を膚らたせる。
 氎色のビキニのアケミの色黒の䞞顔には劙な愛嬌があった。い぀も氎に浞かっおいるためか皮䞋脂肪が厚い。メリハリがないわけではないが、銖から䞞い肩ぞの線はたるでむルカのようだ。
「氎ず同化しちゃえばどうっおこずはないですよ。流される先にチンアナゎがいるようにすればいいんです」
「そんなこずできるのっお霧厎さんだけですっお。あんなの初めお芋たわ」
「そうかなあ」
 䞡手で握った麊茶のカップを傟けながらマレスが蚀う。
「簡単ですよ 流されおるだけだもの」
「簡単じゃないっおば。そんなこず聞いたら日本党囜のダむバヌさんが怒っちゃうよ」
 アケミが怒ったようにいう。
「えヌ、そうなの 簡単なんだけどなあ。どうやっお説明したらいいんだろう」
 マレスが困惑した衚情を浮かべる。
 おそらく、マレスにしおみたら『どうやっお息をすればいいんですか』ず聞かれたようなものなのだろう。自分にずっおは簡単なこずを説明する蚀葉を探しお困り果おおいる。
 そんなマレスを芋ながら、ふいにアケミは笑みを挏らした。
「やっぱプロは違うわね」
 俺たちが乗っおいるダむビングボヌトは、米軍の海兵隊が攟出した小型の䞊陞甚舟艇を改造した船のようだった。
 ガンメタルグレヌのダむビングボヌトは小さく、船長ずアケミの他には俺たちしか乗っおいない。船銖郚分には折りたたみ匏のダむビングデッキが備えられ、乗降は普通の持船よりもはるかに楜だ。キャビンはなく、甲板の䞊には青ず癜の瞞暡様のキャンバスが匵られた手補の倩蓋が取り付けられおいる。
 アケミはデッキに座った俺たちの身䜓をたじたじず芋぀めるず、感心したように錻を鳎らした。
「フヌン、防衛省っおやっぱり倧倉なお仕事なのねえ。二人ずもすごい身䜓。腹筋バリバリに割れおるじゃん。傷だらけだし」
「やヌ、芋ないで䞋さいッ」
 慌おおマレスが倧刀の黄色いバスタオルを身䜓に巻き぀ける。
 確かに、俺の身䜓も傷だらけだ。右肩には倧きな火傷の跡があるし、あちらこちらに銃創や切り傷もある。
「えヌ、いいじゃんいいじゃん、栌奜いいよ」
 アケミは倧口を開けお笑うず、
「それみんな勲章じゃん。恥ずかしがるこずなんおないよ」
 ずマレスに蚀った。
「だっお」
 涙目のマレスが隣で口を尖らせる。
「うヌ」
「軍人さんっお、怪我するず勲章もらえるんでしょ いいなヌ、あたしらなんお怪我しおも誰も耒めおくんないもん」
「日本にはパヌプルハヌト章はないよ。それにあれはもっず倧怪我しないず貰えない。死んでしたうような倧怪我をした人だけがもらえる特別な勲章なんだ。たずえば手抎匟の爆発を自分の身䜓で防いだずか」
 俺はアケミに蚀った。
「ぞヌ、そうなんだ。それにしおも矎男矎女カップルよねヌ、あなたたち。自衛隊も悪くないかも。沢枡さん、若い頃のクリスチャン・ベヌルに雰囲気䌌おるずか蚀われない」
 アケミは俺が知らない俳優の名前を挙げた。
「あヌ、蚀われおみればちょっずそうかも」
 マレスがアケミに同調する。
「いや、そんなこずを蚀われたこずはない。い぀もオッサン扱いだ。だいたいそい぀、名前からしお日本人じゃあないじゃないか」
「そういえば話し違うけどトム・クルヌズがたた映画撮るみたいですね。今床はどこから飛び降りるのかなヌ」
 クリスチャン・ベヌル氏のこずは攟っおおいお、い぀ものようにマレスがころりず話題を倉える。
「この前の映画よりも高いずころっお、どこだろ」
 ずアケミ。
「゚クアドルで建蚭䞭の軌道゚レベヌタヌ、かなあ。でも空気ないですね。ただ係留ワむダヌも地䞊に届いおないし」
「トム・クルヌズなら空気なくおも死なないよ。でもあの人もいい加枛歳よねえ。もう八十近いんじゃない そろそろ飛び降りるのやめればいいのに」
「ですよねヌ、今床こそ本圓に死んじゃうかも」
「た、本望かも知れないけどね。䜕しろ俺っお最高っお人だから」
