君の顔がみたいから-第9話:イメチェンするのじゃ
「わたし、イメチェンする!」
それまでファッション雑誌を食い入るように見つめていたマミは急に立ち上がると、高らかに宣言した。
いつもの土曜日のだるい午後。
僕たちはこれまたいつものようにお家デートしていた。
基本的に僕はアクティブではない。出かける用事が特になければ、一日うちに篭っていても全然平気。
一方のマミはお買い物に出かけたいらしいのだが、軍資金には限りがある。今月のお小遣いはもう底をついたらしくて、このところは僕の部屋でだらっとしている事が多い。
マミが読んでいたのは先月のファッション雑誌だ。マミはファッション雑誌を読み終わると必ず僕のところに持ってきて、ちゃんと読んで勉強しておくようにと言い残して置いていく。
僕は今のマミで満足なんだけどな。
今日のマミのファッションはピンクのトレーナーに黒いスパッツ、髪は相変わらずポニーテール。マミは基本的にスポーティだ。
「ね、これ見て。この二人、ちょっと良くない?」
マミは僕にファッション雑誌の写真を見せた。
読者モデル:カタリィ・ノヴェル
名前:カタリィ・ノヴェル
通称:カタリ
誕生日:4月6日
座右の銘:読めばわかるさ!
©︎ カクヨム(Kadokawa / Hatena)
読者モデル:リンドバーグ
名前:リンドバーグ
名称:バーグさん
誕生日:1月1日
座右の銘:いつも笑顔!
©︎ カクヨム(Kadokawa / Hatena)
「ふーん」
僕は二人の読者モデルのプロフィールを読み進めた。
「ねえ、マミ、カタリさんの紹介って『少年』って書いてあるよ?」
「ダメね、雄介くん。そういう人を最近じゃあ『男の娘』って言うのよ。女の子と一緒よ。分けたらダメなの、差別なの」
ふーん。最近話題のLGBTってやつか。カタリさん、大変だな。
「……ねえ、マミ、でもさ、バーグさんの紹介って『お手伝いAI』って書いてあるよ。これ、CGだよ?」
「CGでもなんでもいいのよ。ファッションの参考にするだけだから。CGかどうかなんてどーでもいいわ」
「ふーん、そんなものか」
「ね、雄介くんはどっちが好き?」
鼻息荒くマミは僕に訊ねた。
「そうだなあ」
少し考える。
「どっちかと言うとバーグさんかな」
「もう、エッチなんだから♡」
マミは僕の隣に横坐りになると肘で僕の脇腹を突っついた。
「バーグさんのおっぱいの方が大きいから気になったんでしょ?」
「そう言うわけじゃないけど……CGだし」
でも、バーグさんの服装は好みだ。短いスカートにエプロンドレス、白いブラウスとベレー帽が清楚な感じだ。
「でもさ、マミ、そうしたら髪切るの? それにバーグさん、アッシュブロンドだよ? 染めるの?」
「あんたバカ?」
マミは僕の額にチョップした。
「あた」
「染めたら校則違反じゃん。それにわたしはファッションを見てるだけだから、髪型は参考にするだけ」
「でも、この服装って、きっとポニーテールは似合わないよ」
「じゃ、ポニーテールはやめる」
「でも、マミ、制服以外にスカートなんて持ってたっけ?」
「買う」
「でも……」
「あーもう!」
ついにマミが爆発した。
「あんたじゃ話にならない。ちょっと相談してくる」
ファッション雑誌を鷲掴みにして立ち上がる。
「おかーさまー、ちょっと相談に乗ってくださーい」
マミは母を呼ばわりながらバタバタと部屋を出て行った。
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「んっフッフー」
しばらく一階で何やら議論したのち、ようやくマミが戻ってきた。
「どうなったの?」
ベッドの上にだらっと寝そべったままマミに訊ねる。
「バーグさんの方がいいって」
マミはニヘラっと笑うとバーグさんの写真(CG?)を差し出した。
「カタリくんでもいいんだけど、これだといつものわたしの格好とそう変わらないからイメチェンにならないんじゃないかって。だったらちょっと頑張ってバーグさんを目指してみたらってお母様が」
「ふーん、いいんじゃないかな」
ま、どっちでもいいや。
「でね、でね」
マミの顔が猫になった。久しぶりに尻尾も生えている。
背中で揺れる長い尻尾が目に見えるようだ。
「雄介くんにコーデしてもらいなさいって。あんた、お金持ちだったのね」
「は?」
「お母様が『雄介は百万以上貯金しているはずだから、服は買ってもらいなさい』って言ってたよ♡」
母よ。なぜバラす。
「ダメだよ、卒業までにあと二百万は貯めるつもりなんだから」
