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「小説 組織風土改革推進委員会」第11 話:俺の話

第11 話:俺の話

 加藤さんと目があった。さあ、俺にどうぞというような合図だった。確かに最後残っていたのは俺一人だ。

「私はこの一年で会社を辞める覚悟で挑みます」
ふと、一言目に飛び出した言葉がこれだった。みんなの目が、辞めるの?という視線に変わった。特にそういう語句が発せられたわけではないが、それに似た感覚があり、みんなに説明した。
「辞めるわけではなくて、いつ辞めてもいいような覚悟を持ってという意味です。具体的には、三年後にはこの組織は不要となっていることが望ましいかと思っております。その頃には、組織が常に活性化していて、一人ひとりが主体的に仕事に創造的に取り組める風土となり、新しい事業が生み出されつつあることを切に願います。その基盤はこの一年にかかっているのかなと考えております。もう、この組織ができて三年経っており、会社の風土も以前と比べたら大きく変容したと思いますが、半分以上の社員はまだまだと思っているのではないかと。先ほど八木沢さんが相談に一番にきてくれる人にという話もありましたが、本当は、三年後には、そんな相談が来なくなるようにするにはどうしたらいいかを突き詰めていきたいと考えております。今年は香取さんが推し進めるエンゲージメントサーベイも導入されます。これを香取さんのいう経営数値の面だけではなく、組織内の対話のきっかけのツールとして使えれば、大きな定性的成果も見えてくるのではないかと思っております」 
そう話を続けながら
「あっ、なんか、演説っぽくなりましたね、ここらで、止めておきます。あー、喋りすぎました」

 何でこんなに言葉が出てきたのだろう。俺の思いってこんなに熱いものだったかなと、不思議な感じであった。加藤さんは
「まだまだ言い足りないのではないかと感じましたよ、村田さん。相談が来ないようにしたい、対話のきっかけになるという話をしているところは、すごくイキイキ話されてましたね。そして、三年後にはこの組織をなくすってわかりやすいですね」
「いや、みんなとはそこまで話せてなくて、組織を無くす云々の話は申し訳ないです。今日の内容は、少し勇み足でした」

 加藤さんはニコッと笑って
「村田さんって、本当に熱い人ですよね。村田さんの入社式の時を思い出しました。私は覚えてるんですよ。『大学まで野球やって、周りはプロの世界に行ったりしたけど、こうして私はこの会社に入ってきました!わが社を日本一にします!』って挨拶していた村田さんを思い出しましたよ」
確かに俺は大学まで野球漬けだった。プロになるという願いは叶えられなかったが、公立の進学校から県大会ベスト4という結果に終わったが、甲子園もあと二歩のところまで進むことができたし。大学は、地方の私立だったが、三年と四年の秋は神宮球場でも活躍出来た。実際は大学同期でプロに行ったのは一人だったが、入社式で自分のことでもないのに大袈裟に発言していたようだ。それもドラフト6位だったし、そいつも五年で野球は諦めて、野球とは無関係の職についていた。
「加藤さん、やめてくださいよ。入社式のことなど私も覚えていないし、誰も知らないんだから」
「でも村田さんの言葉をみんなはしっかり受け止めたように僕は思いました。みなさん、どうです?」

 香取が俺をチラッとみて
「いやー最後の方に持っていかれましたね。では、三年後ではなく、二年後にこの組織がなくなるとしたら、二年後になくすとしたら、村田さんなら、どうします?何が足りないですか?」
そんな風に攻めてくるのか、香取の野郎、と思いながら
「現場との乖離があったらいけないと思う。さっき言ったけど半分以上の社員は、まだまだと感じている。二年でやるには難しいかな」

 香取は続けてきた。
「いや、二年後に無くすとしたらどうしますか?の答えになってませんよ、村田さん」
「悪かった。現場にもっと寄り添うことだと思う。本当は相手を変えることなどは出来ないと思ってる。しかし相手に気づいてもらう方法はあると思う。この今年一年で気づいてもらって、来年は、行動変容しているようにするしかない」
「そのためにエンゲージメントサーベイも利用する、ということですね、村田さん」
香取は屈託なく笑った。

 青山も口をはさんできた。
「しっかりした目的を村田さんが与えてくれた気がしました。私も是非、貢献させてもらいます」
加藤さんはホワイトボードにみんなが話したキーワードを書き連ねていた。

 俺はホワイトボードをスマホでかざしながら
「ちょっと今日の内容は、私にまとめさせてもらっていいですか?たたきにしかならないかもですが」
荻野が
「先輩、お願いします!」
とお辞儀までして楽しくミーティングが終わろうとしていた。

 振り返ると、今日の加藤さんの問いの立て方はみんなのやる気、モチベーションをあげていったことをふと思った。わずかな時間だったが、間違いなく、一人ひとりの価値観などに踏み込んでいた。それも、加藤さんが、俺たちの家の中へドタドタと土足で入ってきた感じではなく、いつの間にか気付かぬうちに隣にいたようなところだ。自分自身も各々が言葉に出すことで内省出来たし、他のチームメンバーがどう感じているかを認識出来た。「加藤さん、プロだな!」というのがこの時の本心だった。また、「この人は、なにか持っているものが違うな」と思った。
 こうやって、本音で語り合う場も加藤さんが来たからこそだった。最初の立ち上げ時の伊勢さんのときから、そういう雰囲気はまるっきり皆無であった。なにか、みんなが変わっていくような姿がそこにあった。


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