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海月と闘魚

「水族館行きたいなぁ」
「いいね。水族館」
「クラゲ見たい」
「お前、好きだよね」
「うん」
「俺、デメニギス見たい。でも、水族館にいないんだよな」
「そうなの?」
「深海魚だから、海上に出ちゃうとすぐ死んじゃうって聞いた。でもさ、あの透明な頭、一度見てみたいと思わない?」
「うん」
「代わりにナポレオンフィッシュ、ってわけにはいかないんだよなぁ。あっちは熱帯魚だし」
「熱帯魚なの?」
「そう。子どもの頃、熱帯魚って勝手に小さいもんだと思ってたから、初めて水族館で見たときショックだったなぁ。熱帯魚なのにかわいくないってね」
・・・雨続きの連休だった

「昔、家にベタがいてさ」
「へぇ」
「父親が好きで、様々な色のベタが何匹かいたけど、みんな気が荒いから1匹ずつ別々の水槽にいるんだけど、たまに父親が選んで同じ水槽に入れることがあるんだ」
「へぇ…なんで?」
「カップリング」
「うまくいくの?」
「たまにね。父親がじっと水槽見てるんだ。ダメだと思うとさっさと救い上げて元に戻す」
「喧嘩になる?」
「まぁ、どっちにしろ闘っているようにしか見えないんだけど。オスが気にいるかどうか?なんだよね。気にいるとしつこく追いかける。で、ペアリングに成功すると卵を産む。これも激しい。メスは失神するほど。で、メスが気がつくと、オスはまたメスを抱く」
「抱く?」
「あの、長いヒレでメスを囲む姿は抱くって感じ」
「へぇ、見てみたいな」
「うん。今でも思い出す。赤いベタ。すごく綺麗だった。メスを抱いているとき、長いヒレがメスを包んで揺れて『これは、オレのオンナ』って主張してる感じがして、少し怖かった」
「へぇ」
・・・少し湿った風が吹いた。

「クラゲって、何も考えてないって聞いてさ。それ以来好き」
「俺はクラゲの繁殖方法の多様性にすんごい興味がある」
「うん」
「うん?」
「らしいな、と思って」
「有性生殖もさ、どうやってしているのか気になるし、無性生殖に至っては不老不死だよ?どうなってる?記憶とか」
「何も考えてないんだけどね」
「勝手に身体が変げするとも思えないけど、全てが遺伝子のなせる技だとしたら、どうして全ての生物にそれがないのかな?とか気にならない?」
「興奮しすぎ。よだれ出てる」
「興奮せずにいられる?生命の根源に関わる話だよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。俺さ、こういうの気になっちゃうとどんどん深みにハマるから、答えが見つかりやすそうな分野に進んだの」
「建築に対して失礼じゃない?」
「いやいや、建築も深いよ。ただ問いが少し違う。『何故?』ではなく『どうしたらいい?』。こっちの方がまだ答えは見つけやすい」
「そうなの?」
「そうなんだよ。あ、ダメだ、気になってきた。水族館無理でも本屋行こう。クラゲの本買ってこよう。あと」
「あと?」
「ベタの飼育本も買ってこよう。何笑っているんだよ」
「らしいな、と思って」
「お前、そればっかりだな。ま、いいや、行こう」
・・・優しい雨は歓迎だ。