「小説 組織風土改革推進委員会」第3話:委員会の活動
第3話:委員会の活動
会社、そう2万人超の社員がいる、この会社の組織風土をこの八木沢、荻野、青山、香取、そして俺、プラス新しい上司で変えていこうというのである。 新しい上司については、今日、金曜日が内示なので、休み明けの月曜日には誰なのかは間違いなくわかることとなる。しばし、俺の頭の中に「いまさら誰か来たところで何も変わりはしないのに」「まあ、俺は俺自身のパーパスに沿ってやっていけばよいか」など、土曜、日曜の休みの間も考えていた。妙に自分のやることに自信があったようだ。多様な考えを受け入れていくことはできても、どこかにコンサバな自分がいることにも気づいていた。
実は、単身赴任中なので、否応が無しに土日はゆっくり考えられた。六年前に実家のある福岡市に転勤となっていた。当時はもう50歳手前ということもあり、「会社生活は、福岡で終わりかな」と思い、家族で引越しするときに、ちょうど売りにでていた市内の完成マンションを購入していた。しかし、すぐ、この組織風土改革推進委員会ができたときに、東京本社に呼び戻されてしまった。2年ほどしか住んでいなかったことと、娘も高校受験がひかえていたことから、俺は一人で東京へ行くこととした。すぐに福岡にまだ戻れると思っていたが、3年たった現在は、福岡には戻れるポジションもないように感じていた。
東京本社に呼び戻されたことについては、「なぜ?」と思うところはあったのだが、本社時代に提出した「組織を強くしていくには、変えていくには」という研修で書いた提言書の内容がよかったからだと、人事メンバーから聞かされた。「2年も経って、その件で今更呼ばれるとはなんということか」と皮肉にも感じたが、「まあ、自分の将来のキャリアにもなるし、数年やればいいだろう」という思いもあった。
この3年間、俺は俺なりに打ち込んできた。ちょっと振り返ると
① 一年目 全組織への課題や要望のヒアリング、社員アンケート(以後、毎年定点観測的に)、経営層への提言
② 二年目 職場単位のボトムアップ活動のテスト導入、並行して全管理職向け組織風土セミナー、且つ研修スタート
③ 三年目 全職場にボトムアップ活動の浸透と定着の説明会開催、管理職研修終了
④ そして四年目に行うことは、新しい施策もあるが、三年目のアップデート、集大成と位置付けていた。 この組織にいると、会社全体における課題もおぼろげながら見えてくる。制度、事業や業務、職場、個人の部分などのバランスが良くないところなど感じ取れていた。アンケート回答で、様々な意見、コメントも届くし、チャットでの相談も月に十数件届く。全てがネガティブなものではなく、それには「自分たちの組織を良くしていこう、改善したい」という意志が感じられる。そういう前向きなものには全力で応えてきたつもりだ。
以前、こんなことがあった。 ある日、私はある組織の課長から相談を受けた。テレワーク導入後、部下のコミュニケーションがうまくいかず、チームワークが低下しているというのだ。私は、相談を受けた課長と、その部下たちを集めて、対話の場を設けた。最初はぎこちなかった部下たちも、徐々に本音を語り始めた。もちろん最初から話をすすめる人はいないが、こういう時はある何かのきっかけで話が大きく膨らんで発散したり、今まで話してなかったことをいきなり話し始めることがある。
このケースは、この組織の人が減ってしまい、どうしていけば良いのか対話することや、解決に向けて探索することに蓋をして、以前と変わらぬ体制で業務をすることとなり、そのあたりのフォローを管理職が怠っていたようなことが原因であった。蓋というのは、管理職が蓋をするのではなく、周りの人もどうせ無駄だと考えて行動することをせずに、自ら蓋をしてしまうこともある。ここを解きほぐすのは、誰かファシリテーションする方とか、コーチング役で入ったほうが、上手く進むことが出来る。
話をはじめて5分経ったときに、内勤のAさんが
「だいたい課長はどうしたいと考えているのか」
「課長と、部長、本部長は私たちの気持ちや考えをくみ取っていない、汲み取ろうとしていない」
と発言した。意見をかぶせる形でBさんが
「ちょっとした気遣いがあってもいいのに」、
Cさんも
「人数が減らされたのは仕方ないとして、何か工夫するとか、みんなで助け合おうとか言う雰囲気にならない」
など、一気に爆発した。もう、このまま二時間くらい、この勢いですすんでいきそうな感じであった。
「では、みなさんはどんな組織にしていきたいですか?」
とたずねてみた。
「少し五分くらいゆっくり考えてみてください。こんな組織にしていきたいとか、こういう組織になれば・・・とかイメージしてみてください」
とみんなに考えることを促した。五分後に、みんなにたずねると
「一人ひとりの考え方や、思いを尊重する組織にしたい」
「なにも言わなくても、主体的に個々が行動する組織にしたい」
「思ったことや、こうしたらいいという提案を、前向きに話し合う組織にしたい」
「お互い思いやりのある組織に」
・・・全員にこたえてもらった。
みんなが発表した内容を、ホワイトボードに書いたものを見たAさんは
「こういう場がなかった。私たちはこういう場をつくることが大切だと感じました」
と言った。みんながうなずいた。Dさんは
「こういう場は誰かが声を出せばできたのに、なぜやらなかったのだろう」
とみんなに問いかけた。Eさんは
「そう、なんとなく管理職のせいだって言ってきたけど、自分たちで話し合うことはできたんだ」
と語った。なにか新しい活動を起こす目を皆が発していた。
ミーティングの後に、この対話でつかったホワイトボードを課長に見せたところ、
「そうなんですか。自分たちでやれることがあると・・・・・・、そう言っていたのですね」
じっとその課長はボードに書かれた文字を見ながら、
「私も彼らのせいにしていた自分もいますし、共感できていなかった。話を聴く場をしっかりとっていなかったんですね」
と反省していた。
そのあと、その課は毎週ファシリテーターを変えながら、対話の場をつくり、その担当となったものが、今週のテーマをみんなの意見から一つ絞り込み、それについての課題をみんなでアイデアを出し合いながら解決していく形をつくったと聞いた。「課題共有ミーティング」という名前で、すでに一年間まわしている。
組織風土をよくするには、やはり「対話」から始まり、その「対話」を行うには、チーム全員がお互いを尊重し、信頼関係がないといけないとその時に感じた。先ほどのチームは、もともと信頼関係はある程度あったと言える。だから、思っていることをぶつけることができたのではないか。こういう「対話」の場がすべての組織で行われれば、きっと会社も強くなるであろうと思った。以前、研修で提言した「組織を強くしていくには、変えていくには」に書いた内容そのものであった。「組織を強くする一番の基盤は、組織メンバー同士、上司・部下の信頼関係」と書いていたのだが、まさしくそうであった。
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