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日本酒の発展に貢献した幻の全国清酒品評会 その1 紹介酒は 龍勢 特別純米 夜の帝王 (広島県)

現在、日本だけでなく、世界中で日本酒の味を競い合うコンクールが開催されておりますけど、日本で純粋に日本酒造りの技術を全国の酒蔵が競い合っている品評会は、全国新酒鑑評会だけですが始まったのが1911年(明治44年)で、それよりも前にスタートしたのが表題の幻の全国清酒品評会です。(写真は、旧大蔵省醸造試験所 東京北区 日本の伝統紀行HPhttp://www.visiting-japan.com/ja/より引用)

滝野川 醸造試験所第一工場

全国清酒品評会が行われるまでの経緯ですが、1899年に地租(現在で言う所の所得税に当たる)を抜いて、酒税が日本の国税収入のトップとなり、その後も1909年(明治42年)から1917年(大正6年)まで国税収入トップにあったのが酒税でした。よく言われるのが、日本が日清戦争1894年(明治27年)、日露戦争1904年(明治38年)に勝てたのは酒税のおかげとよく言われますが、事実、製糸産業(絹の糸の製造業で現代でいう所の軽工業の一部)以外に大きな外貨を稼げる産業が、まだまだ育っていなかった日本にとって、酒造業は本当の意味で戦前の大日本帝国の基軸に一大産業でした。(下の錦絵は 富岡製糸場錦絵(群馬県) 富岡製糸場HPhttp://www.tomioka-silk.jp/tomioka-silk-mill/より引用)

富岡製糸場 錦絵

当然のことながら、マーケットで消費者にお金を例え1円でも使ってもらうには、一番の基本は商品自体の品質を上げなければ難しいですし、現在の日本政府よりも明治時代の大日本帝国政府の幹部の方々は、若い頃に非常にお金で苦労した方がほとんどだったので、マーケットの原理を骨身にしみて理解されていたと思います。

因みに円という単位を作ったのは早稲田大学を開講した大隈重信公です。

※下の写真は明治17年の一円札です。お札とコインの資料館HP(https://www.buntetsu.net/mbc/)より引用

明治17年 一円券

大日本帝国政府として、安定した収入の確保の為に酒造技術の研究は国家の命題だったので、1899年(明治32年)に東京王子(現在の北区王子)の滝野川に醸造試験所が開設され、醸造試験所の開設の直前に閣議決定で、醸造試験所の管轄が農務省から大蔵省に移りました。現在でも酒税の管轄が、財務省にあるのは、この頃、酒税が国税の柱の一つだったことの名残で、現在でも酒税法が非常に複雑で、小売店や蔵元での酒税に関する管理が非常に厳しいのは、酒税の取漏れがないように厳しく国家により管理されていた時代の名残だと思います。

※下の写真は明治から昭和初期に財政家として、総理大臣、日本銀行総裁や蔵相として辣腕を振るった高橋是清公です。(国立国会図書館HPより引用)

高橋是清公

醸造試験所が開設された二年後、1901年(明治34年)に試験所講習卒業生のネットワークの為、醸造協会が誕生し、さらに日本全国の酒質の向上の為に明治40年(1907年)10月14日に日本醸造協会主催の第1回清酒品評会が行われました。審査員は、全国各地からランダムに選ばれ、審査長が東京帝国大学教授の丹波 敬三氏(俳優、故 丹波 哲郎の祖父)以下、新潟の岸 五郎、広島の三浦 仙三郎、福岡の首藤 精、兵庫の長部 文治朗、京都の大八木 正太郎、愛知の細見 京之助、山形の椿 宮太郎が務めました。

