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いのちの停車場

久しぶりに映画館に行った。妻に誘われるままにだが、こういうとき私は、予備知識をもたずに見ることにしている。評判はいいらしい、その程度しか知らずに映画に浸る。「いのちの停車場」という。122本の映画に出演したという吉永小百合さんが医師を演ずるのは初めてだそうだ。
 
のっけから生々しいシーンだったが、舞台はすぐに故郷にある小さな医院へと転ずる。以下、そこで出会う様々な患者との出会いと別れ、また父親との関わりなどが描かれる。ストーリーは紹介できない。ご勘弁。
 
エンドロールで、様々な医療関係の協力が多く、制作者も本気だと感じた。そもそも原作者の南杏子さんは終末期医療専門病院の医師であるというのだから、医療現場の描き方も非常にリアルである。それに加えて、迫真の演技の俳優が居並ぶ。演じられた或る臨終の場面は、もう演技としても実にリアルな呼吸の仕方だと絶賛されるべきものだった。
 
松坂桃李さんは、若い男性の中でもその演技には定評がある。人間的にはシャイな方のようだが、いまや映画界の宝である。広瀬すずさんはこの若さにしてどうしてここまでやれるのだろうというほどの逸材だと思う。偶々かもしれないが、この人の映画を、実写だけでもう6、7作も見たのではないだろうか。今回、少しオトナになっていた。
 
西田敏行さんはもうこの人しかこの役はできないのではないかというほどの、実在感あふれる院長で、動けない体でありながら、しっかり本編を支えている。その人情あついキャラクターが適役だが、医療については冷静な眼差しももっている。
 
俳優陣について触れていくといくらでも綴れそうだが、エンドロールでひときわ大きな文字でスペシャルサンクス扱いされている名前に私は目を奪われた。小川誠子(ともこ)さん。囲碁棋士である。物語で、石田ゆり子さん演ずる囲碁棋士のモデルであったことになる。最初、対局場面すらない映画でも囲碁棋士の監修を大切にするのか、と関心したが、思えばこの方は故人である。2019年に癌で亡くなっている。調べると、吉永小百合さんの親友だという。どんな思いでこの映画に臨んでいたかを思うと切なくなった。
 
血のつながりはなくとも、それぞれに疵を負い、家族との問題を抱えたメンバーが集まった、小さな医院、「まほろば診療所」。これは家族だよね、と互いにぶつける。必ずしも医療に対する方針が一致しているわけではなく、少し距離を置いたり、やたら直情的であったり、一人ひとり個性が違うのだが、それでも、これは家族だよね、と抱きしめ合う。「まほろば」とは、住みやすい素晴らしい場所を意味する古語である。
 
キリスト教会というところは、こうした集まりではなかったのだろうか。そして、「いのち」を見つめ、考えるものではなかったのだろうか。しかし、この新型コロナウイルス問題の中で、「いのち」から遠ざかっているように見えて仕方がない。医療にも関心をもたなくなってしまっているように見えて仕方がない。キリスト教から「いのち」を奪ったら、いったい何が残るのだろうか。
 
反発を覚えた方は、たとえばこの映画「いのちの停車場」をご覧になって戴きたい。そこから、話を始めてみようではないか。
 
https://www.fashion-press.net/news/63346

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