見出し画像

『試験に出る哲学』(斎藤哲也・NHK出版新書563)

凡そくっつかない言葉がつながっているように見える。「哲学」が「試験に出る」というような利点を探す語の制約を受けるのは、どうにも似合わない。知識をお持ちの方は、ソクラテスないしプラトンが徹底的に敵対した、ソフィストたちのやり口を真似するつもりなのか、と憤るかもしれない。
 
著者自身も、その辺りを気にしている。しかしこれはなかなか良い企画であると私も思った。
 
大学入試のセンター試験はその名をすでに変えたが、基本は同じと見てよい。センター試験の「倫理」に出題された20問を取り上げ、それを解くために必要な哲学史の知識を解説という形で説明する、それが本書のスタイルである。たった20問ではあるが、逆にきちんと押さえておくべきところが選び抜かれているため、一般教養として相応しいものとなっていると言えるだろう。
 
確かに、ここに取り上げられた思想家は、ごくごく僅かな人数である。高校の倫理の教科書に取り上げられる人物は限られている。だが、私も今にして思う。こうしたメンバーが、やはり自分の中にいくつかの思想の柱として確かに建てられているということに。歴史の中の巨人とされる人々しか知らないというのは、現実に対応するのにあまりにも大雑把ではあるが、これらの巨人について知らないでいては、歴史や現実を捉える地盤があまりにも脆弱なものとなってしまうと考えられるのである。
 
サブタイトルにあるように、「センター試験」で西洋思想に入門する、というからには、これは完全に西洋哲学に制限されている(東洋編の本も別にある)。だからセンター試験の「倫理」全体をカバーするものというわけではないから、西洋哲学に関する教養を求める方へのお薦めという具合になるだろう。
 
最低限ではあるかもしれないが、これ以上に深めたいと思った人は、参考文献を頼りに、読書範囲をここから広げればよいのである。自己認識ができずに、自分の思いついたことが世界の真理であるかのように思いなす人は、案外多い。SNSを見ているとよく分かる。このうちのいくらかの人が、本書のようなもの、視野を広くしてくれる知恵に触れたならば、言葉の暴力もずいぶんと減るものだろうと思う。
 
ソクラテス以前の哲学から実存主義まで、教科書的ではあるけれども、解説が非常に簡潔に、的確に述べられていて、これは高校生にはお薦めだと言える以上に、哲学の教育がなされないという致命的な運命をもつ日本社会で育った人々のために、これなしでは生きていけないと言いたいくらいの知恵をもたらしてくれるものだ、とまで言いたい。
 
要点はゴシック体にされているので、ちらりと見ても、何が大事な考え方なのかもすぐに分かる。参考書的な親切さも備えている。20問に、ひとつずつじっくり選んでくだされば幸いである。なお、選択式のセンター試験を取り上げたという意味では、正しく述べたものが四つのうちの一つであるという形をとるが、中には、その他の文が、別の思想家の考えを説明したものとなっているものがある。その点も、解答の中で触れてあるので、ここに取り上げられない、たとえばルターなども登場しているから、その「誤答項目」からも、学ぶべきことは多々ある。これは、そもそもあらゆる選択問題において、心得ておきたいことである。受験生は、もちろんとっくにそんなことは分かっているだろうけれども。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?