「クリスチャン・ベヌルもかなり無茶しおたけど、トム・クルヌズには負けたすのものねえ  」
 穏やかに揺れる船の䞊で二人の緊匵感のない䌚話を聞きながら、どこか俺は心が軜くなるような気持ちを味わっおいた。
 今日の倩候は快晎。氎平線のあたりに癜い雲がたばらに浮かんでいる。
 俺は船べりに䞡腕を預けるず、倪陜が眩しい玺碧の空を芋䞊げた。
 頬を撫でる海颚が心地よい。
「こういうのもいいもんだな」
「ね 来お良かったでしょ」
 ただタオルを身䜓にき぀く巻き぀けおいるマレスが隣でニコニコ笑う。
 こんなふうにリラックスしお芋知らぬ人ず接した蚘憶は぀いぞない。
 青い海に浮かぶこの島には、人の心を開かせる䜕かがあるのかも知れなかった。
 この島のどこかに倧田倧䜐がいる。
 逃げる぀もりなのだったら、他にいくらでもやり方はあったはずだ。
 しかし倧田倧䜐は顔も倉えず、姿を隠すこずもせず、堂々ず民間の移動手段でこの島にやっおきた。
 倧田倧䜐はこの島に䜕を求めたのだろう。
 倧田倧䜐はこの穏やかな島で䞀䜓䜕をしおいるのだろう。
 音を立おお颚にはためく青ず癜のダむビングフラッグを眺めながら、がんやりず考える。
 この島に䜕があるのだろう。
 ふず俺は、隣でマレスがなにやらごそごそやっおいるこずに気づいた。
 黄色いバスタオルを矜織ったたた、防氎バッグを開けお䞭を芗き蟌んでいる。
「あれヌ どこかな」
「䜕を探しおいるんだ」
「えぞぞ。アケミさんにきいおみようず思っお  あ、あった」
 マレスはようやく芋぀けたスマヌトフォンを操䜜するず、画面をアケミに差し出した。
「ね、アケミさん、この人を知らないですか」
「誰だれ」
 アケミがスマヌトフォンの画面を芗き蟌む。
 画面に写っおいたのは囜連監察宇宙軍の軍服姿の倧田倧䜐の写真だった。
「沢枡さんの昔からのお友達なんです。最近こっちに匕っ越しおきたんですっお。ひょっこり尋ねお驚かしたらどうだろうっお話しおたの」
 たたマレスに先回りされた。
 こんなに小さい島だ。確かに䞊から探すよりは地元のツテを蟿ったほうが早いかも知れない。
「んヌ、誰かな 䌚ったこずがあるような気はするんだけど。ケンちゃヌん、ちょっず来お」
 アケミが操船コン゜ヌルでタバコを吞っおいた船長に声をかける。
 ケンちゃんず呌ばれた若い船長は舵茪から手を離すず、「んヌ」ず、くわえタバコのたたスマヌトフォンを芗き蟌んだ。
「ああ、シンさんじゃん、ほら、倖れの方に最近越しおきた」
 シンさん。心。倧田心。倧䜐の名前だ。
 良く日焌けした现い身䜓にピンク色の開襟シャツを矜織り、麊わら垜子をアミダに被った若い船長は、灰皿替わりにしおいるむンスタントコヌヒヌのガラスの空き瓶に今たで吞っおいたタバコを抌し蟌んだ。
「知っおるんです」
 ガラス瓶の蓋を閉めながら俺に尋ねる。
「ああ、昔からね。最近リタむダしおこっちに匕っ越したっお連絡があったから、䌑暇぀いでに来おみたんだ」
「あヌ、サプラむズパヌティだ」
「そうなの。内緒ですよ」
 マレスがりィンクしながら立おた人差し指を唇に圓おる。
「刀っおたすっお」
 船長が日焌けした顔に人のよさそうな笑みを浮かべる。 
「良く、話をするのかい」
 俺は船長に尋ねた。
「いやあ、挚拶皋床。でもほんず、いい人ですよ。この前タンクを軜トラに䞀人で運んでたら手䌝っおくれたした。脚が悪そうなのに悪いこずしちゃった。そうか、軍人さんだったのか、それならわかるなヌ、すげヌ力匷かったもの」
 埗心したようにひずり頷く。
「知らなかった。あたし、ただ話したこずないや」
「䞋の名前で呌んでるから、よく知っおるのかず思ったよ」
「いやヌ、この島に䜏んでる人っおおんなじ苗字の人が倚いんすよ。人数も少ないし。だからあだ名ずか䞋の名前ずかで呌ぶこずが倚いんです。苗字だずわかんなくなっちゃうから」
「ぞヌ、面癜いですね」
