オリジナル曲『夏の雪』×オリジナル小説『雪のように』

一昨日、新たな作品をYouTube及びmonogataryにて公開させていただきました!今回は音楽と小説が相互につながっている形となっています。

せっかくなので一つにまとめて公開できるnoteでも公開させていただきます!前半にオリジナル曲『夏の雪』、その後にオリジナル短編小説『雪のように』を掲載しています。
『夏の雪』という曲が先に生まれたのですが、これはSEKAI NO OWARIさんのスノーマジックファンタジーという曲に出てくる雪の精がきっかけとなって生まれた曲です。夏を見たことのない雪の精が夏を見にいったら…と妄想しながら、昔話の雪娘の話など色々とごちゃごちゃになっていく中で完成しました。
そしてそんな中、monogataryさんのほうで「海辺の六月」というお題が出され、このお題で、この曲を元にして小説をかけそうな気がする!と思い執筆したのが『雪のように』です。

ぜひ二つ合わせて世界観をお楽しみいただけたらなと思っております!

オリジナル曲『夏の雪』

歌詞
美しい夏の夜に真っ白な雪が降る
奇跡みたいでしょう?君はそう言って笑った
奇跡ならばあっけなくとも
あなたは許してくれるかな
ごめんね、私はこの世界の
誤りのような存在だから
さようなら
雪のように消えた夏の夜

夜に溶け込む海
砂浜に沿って歩けば
波だけがさざめき
時折通り過ぎる車
テールランプが記憶に跡をつけた

そんな夜に君は
あまりにも夏が似合わない君は
一人立ち尽くす
ぼんやり向こうを眺めながら

美しい夏の夜に真っ白な雪が降る
奇跡みたいでしょう?君はそう言って笑った
あなたに出会ったこともまた
夏の雪のように
美しく、奇跡的で、間違っているのね、きっと

風に溶け込む吐息
待ち合わせはいつもの灯り
防波堤に並んで海を眺める

ああ私も美しい人間のように
この海で舞い踊ることができたのなら
命果て幽霊になって
あなたの隣にいられたのなら

美しい夏の夜に真っ白な雪が降る
奇跡みたいでしょう?君はそう言って笑った
奇跡ならばあっけなくとも
あなたは許してくれるかな
ごめんね、私はこの世界の
誤りのような存在だから
さようなら
雪のように消えた夏の夜


オリジナル小説『雪のように』

あれは六月、まだエアコンに頼るには少し早く、それでも気が滅入るような蒸し暑さが蔓延し始めていた、そんな季節の話。
その日はこころなしか蒸し暑さも和らぎ、夜の潮風の香りを感じながら僕はバイト先のカラオケ店から家に向かって自転車を漕いでいた。と言っても僕は決して意識的に潮風を感じていたなんてことはなく、それは海辺の街のただの日常だった。
でもその日の潮風が結局僕の記憶に残ることになったのは、ただの偶然なんかではなく、僕がその日のことを強く、強く記憶していたいと願ったからなのだと思う。
海に沿って続く車道の端を進む。こんな時間に自転車に乗っている人間はおろか、車だって時折すれ違うくらい。街灯はポツリポツリと広めの間隔をとってお互いの邪魔をすることなく孤独に道を照らし、左手、道路を跨いだその先に広がる海は夜に溶け込み、ただその波の音を聞かせる。目にも耳にも騒々しいカラオケ店から帰るまでの間に、自分の中の何かがリセットされていく感覚が僕は好きだった。
その日がいつもと違ったのは、街頭に照らされた道路の端に、一人の女性がいたことだった。僕はかなり遠くから、街灯の下に人間がいることを目視していた。はじめは、こんな時間に珍しいな、という程度の認識だったが近づくにつれその人がずっと海の方を見つめていることに気づいた。彼女は長い髪を潮風になびかせながら、ただぼんやりと海を見つめる。僕はふと、彼女がこのまま海へ姿を消そうとしているのではないか、と思った。普段ならそんなわけなかろうと自分でツッコミを入れ、なんとなく見て見ぬ振りをするところだが、その日の僕はどこかおかしかった。それなら止めなくては。彼女のことなど何一つ知らないし、海へ身を投じてはいけない説得力のある理由など何一つ知らないが、それでも人が死を選ぼうとしているのなら止めなくてはならない、と本能が僕を動かした。
「あの、」
でも情けないことに僕の本能はこの後にまともな言葉を思いつけなかった。
彼女はゆっくりと、こちらを向いた。その瞳や素肌は、夏にはあまりにも不似合いなほどに澄み切っていて、こんな季節なのに、まるで雪のようだという例えしか思いつかないような、そんな雰囲気を纏っていた。
「はい」
彼女は、それもまた雪のような、儚く、透き通った声で僕の呼びかけに応える。
「どうか、しましたか」
僕はようやく絞り出した言葉でなぜそこに立ち尽くしていたのかを問う。
「その、海というものを初めて見たから、」
「ああ、そうなんですね。内陸のご出身ですか?」
なんだよこの質問、ナンパだと勘違いされたら最悪だ。
「そんなところです」
でも内陸出身だからといってこんな夜中に海を眺めていることの説明にはなっていない気もする。
「でも、日中の方が、初めて見る海としては、もっとはっきり見えるしおすすめですよ」
何をおすすめしているんだろう、僕は。
「うん、たしかに」
たしかに、ってそう思うなら日中に眺めればいいのに。
「うん、きっとそうなんでしょうね。でも、私はそれは見れないから。」
僕は彼女の言葉がよく理解できなかった。そして僕の疑問を見抜いたかのように彼女はクスッと笑ってこう言う。
「私、紫外線とか、ダメだから」
なるほど、そういうことか。でも、日焼け止めなんかを塗ってもなお日中に外に出られないのであれば、よっぽど生きづらい日々を送っているのではなかろうか。ここに来るのも、どうやって来たのかは知らないが、かなり気を張る旅なのではないだろうか。
「あ、ここから見た昼間の景色、写真あるのでもしよかったら見ますか」
「本当ですか!嬉しい!」
正直そんなに喜ばれるほどの写真である自信はないし、そんなにハードルを上げないでほしいと内心思いながら僕はスマホを取り出す。
「ほら、これです」
それはとある七月の、嘘みたいな青空と、嘘みたいな青い海の写真。この海岸は特に有名でもないが、この天気で全く人がいないというのは流石に奇跡的な状況だった。
「すごい!こんな世界があるんだ!」
世界なんてちょっと大げさだなと思いながらも、自分の撮った写真を褒められると素直に嬉しかった。
「人も全然いなくて、とっても静かで、奇跡的な光景でした」
いいなぁ、素敵だなぁと、彼女はその写真に見入っていた。

