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新薬開発研究員が見たコロナ【第28回マスクの向こう側】

<まえがき>今、世界中で開発が待ち望まれているコロナワクチン。しかし、既存薬をリポジショニングしたレムデシビルやアビガンと違い、全くのゼロベースからの開発となるため、短期間での開発は難しいと言われています。今回は新薬の研究開発に携わっている方にお話をお聞きしました。コロナのワクチンはいつできるのでしょうか。そもそも、新薬ってどうやって作るのでしょうか。

●新薬開発の3工程。探索・開発・生産とは。
●今はよくても、10年先にダメージが…。
●変曲点ってどういうこと?

―自己紹介をお願いします。
製薬会社で、新薬の研究開発に取り組んでいます。新薬が世に出るまでには「探索」「開発」「生産」の3つのステップに分かれますが、そのうち、最上流の探索を手掛けています。

―「探索」とは、具体的に、どんな仕事するのですか。
特定の疾患をターゲットにして「効果が見込めるのはどんなものか」いちから探していきます。言うなれば「薬の種」を探す仕事です。具体的に言うと、ラットなどの動物をその特定の疾患に罹患させ、そこに「これは」と思う薬の種を投与して、その効果を解析・分析する、という作業を繰り返し行っています。そこで効果が見込まれたものが、今度は人間に合った形で「開発」され、患者様のもとに届けるために大量に「生産」されるわけです。

―コロナを最初に意識したのはいつくらいですか。
正直、最初は全然気にしていなかったです。以前のSARSの件もあったし、中国と日本では生活様式が全然違うので、仮に感染者が出たとしても「そんなに流行らないだろう」と思っていました。甘かったですね。3月になって、あれよあれよという間に感染が拡大した時は驚きました。昨年から大学のラボ(研究室)に間借りして、大学の先生方と共同開発を行っているのですが、迷惑をかけてはいけないということで、会社の方から原則リモートワークへの移行を命じられました。それが3月末のことです。

―リモートワークになったことで、仕事に変わりはありましたか。
研究はウェットとドライの2つに分かれます。実験動物や細胞など、生体をダイレクトに扱うものを「ウェット」、それに対し、コンピュータを使って完結できるのが「ドライ」です。ウェットに関しては一部の急を要するものを除いては3月でストップしました。今は、持ち帰ったドライのデータ解析だけを行っています。リモートワークは初めてのことだったので不安も多かったですが、実際やってみたらすごいスムーズで驚きました。職場にいると、どうしても雑務や雑談で時間をとられてしまいますが、家にいると余計なものが一切ありません。打ち合わせもみんなもしっかり準備してくるので、以前より効率が上がりました。今は、空いた時間を使って、データの解析をよりスムーズにするためプログラミングの勉強をしています。

―ご家族が一緒に暮らしている中での作業は、支障なかったですか。
子供が二人いますが、あまり気になりませんでした。むしろ、家族と過ごす時間が増えたことは喜ばしいことです。今の会社は新卒からずっと働いているのですが、20代、30代の多くが海外勤務でした。科学分野における最先端の情報をキャッチアップするため、海外の大学や企業に留学という形で行かせてもらっていたんです。でも、そのほとんどが妻と子供を日本に残しての単身赴任だったため、親子関係に少し自信が持てなくて…。特に、下の子供に関しては一緒の時間を過ごしたことがほとんどありません。日本に戻った後も最初の頃は「パパ」ではなく「お兄ちゃん」と呼ばれていたんですよ(笑)。それが、この自粛期間中はじっくり接することができました。休日はポケモンgoなどをして楽しく時間を過ごしています。

―コロナのワクチンは、いつできるのでしょうか。
感染症は専門ではないので、何とも言えません。ただ先に述べた通り、新薬開発には時間がかかります。薬の種を見つけるところから、大勢の人に投与できるレベルまで持っていくには通常10年とも言われています。SARSの時も似たような状況で、世界中でワクチンを一生懸命作っていたけど、なかなかできず、結局、SARSの終息が先にきてしまいました。今後、コロナウイルスも変異していくだろうし、イタチごっこになることを考えると、共存して、集団免疫を獲得する方が早いのではないかという気もします。今、コロナに関して多くの情報が錯綜していますが、科学的に根拠のあるものはほとんどありません。一喜一憂して踊らされるのではなく、しっかり見定めて、じっくり動いた方がいいかもしれません。

―コロナが、製薬業界に及ぼす影響を教えてください。
リーマンショックや東日本大震災の時もそうでしたが、製薬会社は景気の変動を受けにくいため、株価にもほとんど落ち込みは見られません。ただ、新しい薬の種を探す作業が停まっているのは、将来的にはマイナスだと思います。薬の開発には通常10年かかると言われています。今は影響なくても、10年後、本来生まれるはずだった薬ができないという影響が出るかもしれません。それがうちの会社だけでなく、日本、いや世界中の会社でそうだとするなら、その影響は想像しているより、ずっと大きいと思います。緊急事態宣言が解除された6月も、まだリモートワークが続いていますが、少しでも早く復旧してほしいです。

―「コロナとは〇〇」と言うとしたら、何と答えますか。
人の生体データが記されたカルテなどは、製薬会社にとって次の新薬開発につながる宝の山でした。このカルテが、コロナの影響で遠隔治療などが推進した結果、かなりのスピードで電子化されてきています。今後は、医療や製薬業界にもビッグデータの活用による、デジタル化の波が押し寄せてくるでしょう。ロボットやAIも含めて、これまでは「あったらいいな」という認識だったのが、人の移動が制限され、働くことができない状況では「ないと困る」に変わってくると思います。そういう意味で、コロナはその前後で流れを大きく変えるターニングポイント。数学用語でいう「変曲点」に位置づけられるような気がします。私が携わっている新薬の開発に関しても同様です。10年と言わず、大幅な改善が図られて、少しでも早いサイクルになることを願っています。(Sさん/新薬開発の研究員)

コロナ前後で大きく世界は変わると思います。1年後、5年後、10年後、「あの時、何があったのか」をしっかり振り返ることができるように書き残していきたいと考えています。フォローしてもらえるとすごく嬉しいです。twitterもやっています。


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