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「小説 組織風土改革推進委員会」第12話:社員へのメリットは?

第12話:社員へのメリットは?

 俺たち、いや我々加藤さん、青山、香取、八木沢、荻野の五人のチームは次の準備にとりかかっていた。もう、咲き誇っていた桜もいつのまにか葉桜に変わり、今年の新入社員研修も終わりを迎え、既に各組織への配属へと進んでいた。

 香取が推進しているエンゲージメントサーベイも、社員2万人への説明会もスケジュールを組んだ。もちろん全員参加は難しいだろうが、オンラインで400人枠×50回開催することとした。一日二回開催で、5月から6月にかけて行うこととした。説明役は、香取、荻野、青山とした。そう、二万人を相手する説明会は未だかつてなかったかもしれない。そういう本気度をあらわすのも必要と考えた。
加藤さんからは
「そんなに詰め込まなくてもいいのでは?」
と、ゆっくりでよいのではないかと、数回アドバイスや、指摘も受けていた。後で考えると、加藤さんが言っていたことの意味もわかる気がする。この時、みんなが前のめりだった面もあるが、俺たちの意思は固かったようだ。

 説明会の準備としては、各回の参加人数枠を事業本部別に割り当てて、そこで第一希望から第三希望を確認して、こちらで決定枠を各回の参加者宛に通知した。もちろん、アナログ的な要素もあったが、どうにか2ヶ月の間で終わる形とした。一日三回も説明会を開催する日もあった。また、いかに伝えたが効果的かについては迷うところであった。おさえるポイントとしては、ここですと香取は話し始めた。

「みなさん、いいですか?何もわからない人に『これをやることになったよ!』と言っても、また本社が新しい仕事を増やしやがってと思われるだけです。いかにメリットを伝えるかではないかと思います」
「メリットねー、整理すると、まずは、一つ、可視化されることで自分の組織の問題点が炙り出されること。二つめに自分たちは間違いのない方向に進んでいるかがわかること。三つめに、村田さんがこの前、話していた対話のきっかけになること?」

 ホワイトボードも使いながら青山がみんなに確認した。
「そうだなー、やっばり、対話のきっかけってあるよね。なぜこんなスコアなんだとかいうような感じにならないようにしなくちゃいけないし、何か進め方の“型”とかあったがいいのかなー」
と、ホワイトボードを見ながら青山は続けた。 

 八木沢は相談を受ける中で、こんなことがあったのですが・・・というエピソードを話し始めた。
「先日、ある後輩から、今後、エンゲージメントサーベイを行なっていくにあたって、『聞いた話ですけど』という前置きで、アドバイスをされたんです。彼は、なかなか、チームみんなの意識が合わないことが多いという話を話していました。このことで、会社にいることがみんな嫌になっていると。例えば、何かしらのことを決めるときに、意見を課長に合わせるとか、何となくマウントとる人に対して黙認し、妥協しているとか、そんなことが多々あると。なんとかしたいという思いから、そんなことを高校の頃の友人に話をしたらしいのです」
「何かその友達がアドバイスしたのかな?」
と、俺は口を挟んでしまった。

「その友人が言うには、やりがいって、何かしら働く上では大切な言葉ですよねと。でも、一人ひとりのやりがいの意味は違うと。捉え方は違うと。Aさんは会社の仕事と自分のやりたいことが一致している時にやりがいを感じるとか、Bさんは、みんなで目標達成した時だとか、Cさんは社会から貢献していることを認められている時など、どこか違うんだと。エンゲージメントでやりがいがどうなっているかを、個人個人を調べても少しそこは違うわけで、貴方はそういうところにやりがいを感じるんだねと、お互いに認識できていないと、やりがいを向上させるにはどうしたらよいのかという話が、私はこう思う、僕はこう思いますと、グルグルとまわるだけではないかという話でした。だから、サーベイをやる時は、自分たちのチームのビジョンをまずは明確にして、それからサーベイの結果をみんなで、共有、確認して、このビジョンに向かうには何が足りない?何をしたらいい?どの項目が大切か?という視点で進めたがよいと、そうアドバイス受けたそうです。まあ、僕にはそれがアドバイスでしたね」

「なるほど、面白いね」
と、加藤さんが答えた。そして、
「ビジョン、そうだね。チームにビジョンがあると何がよいだろうか?」
と間をおかずに問いをたててきた。すぐに質問に変換するなーこの人は・・・という目で加藤さんを見てしまった。確かにチームが向かう方向、ビジョンが定まっていないと、チームに大切なものが何なのか、どういう行動を見直したがよいのか判断もつかなくなる。