それから時々、僕らは夜中の海辺で話をするようになった。いつも彼女がいるのは同じ街灯の下。僕は帰路、自転車を漕ぎながらその位置に彼女がいないかを確認する。彼女がいたなら声をかけ、いなければちょっと残念な気持ちで家にまっすぐ帰る。僕らはいつも、コンクリートの堤防に腰掛け、いろいろなことを話した。
彼女は結華という名前らしい。はるか内陸の山の方から一人でこちらに引っ越して来た。特に夏場の日中は外に出られない体質なのだといい、僕に夏の話をしてほしいとせがんだ。だから僕は、二十数年という短いなりに過ごしてきた人生の記憶を必死に絞って結華に夏の話をたくさんした。海で遊んだ後お風呂に入ると日焼けの跡がヒリヒリと痛むこと。夕方ごろになると突然大雨が降り出す夕立というものがあること。何年間も土の中で過ごし、最後の七日間だけを成虫として力の限り羽ばたく蝉という生き物のこと。熱によって見えているものが不確かに歪んでしまう陽炎という現象のこと。
いくら日中家にこもっているからといって、あまりにも夏を知らなすぎる彼女のことを少し不思議に思ったけれど、彼女と話していることがただ楽しかったのでそれでいいかと僕は気にすることをやめた。

そしてそれは、六月の最後の日。結華はまた、いつもの灯りの下で、夜に溶け込んだ海の方を眺める。彼女はめずらしく、僕の自転車の近づく音でこちらを向いた。
「待たせた?」
僕はいつも通り、彼女に声をかける。ううん、と言ったあと、彼女は少し何かを言い淀む。
「どうかした?」
「あのね、」
結華はそこまで言って、あの日初めて僕が結華に声をかけたときのように、言葉に詰まった。
「あ、そうだ!奇跡、今から君に見せてあげるよ!」
そう言って、結華は笑った。
その時、僕の頬に冷たい何かが触れた。それはポツリポツリと、僕の頬に、髪に、腕に、触れる。
「雨……?いや、雪……!?」
僕は思わず結華の方を見る。彼女は驚きを隠せない僕を見て嬉しそうに、それでいて少し悲しそうに、こちらを見つめる。
「こんなこと、あるんだ……。奇跡だ……。夏に、雪が降るなんて……」
真っ白な雪は、真っ暗な夏の夜に舞い踊る。それは夏の熱気をいまだ蓄えたアスファルトに触れると、まるで嘘みたいにすっと消え去る。
「君が、私に奇跡を見せてくれたから、今度は私がお返しする番」
「君は一体……?」
彼女はまた、初めて会ったときのようにクスッと笑った。
「奇跡みたいでしょう?私と君が出会ったのも、この雪と同じくらいありえないことなんだ。私は、本当はこんなところにいちゃダメなの。もう多分、時間切れだから」
「待って、全然わからないよ」
「本当は、ほんの一瞬だけ、海を、夏の片鱗を眺めたら帰るつもりだった。でも、君と出会ってしまって、私は君に会いたくてしかたがなくて、本当はダメだってわかっていたのに何度もここにきてしまった。でも、私は夏に生きることはできない。私はこのまま、この雪のように溶け去って、この海の中のほんの数滴の水と変わらない存在になってしまう」
君は、泣いていた。
「奇跡は、あっけないくらいに、美しいんだよ」
君は出会ってからはじめて、僕に触れた。

「海、行こう」
彼女は涙を拭って僕の手を引く。夜の海は危ないよ、なんて僕は言えなかった。足元の見えない砂浜を進む。靴の中に砂が入る。そして、真っ暗な海へ足を浸す。
結華は僕に体重を預ける。
「ごめんね」
彼女はそう言った。
僕にかかる彼女の重さが、少しずつ、少しずつ軽くなっていくように感じた。
そして僕と結華は、夜と海とに溶け込んでいく。

目を開けるとそこには、もう結華はいなかった。僕のTシャツは、結華に触れていた部分が雨に降られたように濡れていた。

雪は、もう止んでいた。


もう二度と、結華が灯りの下で待っていることはなかった。夏に、雪が降ることも、もちろん二度となかった。彼女がいた痕跡はこの世界のどこにもない。あの日着ていたTシャツも家への帰り道の風で乾き、その水分はこの大気へ溶け出しどこかを漂っている。

雪のように消えた夏の夜は、どこかを漂う水蒸気だった。

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