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2023/12/31 理想のライフスタイルを妄想してみる

収入を増やす方法考える

前回来年に向けてやってみたいことを振り返りましたが、その中で、自分たちの収入を如何に増やすかがテーマとなりました。
今経済状況がめまぐるしく変化していく中で、何もしなくても良くなっていった時代から、何もしないとどんどん悪くなる時代になっています。しかし、何もしなくても良くなっていった時代で成長してしまった私たちの世代は、リスクがあるならやらない、自分はやらなくても誰かがやってくれるというマインドセットが支配的で、自分は安全地帯側にいるという認識で、キリギリスのような生活をしてしまっているのではと思います。
事実、自分の生活も会社からの給与だけに頼っている生活で、考えてみるとそれ以外の収益源がないということが如何に不安定なことなのかを改めて実感しています。日本の社会においては、会社の給与がある意味一番の安定資産であったから、考えなくてもよかった時代が長く続いてしまったつけが今まさに直面している状況だと思います。

では、自分たちは今後の老後を含めてどのような資産形成、ライフスタイルを送りたいのか、それは、不動産から得られる収入を元にして生活ができるような形を作りたいと考えています。



理想のライフスタイルを妄想する

では、具体的にどんな生活をしたいのか、考えてみます。理想のライフスタイルを実現すると言うことは、理想の資産形成をすると言う事と言えます。ライフスタイルを実現するためには、土地と建物つまり不動産が必要になります。
単に不動産投資というと、アパート経営や、ワンルームマンションへの投資がありますが、既にそれらの手法はレッドオーシャンで、これからの先に未来はないのではと思います。
自分の理想は、コミュニティベースでの集住ライフスタイルを考えています。
具体的には菜園付きの賃貸住宅の経営をしてみたいと考えています。なぜ菜園なのかと言われると、ライフスタイルとして食を中心とした生活が自分の中の理想形だからです。

農と住のライフスタイルを考える

自分の育った環境が、農家の古民家だったことも原体験としてあります。縁側があって、そこに陽だまりができる環境が原風景になっています。
しかし、当時の農業は1次産業の底辺で、年中無休で働いても大した稼ぎにならないというイメージがあり、子どもたちは、大学に行きサラリーマンになる選択をしました。

しかし、考えてみると、縄文時代が続く大地との営みが自分たちの代で切れてしまったと考えると、非常に考え直さないと行けないのではとも思っています。

そうした中で、自分の中には、農業はダメでも、農の可能性には昔から感じていました。

戦後失ったものを今こそ再生していく

戦後ここまでの間に、日本の風景が無秩序になってしまった要因は、不動産オーナーの意識の問題があると思います。戦後農地解放で、田畑が不動産オーナーであった地主から、労働者であった小作人にタダ同然で払い下げた結果、真面目に農業を続けた人もいると思いますが、田畑にしておくよりも、アパート経営した方が儲かるということで、市街化区域内であればまだしも、そうでないところも、結局は個人の判断と、それを食い物にする業者によって、日本の風景はどんどんひどいものになってしまったと思います。不動産オーナーのリテラシーの問題だったとも言えます。
これを陰謀論と言う言い方もできますが、結局それをやってしまったのは日本人自身なので、そこに対するリテラシーの低さを改めて認識し、再生していかなければならないと思います。

人口減少社会こそコミュニティが大事

これからは人口が減っていく社会では、需給バランスが逆転しているので、競争力のない物件はどんどん淘汰される事になります。住宅もどんどん古くなるので、そこに手を入れ続けられるか、投資が出来るかが大事なので、結局は、ちゃんと稼ぐ力があるかどうかが大事になっています。

コモディティ化してしまった住宅

住宅を考えると、単に立地とスペックだけで取引される物件として勝負しようとすると、その他大勢の中での価格勝負で、いかにネットで検索されるかということが決め手になると言えます。

コミュニティベースでの集住ライフスタイル

しかし、これから目指すべき住宅は、コミュニティベースでの集住ライフスタイルだと言えます。戦後の高度成長期を走り抜けてきた中で、経済成長とともに失ってきたものはたくさんあり、その中で一番大きいのは、コミュニティベースの地域ではないでしょうか?

従来コミュニティが続かなくなった理由

これまでのコミュニティは、年功序列、奉公ベースの考え方で、社会が安定して、大きく変わらない社会においては、若い頃に苦労して、年をとってからえらくなる、さらに自然減があるので、若者が多く、年寄りは減っていくという構造を前提に成立していた社会構造で、またそのコミュニティから外に出られないという条件が成立していました。嫌でも我慢するというベースがコミュニティの根源でありました。この若い頃の苦労を買ってでもするということが、その先の未来が不確実性が高くなった現在では、それをする意味が失われてしまったことが、従来コミュニティが続かなくなった原因ではないかと思います。

コミュニティのベースが企業に移り、終焉

しかし、都市化の中でコミュニティの中心は、企業に移りました。事実昭和の企業は集落そのものだったように思えます。しかし、それも金の卵世代の集団就職世代が一段落ついて、その子ども世帯になるとその文化の廃れました。
そして、かつてのそのような文化は、時代遅れ、ハラスメント、コンプライアンスという流れの中で、良くも悪くも駆逐されてしまったと感じます。

サバンナ化してしまった地域

地域が衰退しているのもの自明の理で、前の世代で通用していた常識が変わってしまったのにも関わらず、その原理で動かそうとしても、もはやうまくいくわけがないのです。その時に応じた再構築を誰かがやらなければ、うまくいくものもうまくいかないと言えます。それは、残酷かもしれませんが、世代交代をしていくしか変化は生まれないのです。新しい世代が作るものなのですが、日本は年功序列という考え方が根強く、上の判断を下はひっくり返せないという固定概念が、新しい世代交代をすることを拒むばかりに、色々なものが衰退せざるを得ないのだと言えます。