「村田さん」
しまったなーと思いつつ
「チームの向かう方向が認識出来る、ですかね」
「荻野さんは?」
「えー、腹落ち。みんなが納得して動けます」
「青山さん?」
「そうですね、何か立ち返るものがそこにあるということがいいのではないかと。特にみんなが迷った時、どうしようとなった時などに」
「八木沢さんも何か一言ありますか?」
「その目指す姿が尺度だったりしますかね?ぼくらは、それに向かって、どこまで到達できているかなど」
「おーいいね!」
加藤さんはなかなかみんなが良い答えをしたのを聞いてホワイトボードに向かって、認識一致、腹落ち、立ち返るもの、尺度と書いた。

 香取は付け加えて
「チームビジョンをまず決めるというのは、さっき話をした“型”になりそうですね。これはエンゲージメントサーベイ自体ではないけど、まずはサーベイの前準備で、ビジョンを決めてチームを一つにするというのはメリットとなりますね」
加藤さんは
「いかに自分ごととして捉えてもらうかだなー」

 荻野は
「整理しましょう」と言って、ホワイトボードに向かいながら、考えていた。
「チームのビジョンを明確にしてもらう時に、それぞれの個人の価値観まで認識出来たらいいですね」
荻野はビジョンの隣に、一人ひとりの価値観と書いた。続けて
「そこには、心理的安全性と、メンバー間、上司部下の信頼関係がなければならない」
ボードにも、心理的安全性と信頼関係・・・キーワードを荻野は付け足して行った。

 香取は
「そういう基盤があってサーベイを行う。そうすればビジョンに向かって、我々のチームは何が足りないのかが自ずとわかってくる。多少の差はあるかもしれないけれど、大きな認識のズレはないということですかね」
続けて香取が
「そしてこのサーベイで、みんなの意識のズレがわかる、問題点がより認識出来る、何より組織を良くするための対話が活性化する。つまりはみんな、仕事に楽しく向き合える、イキイキと働く風景が出てくる。さらに自律的に行動出来るチームとなり、成果に現れてくる」
香取はホワイトボードの写真を撮りながら、もう一度説明会資料は、初めてエンゲージメントを知る方にもわかりやすいようにアップデートすることをみんなに告げた。

 八木沢が
「でも、どんなメリットをみんなは喜ぶのかなー」
と呟く。

 営業が長い青山が、他の会社からヒアリングしてきたことを話した。
「都銀の人事の人とあったら、そのビジョンを達成したらどんな良いことがあるかと、メリットを一人ひとりに書かせているって言っていたなー。そうすることで一人ひとりの価値観にも触れられるというか、なに考えているのか、何を望んでいるのかが共有できるって。それをみんなが見える場所などに貼っておくらしい」

 さらに、八木沢が
「なるほど、コミットメントではないけど立ち返るところに戻って、最初に書いたメリットを意識させるのですかね?」と尋ねると、青山は
「そこまで考えてないと思うけどね。でも自主的に書いてもらったらいいけど、やらされ感があって書くのはよろしくないよね。今はやらされ感は生まれないようにしたいなー」

 加藤さんも思い出したように話した。
「参考になるかなりませんが、ある企業ではエンゲージメントサーベイについて、どの項目も大切なのでしょうけど、自分のチームはこれは不要だというミーティングやワークをしているとも聞いたことがあります。その狙いは、不要なものは何かを議論していくうちに、チームにとって、逆に何が大切かもわかるし、みんなで真剣に探究していくことで、やらされ感も極小化して、自分ごとになるそうです」

 俺も心の中で、「やらされ感」か、会社に入ってこれに随分と悩まされてきたなとつぶやいた。今のような、心理的安全性とか、相互信頼とかいう言葉すらない時代を駆け抜けてきた。仕事自体はお客さんと喜んだり、悔しがったりしたこともあって、楽しい思い出も多いのだが、なんとなく、個人の考えや意見を通り越したものがつきまとっていた。本当は、そういうものなかったのだが、会社のせいや上司のせいにして、「やらされ感」を背負っていたのかもしれない。だんだん、会社が嫌になるように自分自身で仕向けていた時が二十代後半にあったことがふとよぎった。

 香取は、もう一つ話したいということで、「やらされ感が生まれないようにするには?」というお題で二日後にミーティングやりませんか?と投げかけた。いまの自分には、当時のやらされ感は、自分が逃げて芽生えたような感覚に感じた。いまは全くみじんもない。ただし、香取の投げかけには、同意するものがある。多くの社員がそういう「やらされ感」を自分で作り出して、背負っているのではないだろうかと。確かに今もよく、「本社が、本社が・・・・・・」という言葉が聞こえてくる。どうしたら自分ごと化してくれるのか。その日は、二日後のミーティングの時間とアジェンダを確認して終わった。スケジュール的には、説明会までの20日間の間にやるタスクも整理できており、これから説明会を開催して起こるであろう、真の問題に対して準備をしていくこととなった。そう、やらされ感に対して。


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