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happy new year

「昔はもっと正月来るの楽しみで、大晦日なんてクリスマス以上に盛り上がってたんだけど」
「そう?」
「おまえんちは違うの?」
「盛り上がるというか、ずーっと食べているイメージ」
「あー、それあるな」
「まぁ、今でもそんな感じかもしれないけど、昔はさ、誰かが作ったの食べてりゃよかったから、ホント食べてばかりな感じ」
「今は食べる分はこうして自分で準備しないとね」
「そう」
「昔はさ2日ぐらいまでスーパーとか休みだったから、すんごい量の買い出し付き合わされた」
「そうだな」
「今は元旦から開いてて助かるよ」
「昔さ、元旦からお金使うとその年は出費ばかりになるって言われた」
「え?マジ?」
「本当かどうかわからないけど、信じてる」
「今も?」
「うん。元旦に初詣しないくらい信じてる」
「ん?」
「お賽銭」
「あっ!」
「子どもの頃は親がお賽銭出してたから、1日に行ってたけど・・・何?」
「結構、そういうの信じるんだぁ、って。普段そういうの感じさせないじゃん」
「悪い?」
「悪くない」
12月31日、午後3時25分。今年最後の買い出しを終了させる。

「テレビもさ、今ひとつ盛り上がらないよね」
「紅白見なくなったし」
「知っている人あんまり出ないし」
「特に今年は他のもなんかピンとこない」
「だからって録りだめしていた名探偵コナンってさぁ」
「ながら見するのにちょうどいいかな?と思って」
「まぁいいけどね。先に風呂入る?」
「いい?」
「いいよ。俺さ、コンビニ行って来るから」
「ん?」
「この間頼んだ本が届いたみたい。年跨ぐのいやかなと思って」
「ふーん」
「何?」
「今日と明日は大きく違うな、と思って」
「そういうこと。ところでさ、餅食べる?」
「いや特に」
「さっき、餅買ってこなかったから」
「俺、あんまり餅得意じゃないんだ」
「実は俺も。非常食のパック餅あるから、どうしても食べたくなったらそれでいいよね」
「うん。どうしても食べたくなることないと思うけど」
12月31日、午後5時40分。とっくに日が暮れていた。

「若い頃は年越しみんなで集まってりもしたけど、誰かが結婚したら集まることもなくなったよね」
「そうだな」
「俺、兄貴が結婚したあたりはまだ大晦日みんなで騒いだあと、元旦の午後から実家に帰ったりもしてたけど、実家、家を建て直してから帰るの盆だけになった」
「ふーん」
「夏だと日帰りokだけどさ。冬ってフットワーク悪いし、行ったところで、なんつーか、間が持てない」
「間が持てない?」
「お盆だと墓参り行ったりやることあるけど、正月はわざわざ実家の家族とやることないから」
「そういわれればそうだな」
「それにさ、お盆の時に兄貴の子どもたちに渡す小遣いよりもお年玉って多くしなきゃいけないような気もするし」
「それ、ちょっとわかる」
「だろ?あ、わかった」
「何が?」
「お年玉を貰う側だったのが、あげる側になったから、お正月ときめかないんだ」
「・・・」
「え?何?」
「たまには正しいこと言うんだ」
「何?たまには、とか。正しい、とか」
「いやいや。俺、お年玉とかあげたことないから、ピンときてなかったけど。確かにお年玉なくなってからはお正月に期待するものないなって」
「お年玉あげたことない?」
「あげる対象がない。俺、ひとりっ子だし」
「結婚しろよ」
「おまえもな」
「・・・そろそろ、年越し蕎麦いく?」
「いただく」
12月31日、午後10時33分。お湯割り用のお湯もなくなった。

「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「あ?あぁ。今年もよろしく」
「今年はいいことあるといいね」
「来年は今年もいいことあるといいね、って言えるくらい?」
「気が早いな。でもまあそんな感じ」
1月1日、午前0時2分。炬燵の上には少し冷めたコーヒーとナッツの入った器だけだった。