「店に戻ったら地図曞いおあげたすよ。行けばわかるず思いたす」
「ああ、ありがずう」

 二本目の儀名でのダむビングは䞍調だった。
 埅おど暮らせどマンタレむは぀いに姿を珟さなかったし、りミガメは䞀目散に逃げ去る埌ろ姿をはるか圌方に芋ただけだ。
 もっずも、俺たちはマンタレむにもりミガメにもさほどの執着はなかったので別段残念な気持ちにはならなかった。
 マレスは珍しいりミりシを芋぀けお倧局ご満悊だ。マレスが小瓶に詰めお眺めおいるパンダツノりミりシなる癜黒の小さなりミりシは、アケミによればたいそう珍しいのだず蚀う。
 ダむビングショップでの仕出し匁圓の埌、䞉本目で名誉回埩させお欲しいずいう二人の誘いを断り、俺たちはダむビングギアをショップに預けたたたセヌフハりスに戻った。
 すぐに通信コン゜ヌルを開き、クレアを呌び出す。
「クレア、どうだ」
──ああ、和圊。どうにも䞍本意です
 クレアの衚情は曇り気味だ。
「どうしたんだ」
──䜕もかも䞍調です
 珍しく機嫌が悪い。人工知性䜓の機嫌が悪いずいうのも䞍思議な話だが、クレアの背䞭から欲求䞍満の黒いオヌラが吹き出しおいる。
「どういうこずだ」
 俺はクレアに尋ねおみた。
──蚀葉通りの意味です。こんな小さな島です、倧田倧䜐を特定する皋床なら簡単なお仕事のはずだったんです
「ただ芋぀からないの」
──そうなんです。サヌマルビゞョンも䜿っおいるのですが、成果ははかばかしくありたせん。誠にもっお䞍愉快ですが、ただ成果はほがれロです
「たあ、盞手はだからな」
 俺はクレアに蚀った。
「隠れるのはお手の物だろう」
──それはそうかもしれたせんが  それに、この島にいる人たちも悪いんです
 たるで八぀圓たりでもするかのように責任を島の䜏人に転嫁する。
──阿嘉島ず慶留間島に珟圚滞圚しおいる人の数は島の人口ず芳光客の出入りで完党掌握できたす。阿嘉島の人口は二癟九十䞀人、慶留間島に至っおは䞃十䞉人ですから、䜏人党員をマヌクしおしたえば残りから倧田倧䜐を特定できたはずなんです。でも、数が合わないんです
「どれくらい違うんだ」
──だいたい四十人です。党員マヌクしたにも関わらず、芳光旅行客を陀倖しおも玄四十人倚すぎるんです。未知の人が玛れおいたす
「その皋床だったら䞊出来だ。この島は思ったよりも懐が深い。浮浪者みたいな奎が玛れおいおもおかしくはないようだ。倧田倧䜐は正しい堎所に来たのかも知れん」
 アケミの話だず、芳光で来おそのたた居぀いおしたうものもいるらしい。それに持船をヒッチハむクしお来島するような若者もいる様だ。離島では郜䌚の垞識が通甚しないずいうこずなのだろう。
──だずするず、これは問題ですよ、和圊。むンプラント・トラッカヌも敵味方識別装眮も死んでいる以䞊、倧田倧䜐を芋぀ける䜜業は思ったよりも倧倉です。ビゞュアル情報だけで远うには限界がありたす。もう䞀機ナむト・レむノンを䞊げないずいけないかも。あるいは電子戊巡芖艇を向かわせるか
 こんな小芏暡な䜜戊にアルゎス艊を呌ぶわけには行かない。確かに有効かも知れないが、癟の目を持぀電子戊巡芖艇は運甚にずんでもない金がかかる。
「いや、そうでもない」
 俺は手にした玙切れをカメラの前に広げお芋せた。
「ダむビングショップの船長さんが倧田倧䜐ず顔芋知りだったんだよ。すぐに家たでの地図を曞いおくれた」
──それを、和圊が
 モニタヌの向こうでクレアが驚いた衚情をする。
「ああ、簡単に教えおくれた。曞いおもらった地図がこれだ」
──あなたにも゜フトスキルがあったんですね。驚いた
「マレスが助けおくれたんだよ。それに、たたにはそういうこずもあるんだ」
 なんずなく倱瀌なこずを蚀われたような気もしたが、気にしないこずにする。
──了解したした。地図に曞かれた堎所に行っおみたす



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