掌編小説『アルカナイの風』

 灼熱。
 存在していることが申し訳なくなるほどの暑さが、彼らの周りで大宴会でも催しているかのようだった。
「あ〜〜、あっちい〜〜」
「うっさいな、わざわざ言わなくていいよ。言葉にされると余計うんざりするからやめてくれる?」
 砂漠を歩く四人は、かつて英雄たちも探し求めたという「アルカナイ」の地を目指す。
「見渡す限り砂漠砂漠砂漠……。本当にこんなところにアルカナイなんてあんのかよ……。あのおっさんに騙されたんじゃねえか?」
「でもアルカナイが存在するって言ってたのはあの人だけじゃなかったじゃん。街の人たちが何人も知ってるって言ってたんだからきっと本当だよ」
 悪態をつくコンコルをサクがなだめる。
「そういえばさ、一度も聞いたことなかったけどサクはどうしてアルカナイを探しているの」
 疲れを物ともせず、こんな状況さえも楽しんでいるように見えるコニーは、本当はアルカナイなんてどうでもいいと思っている。ただ楽しそうだからついてきただけ。でもサクは、そんなコニーと話している時が実は一番気楽だったりもする。
「やっぱりコンコルみたいに一攫千金を狙ってるとか?それともユニイみたいにアルカナイの女神様に願いを叶えてもらうため?」

 世の中には、アルカナイに関するたくさんの伝承や噂話が存在する。アルカナイには全世界の高価なものを集めても足りないほどの宝物が眠っている、アルカナイには女神がいて辿り着いた者の願いを一つだけ叶えてくれる、アルカナイの花には不思議な力が宿っていてそれを持って帰ればどんな魔法使いよりも強力な魔法が使えるようになる、などその中には何千、何万年も前、遠い昔から伝わる話もあるらしい。そしてコンコルやユニイのようにそれを真に受けてこんな旅に出てしまう者も少数ではあるが実際にいるのだ。

「う〜ん。どっちも違うかな」
「じゃあどうして?」
 サクはいつも曖昧にして答えることを避けてきたが、今日のコニーは砂漠の景色が退屈だからだろうか、何だか逃してくれそうにない、と感じた。
「私、アルカナイの噂話とかを聞いてても、どうも信じられないんだよね。だって誰も辿り着いたことがないわけだし」
「そりゃあまともな人間様の考えですこと」
 ユニイは彼女の思考回路が真っ向から否定されたことによって大層不機嫌になったようだった。
「私の生まれた村ではアルカナイ信仰が古くから根付いていてね、でもある日革命が起きて国王が変わって、アルカナイは民衆に現実逃避をもたらすまやかしだとされて、村の人たちがたくさん捕まって処刑されたの。まだ幼かった私は思想矯正教育を施せばまだ間に合うってことで処刑を免れたんだけどね。
 村の人たちが殺されていく光景は、ずっと忘れられない。銃口を向けられても、彼らは全く恐れなかったわ。私のお父さんも、お母さんも。お母さんは殺される直前、私に、これからもずっと愛してるわ、って言った。お父さんは、じゃあ、また、ってまるでその日の夜には帰ってくるみたいだった。そして皆、
『私たちは、アルカナイを知らない。
 アルカナイは、私たちを知っている』
と唱えながら死んでいったの。」
「それで、アルカナイが一体どんなものなのかを知りたいと思ったの?」
 心なしか神妙な面持ちでコニーが尋ねる。
 うん、そんなところかな、とサクは話さなかった一部分を、砂漠の砂の下にそっと隠した。


 その時、先ほどまでの熱風が嘘のように、ほのかに香る優しい風が彼らをゆらめかせ、去った。その香りは、いまだかつて出会ったことのないものなのに、何か確かなものを心に浮かび上がらせた。

 アルカナイの風だ、とサクは確信した。

 そして、なぜだろう、それと同時にサクは、アルカナイはここにはない、と思ったのだった。


あとがき

 この話はいつか長編小説にしたい、と思っている話をひとまず短く書いてみよう、と思って書きました。「アルカナイ」という伝説の地。ここでは全く触れていませんが周りにある様々な国や民族などの設定があって、それら全てをひっくるめて、サクを主人公にした4人が冒険をしていく、というお話になる予定です。歴史や政治、文学、宗教や死生観、哲学などこれまで学んできたこと全てを活かせるような壮大な作品にできたら、と思っています…!

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