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【あらすじ】 大学生の山本茉莉は、ある日、大通り沿いの側溝で衰弱する猫を見つける。通りかかったゼミの同期である小田友梨佳とともにその猫を助けた茉莉は、猫を保護し元の飼い主を探し始める。 難航するかに見えた飼い主探しはすぐに解決したが、飼い主として現れた人物から醸し出される不気味な雰囲気に戦慄した茉莉は一時的に猫を自宅へ匿うこととする。 猫を匿ったことにより茉莉と友梨佳は脅迫めいたメッセージを受けるようになる。次第に明らかになっていく、猫にまつわる様々な違和感の正体とそ
1話 / マガジン / 3話 (2) 助けたほうがいい、そう思いながら具体的な案も浮かばないまま数分が過ぎた。せめてなにか、箱でもあれば……、茉莉はショッピングモール一階のテナントにスーパーが入っていたことを思い出した。スーパーなら、おそらく使い古しのダンボールを無償で配布しているはずだ。 でもそれまでこの猫はどうする? 戻ってきたら、もう居ないのではないか……。 そこまで茉莉が考えたときだった。猫と自分の間にふいに影が交ざった。 「山本さん?」 振り返るとそ
2話 / マガジン / 4話 (3) 翌朝、母と弟が出かけた頃合いに友梨佳が猫のキャリーを持ってやってきた。到着の連絡を受け茉莉が家の外に出ると、道路の向かいから友梨佳が手を振っているのが見える。 「おはよう! 飼い主さん見つかって良かったね」 「うん。小田さん、ここまでどうやってきたの?」 「うん? 車だよ。送ってもらった」 涼し気な顔で友梨佳は返した。一人暮らしのはずなのに誰に、などと野暮なことは茉莉とて聞かない。 「友梨佳でいいよ。私も茉莉って呼んでいい?
3話 / マガジン / 5話 (4) 「利久斗!」 友梨佳が声を上げると同時にその男性は友梨佳と茉莉の手を引いた。そのまま階段を下り路肩に停めてあった車に2人を誘導すると、乗るよう促した。 茉莉は何が何だか分からないまま猫のキャリーを抱え車に乗り込んだ。 黒い服の人物は、まさに茉莉たちが車に乗り込んだ瞬間にあと僅かのところまで辿り着いた。 車の窓から険しい表情で覗き込むと、次の瞬間乱暴に車の扉を叩いてきた。ドンドン、ドンドン、執拗に何度も叩きつけてくる。 「
4話 / マガジン / 6話 (5) 茉莉は6桁の数字を見つめた。 何故、最初にこの違和感に気付かなかったのだろう。普通、自分の飼い猫に数字などつけるだろうか。 これは何かを指し示す番号に違いない。 ヒントがあまりにも少ない中、とりあえず茉莉はその6桁の数字を検索してみた。世の中の様々な商品番号などがヒットし、もちろん何の参考にもならない。 続いて「猫 103568」と検索してみる。こちらもペット用品などがヒットした。 「そんなにうまくはいかないか」 茉
5話 / マガジン / 7話 (6) 13時に自宅へ戻った翔太に、とろろの世話に関する説明をして、茉莉は家を出た。 三限が終わる頃に大学で友梨佳と話をするつもりだった。警察に届を出すにあたって、その後のことを相談したいと考えていた。 「部屋の扉閉めるの絶対忘れないでね。なんかあったら連絡して」 「うぇい」 翔太は手を振った。軽すぎて少々頼りないが、この状況でとろろを外に連れ歩くよりはマシだろうと考えた。午後はずっとオンラインゲームをするので自宅にいるという。
6話 / マガジン / 8話 (7) 茉莉のスマートフォンに表示された母の名前を見ながら、茉莉は呆然とした。このタイミングでの母からの電話は、何事かを予感させる。横から翔太がスマートフォンを奪い取って電話に出た。 「おかん? 俺、翔太。うん、ちょっと姉と一緒にいるの。どうした?」 うんうん、といいながら翔太が話す。茉莉はまるで今も手の中にスマートフォンがあるようなポーズのまま、その様子を眺めた。 「え? あー……。ああ、それね。うんっと……ちょっとね、姉に聞かな
7話 / マガジン / 9話 (8) ビルの裏手には事前の確認通りにロッカーがあった。薄暗くあまり人目につかない。犯罪者が好みそうな場所だと茉莉は感じた。 茉莉と友梨佳は周囲を何度も振り返りながら、その一つのロッカーにキャリーをしまう。 実際にはキャリーの中に猫はいないのだが、このような薄暗い中に生き物を入れろと指定してくる相手に自ずと嫌悪感が湧き起こる。 茉莉は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと施錠をして、その鍵を持参した封筒に入れた。 二人はそのまま多摩モノレ
8話 / マガジン / 10話 (9) 「また後で連絡するよ。茉莉、あんまり考えこみすぎちゃダメだよ」 友梨佳との電話を終えると、茉莉は部屋の床に敷かれたラグに零れた涙の染みが出来ているのを見つめた。さらに一つ二つと染みが増える。 泣いていたって仕方ない。頭ではそう思うが、現実を直視すればするほど感情がかき乱される。 とろろの居たダンボール箱は無情なほどに部屋の中で存在感を示す。 たった三日間だったが、この部屋の中に生きものの温かみと柔らかさが満ちたことは、
9話 / マガジン (10) 友梨佳から聞いた住所は大学のキャンパスから目と鼻の先だった。一分さえも惜しかった茉莉は自転車で向かい、数分でその建物に辿り着いた。 淡い色合いの外観をしたアパートだった。部屋番号までもちろん聞いていたが、建物の前で茉莉は躊躇した。堂々とインターフォンを押したところで、門前払いにされる気がした。 友梨佳が来るまで待つ方がいい。そう思った茉莉は建物の前で待つことにした。 五分ほど経過しただろうか。 しばらくして視界に人影が入り、友梨