稲作文化が源流

特に日本は、稲作文化がベースにあり、稲作こそ毎年同じ営みを続けることこそが重要でだから、そこから違うことをしようとする奴は村八分になるという掟ができたのだと思います。
そういう意味で、日本人の同調性の高さと、陰湿虐めの風土が出来上がったのだと思います。
それは、稲作という収益を最大化するために必要なものであったものが、既に収益源が変わってしまったのにも関わらず、残っていることが原因だとすると、もはや次の世代に残すべきものではないということがわかります。

総サラリーマン化し、終焉

しかし、その後の時代では、総サラリーマン時代になり、総消費社会になりました。物質的なものに囲まれてて豊かな社会が実現できましたが、財源ひとつで後は消費という構図が非常に歪に思えます。最近は共働きが一般的になり、財源2つになりましたが、果たしてそのような社会が持続可能なのかと言われれば疑問を抱かざるを得ません。

国家の存在も絶対的なものではない

明治維新で国民国家となり、社会は国家が保障するものという理想の中で社会が運営されてきましたが、その枠組みも持続可能ではないことが既に実証されています。人類の歴史の中で、持続可能な社会などある意味一度も実現されていないのではないかとさえ思います。

社会の変化に合わせて、仕組み自体が変化すべき

つまり、社会の変化に合わせて、仕組み自体が変化を起こすしかないというのが、歴史的な流れを見ても再現性のあることではないでしょうか。結局は、人間は一人では生きていけない、そのためには、社会を組織して、集団で生活をするしかないのですが、故にコンフリクトが起きることとは、やむを得ないことであるが、そこに対してどう向き合うかが社会にとって大事なことであるが、今の日本においては、そこにあまりにも自分たちの世代を含めて無関心に生き続けてしまったように思います。

そうした中で自分がどう向き合うべきか

そうした中で、今後どうやって社会と向き合うべきなのかが自分の中の課題とも言えます。

自分ができる範囲の社会を変えていく

最近良く目にするようになった、マイクロディベロップメントやビレッジ開発等単に住宅を建てて売っておしまいではない形の開発が出てくるようになりました。自分自身は、この手法に非常に未来を感じており、世界全てを救うような救世主にはなれないけど、半径150mの範囲を変えていくというリアリティが現実的な話に見えてきます。

理想は、農と住の融合

自分の理想的なライフスタイルは、農と住の融合です。農業という観点では、農業専用の農地で耕作する方が合理的だと言えますが、住宅のクオリティを上げるための外部環境としての、農、ここではエディブルガーデンのようなイメージの住まいに近接するところでのガーデンのもつ意味が大事だと思います。

オランダに見にいった集合住宅も、賃貸と分譲がミックスでその中庭にりんごの木があり、収穫をみんなでやりながら、その収穫祭をやるというお話を聞いたことがあります。

源流は里山

そういうようなことは、日本のかつての里山の集落でも日常風景だったと思いますが、急速な都市化の中で、資産の細分化が進み、個人と社会が分離していった中で、失われていったもののように思います。

昔に戻るべきというつもりではなく、そういう長い間営まれてきた歴史文化の延長線上に、未来のカルチャーを繋いでいきたいというのが自分の気持ちであるので、それを実現できるような活動ができないかと思っています。

どうやって実現化するのか

これを実現するためには、やはりそれができる場所が必要になります。現実的にすぐに出来るわけではないのですが、どうしたら実現できるかを妄想して、リアリティあるものにしていく必要があります。
こうしてNoteに書いていくこともそのプロセスのひとつになると思いますので、恥ずかしながら書き溜めていきたと思います。

コミュニティは人であり、仕組み化できない!?

コミュニティが大事というと、すぐに社会主義や共産主義者なのか、はたまたヒッピーやアナーキー主義なのかという批判がありそうな気がします。これらも資本主義に対するアンチテーゼの中で、生まれてきた主張でありますが、コミュニティはあくまでも人であり、仕組み化してうまくいった事例はないように思います。

次の世代に求められるのは、教育コミュニティかもしれない。

強いて言えば、それは教育なのかもしれません。次の世代をどうやって育てるのかが、次の世代のコミュニティのベースになると考えると、幼少期からどうやって教育の機会を与え、何を学ぶべきなのかは非常に大事なテーマのように思います。
子どもにとって親は環境であり、社会を写す鏡であり、その環境をどうやって作っていくべきか、どう育むのかという意味において、協力しあうというコミュニティが成立する可能性があるのではないかと思います。
自分自身が行動してきたこともここに繋がるのではないかと思います。

理想を実現するために、何を行動するか

理想はいくらでもいうことができますが、行動に移さないと何も実現しません。これをどうやって実現するか、どう行動するか、それをいつまでにするか、どのようなスケジュール、手順でやるかを考えることが肝心です。
ここにリアリティがなければいつまでも絵に描いた餅です。
自分に今一番足りていないのはここだと思うので、ここを来年度に向けて解像度を高めていきたいと思います。

食を中心にしたコミュニティ

最初の一歩としては、食を中心にしたコミュニティを始めてみたいと思います。これは自分が食事を作るのが好きなので、みんなで食事を作るということから始めてみるのが良いのではと思っております。これまでも、子どもの学校の親父の会でのオヤジカレー作りなどで実践してきましたが、それを実際のビジネスにしていきたいと思います。

ピンチをチャンスに、来年度も頑張ります。

しかし、まだまだ道半ばで、答えは見えていません。このピンチをチャンスと捉えて、この財政的なピンチをチャンスにできるように来年度はかんばっていきたいと考えています。


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