※下記写真は、三浦仙三郎公銅像です。柄酒造HP(https://www.tsukasyuzou.jp/hpgen/HPB/entries/1.html)より引用

三浦仙三郎公

第一回全国清酒品評会の結果は、優等賞が5点、1等賞が48点、2等賞が120点、3等賞が528点の受賞がありました。なかでも優等は1位~5位に格付けされていて、優等1位が広島の龍勢(藤井 善七、現・藤井酒造株式会社、2007年に行われたIWCの第1回のSAKE部門でも最高金賞を受賞)、優等2位が広島の三谷春(林 森蔵、現・林酒造株式会社)、優等3等が福岡の富の壽(富安 猪三郎、元・富安合名会社、2009年に破産し、富の壽の銘柄は株式会社花の露へ)、優等4等が兵庫・灘 今津郷の高賞(高岡 源七、戦災にて消失し現在は廃業)、優等5等が岡山の口印 三角正宗 (牧 佳三郎 戦中の企業統合で廃業)がそれぞれ受賞しました。この第1回の清酒品評会で最も評価を上げたのが広島酒で、優等2点、1等18点をはじめ受賞率74.4%で、灘を擁する兵庫の57.6%を大きく上回り、全国平均の32.8%を大きく上回りました。

※下記写真は龍勢の看板(藤井酒造HPhttp://www.fujiishuzou.com/brewery/)より引用

龍勢 看板

ちょうどこの頃、明治37年(1904年)時点での広島酒の帝国海軍呉海軍基地への納入価格が1升30銭だったのに対し、灘酒の納入価格が1升40銭だったことなどから、第1回の清酒品評会が日本酒業界に与えた衝撃は、世間的に非常に大きいものだったと考えられますし、現在の日本酒のナショナルブランドと呼ばれる銘柄の第1回での優等受賞は無く、第2回で白鷹が優等4等、第3回で月桂冠の伏見の北蔵が優等2等、菊正宗が優等4等、第5回で菊正宗が優等6等、大関が優等7等、第6回で月桂冠の伏見が優等3等、日本盛が優等7等、第7回で月桂冠の灘が優等14等などが、灘酒の品評会での主な優等以上の成績です。その後、灘酒は第9回で品評会への出品自体ボイコットするというようになりました。しかし、その間、灘の酒は普通に日本では名の通ったブランドとして通用していましたし、また、品評会での審査基準に対して、灘の大手を中心に不満が出ていて、結果的にボイコットとなったようです。

※下の画像は「戦艦三笠」(有名な日本海海戦時の大日本帝国海軍の旗艦)進水時の写真です。(公益財団法人 三笠保存会https://www.kinenkan-mikasa.or.jp/さまHPより引用)

戦艦三笠 浸水の写真

この清酒品評会が行われることで、結果的に日本酒の全体の酒質は向上し、現在の吟醸酒に繋がっていった経緯があるのも事実だし、日本全国の酒質の向上に現在の地酒と呼ばれるクオリティーの高い地方酒の出現に大きく貢献する下地が出来たと個人的には考えております。

日本酒テイスティングデータ
銘柄 48、龍勢 夜の帝王 特別純米酒

主体となる香り 原料香主体、淡いハーブの香り有

感じた香りの具体例

炊いた白米、カスタードクリーム、マシュマロ、スペアミント、瓜、スダチ、クレソン

甘辛度 やや辛口

具体的に感じた味わい

ふくよかで柔らかい飲み口、ふくらみがあり、柔らかい旨いが主体、後味はキレよくスッキリしている、スペアミントや瓜を思わせる含み香

このお酒の特徴

ふくよかで柔らかい味わいの醇酒

4タイプ分類  醇酒

飲用したい温度  20℃前後、45℃前後

温度設定のポイント

20℃前後にて、ふわりと柔らかくキレの良い味わいを引き出す
45℃前後にて、厚みがありなめらかでキレの良い味わいを引き出す

この日本酒に合わせてみたい食べ物

カズノコの醤油漬、若竹煮、小芋の煮付、ふろふき大根、てっちり、三色なます、鯛の造り、焼きアナゴ、もみじ饅頭等

お問い合わせは 酒蔵 http://www.fujiishuzou.com/
販売店 https://jizake-daisuki.com/
販売店 http://www.ura-sake.com/

Quoraテイスティングブック

https://jp.quora.com/q/vqteahszdbwtotmx
※日本酒4タイプ分類に関しては、SSI(日本酒サービス研究会)の分類方法を引用し、参考としています。
※写真は製造元酒蔵様のHPより引用しています。

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