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──エピローグ──

                 二〇三九年七月三十日 一〇時一五分
                      沖縄県島尻郡座間味村阿嘉

「さて、マレス、明日はどうしようか?」
 小さな食卓に向かい、クレアが上げてくれた一次調査報告書をタブレットで読みながら俺はセーフハウスでマレスに訊ねた。
 俺たちがダイビングした後に本物のアケミと船長は殺害され、すり替わっていたのではないか、とクレアの報告書にはある。
 だが、本物のアケミと船長の遺体は見つかっていない。
 すり替わったという点に関して、俺は少々懐疑的だった。連中の名前は朱珠と静賢、朱珠をアケミ、静賢をケンと読んでも不思議ではない。
 俺の直感では彼らは深部浸透工作員(ディープ・フィルトレーター)、地域と密着し、いつか来る機会のために普通に暮らしていた連中だ。
 アケミと船長は恐らく何年もこの地でダイビングインストラクターを続けながら、いつか与えられるかも知れないミッションを待っていたのだ。
 こんな僻地の島にまで。
 彼らはどこまで浸透しているのだろう。
 事務方があのダイビングショップを選んでしまったのもおそらく偶然ではない。なんらかの手段で市ヶ谷地区からの発注は彼らに流れるように工作されていたのだ。
 まあ、今更どうでもいいか。
 俺はタブレットを食卓に投げ出した。
「どうするもこうするも、もう帰るしかないじゃないですか?」
 ソファに横たわり、タブレットでファッション雑誌をつまらなそうに読んでいたマレスが顔を上げる。
「いや、そうでもないんだよ」
 俺はニヤッと笑った。
「宮崎課長に掛け合ってね、帰京を一日送らせたんだ。なにしろ明日は日曜日だからな、話を通すのは簡単だったよ。今日は後片付け、明日は一日オフだ。なんでもできるぞ。釣りにでも行くか?」
 大佐は逝ってしまった。
 頭を空っぽにできる、何かほかのことがしたかった。
「ホントに?」
 マレスはがばっとソファから起き上がると両手を合わせた。
 放り投げたタブレットが床に落ちる。
「じゃあ、気晴らしに儀名に行きましょ? 今度こそマンタレイ来るかも知れないですよ」
「マンタレイなんてどうでもいいんだけどな。ただの馬鹿デカいエイじゃないか」
「じゃあ、亀は、亀? 亀さんにつかまって泳ぐのって楽しいらしいですよ」
「亀ねえ」
 浦島太郎にでもなるつもりか。
 だが、確かに儀名の海は美しかった。あそこなら気晴らしになる気はする。
「まあ、いいか。じゃあ今日の午後はダイビングにしよう。ペーパーワークを早く終わらせれば明日も一日使えるかも知れんぞ。二人でとっとと片付けよう」
 残弾と装備品の返納手続き、作戦完了報告書の作成、それに経費精算。やらなければいけない書類仕事が残っている。
「やった! 和彦さん大好き!」
 マレスは俺の首に抱きついた。

──ブラッディ・ローズ Level 2『鋼鉄の棺』 完──



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