ゼクシィには『挙式・披露宴の費用は全国で平均約357.5万円』って書いてあった。
見透かされたのか、マミはジト目になると
「雄介くん、あんたもうゼクシィ禁止!」
と僕に言った。
「足りなかったらバイトすればいいじゃん。それにわたし、まだ遊ぶよ? 卒業しても結婚なんてしないからね!」
「……」
結婚の目をいきなり潰された。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
マミは腕をとると、ズルズル僕を引きずりながら元気よく出発した。
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大通りの店は期待薄だったので、僕たちは電車に乗って近くの繁華街に繰り出した。渋谷や新宿に足を伸ばしてもよかったんだけど、そんなに大きな街に行ったら買い物に何時間かかるか想像もつかない。
途中コンビニに寄って少しお金を降ろしてからデパートに向かう。まあ、三万も持っていれば大丈夫だろう。
お買い物は大変だった。三階から五階がレディス・ファッションのフロアなのだが、整理してくれればいいのにおばさんショップと小娘ショップがごちゃ混ぜになっている。おかげで僕たちは五階に行ったり三階に降りたりを何回も繰り返していた。
「雄介くん、このスカートどう思う?」
マミがスカートを前に当てて僕に聞く。
正直、マミは何を着ても可愛い。だから僕としては服は比較的どうでもいい。
「いいんじゃない?」
ちょっとスカートが短すぎる気もしたが、下にストッキングを履けば問題はないだろう。
「お似合いですよ」
早速、店員が擦り寄ってくる。
マミはその店員に
「ベレー帽ってありますか?」
と訊ねた。
「はい、ございます」
若い店員がにこやかに答える。
流石にファッション雑誌を開いて見せるようなことはしないらしい。さっきの雑誌はマミのデイパックに入っていたが、それを取り出すような真似はしなかった。
まあ、CGだしな。
その店員は先に立つとマミを帽子売り場に案内した。
「最近はベレー帽とミニスカートのコーデが人気なんですよ」
「へー、そうなんですか」
「こちらなんていかがでしょう……」
僕はマミの荷物を持ってぼんやりと横に立っているだけだ。
荷物置き場、ないしは貨物輸送班。僕の位置付けはそんな感じっぽい。
マミはそのお店が気に入ったらしく、服はそこで揃えることにしたようだった。
「スカートも何点かお求めになると、組み合わせでコーデの幅が広がりますよ」
ヤメて。変な入れ知恵しないで。
結局、マミは白いブラウスを一枚、スカートを二枚とベレー帽を買った。
支払いは折半。母は全部僕に払わせろと言ったらしいが、流石にそれは悪いと思ったらしく、半分はマミのお年玉貯金を切り崩した。
〈大人になったら今度はわたしが雄介くんにスーツ買ってあげるから〉
とマミが耳元で囁く。
水色のベレー帽って国連の多国籍軍みたいだなってちょっと思ったけど、それは流石に口に出さなかった。変なことを言ったらお買い物が一からやり直しになってしまう。
今の流行はどうやらベレー帽とスカートの色を合わせることらしい。マミが買ったのは膝丈の水色のスカートとそれよりもかなり短いスカートの二本だ。
「ありがとうございました」
店員が当然のように荷物を僕に渡しながら深々と頭を下げる。
「さー、いこー」
マミは僕の先に立つと、意気揚々とお店を後にした。
「どうもありがとうね、雄介くん」
その後一階でフクロウの小物をちょっと冷やかしたのち、デパートのテラスでアイスクリームを舐めながらマミは僕に頭を下げた。
「どういたしまして」
結局ショッピングデートしてしまった。そろそろ晩ごはんの時間だ。急いで帰らないと。
「マミ、うちで食べていく?」
僕はマミを誘ってみた。
「いいの?」
マミの笑顔が輝く。
「いいと思うよ。多分、母上はそのつもりで準備していると思う」
「やった!」
マミはアイスクリームを持ったまま万歳した。
伸び上がるとトレーナーの隙間からマミの細いウェストが見える。
全体にマミは細い。ミニスカートはきっと似合うだろう。
「じゃあね、ごはん食べたらファッションショーやろう。わたし、早く着てみたい!」
「わかった」
「えへへ♡」
アイスクリームを食べ終わったマミが僕の方へ手を伸ばす。
僕たちは手を握ると、駅の方へと歩いて行った。
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