碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part2(Re)
【これまでのあらすじ】
馴染みの焼肉屋でブリーフィングを行なっていた"時雨"メンバーの目の前で、集団食い逃げ事件が発生。犯人の追跡・確保のため奔走した晴香であったが、犯人の一部を取り逃がしてしまう。
それを代わりに打ち倒したのは、超常事件の重要参考人にして、晴香の大怪我の原因と目される"白い雨合羽の男"──通称<アマガサ>だった。
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「すまない。助かった」
晴香は警察手帳を掲げながら、その男<アマガサ>に話しかけた。
茶髪の、背の高い男だ。年齢は二十過ぎくらいだろうか。纏う雰囲気は柔らかだが、それと裏腹に目つきは鋭い。映像で見たのと同じ白い雨合羽を羽織り、左手には赤い傘。近づいて見ると、それはどうやら古びた番傘のようだった。
アマガサは晴香の顔を見て少し驚いた顔を見せたが、すぐにそれを引っ込めた。代わりに出てきたのは、少しぎこちない笑顔。
「え……警察の方……だったんですか?」
「ああ、一応な」
相手は一連の事件の重要参考人であり、もしかすると自分に大怪我を負わせた人間かもしれない。晴香は最大限の警戒をしつつも、それを悟られぬようにっこりと微笑み──カマをかけることにした。
「ちなみに、どこかで会ったことあるっけか?」
「えっ!? い、いや、はじめましてですよ!」
「そうか、気のせいのようだ。すまない」
──こいつ、私のことを知っている。
笑顔で誤魔化しながら、晴香は内心で確信した。作り笑顔のその男は少し視線を泳がせた後、取り繕うように言葉を続ける。
「そっ……それよりあの。これって正当防衛になります?」
"これ"とは勿論、ふたりの食い逃げ犯だ。二人ともアマガサの足元に転がって、気を失っている。晴香は足元に視線を遣り、にっこり笑顔のままアマガサに答える。
「もちろん。こいつら、食い逃げの現行犯でな。……あ、あと暴行未遂か」
言いながら、晴香は握手を求めるように右手を差し出した。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「いやぁ、そんな大したことでは──」
アマガサはその手を握り返し──
その瞬間、晴香はその手に万力のごとく力を込めた。
「痛てっ……!?」
アマガサが小さく悲鳴をあげた。晴香は笑顔を引っ込めると相手を睨みつけ……低い声で言い放った。
「公園では世話になったな」
「えっ!?」
これも勿論カマかけだ。相変わらず晴香には当時の記憶はないし、アマガサがそこに居合わせたかも知らない。
しかし──どうやら彼は、割と素直な性格らしい。
「お、おおお覚えて……るんですか?」
──ビンゴだ。
晴香は手を握る力を強めた。アマガサはあの時公園にいて、そして晴香の怪我と、記憶の欠落を知っている──否、関わっている!
「当たり前だ。お前のせいでこっちは大変だった」
これも勿論嘘だ。……いや、大変だったのは本当だが。
「ええっ……!?」
ともあれ効果は絶大だったようで、アマガサはなんとか逃げようと手をよじり、その視線はキョロキョロと落ち着かない。
そんなアマガサの右手を握ったまま、晴香は冷たく言い放った。
「お前は重要参考人だ。本部まで来てもらいたいのだが」
「そ、それは……──」
その瞬間、アマガサの右手が抵抗をやめ──刹那、晴香の視界の端に、殺気。
「っ!?」
晴香は咄嗟に屈み込む。頭上を掠めたのは──アマガサの、左脚!
「それは、困る!」
手を握られたまま繰り出されたハイキックは、その不自然な姿勢ゆえ大した威力はなかったが──反動で晴香の拘束を外すには十分だった。
「っ……こいつ!」
晴香は慌ててアマガサに掴みかかるが、彼はひらりとそれを回避する。
「ごめんねオマワリさん、俺急いでるから!」
彼はそう言うと踵を返し、レインコートを翻して駆け出した。が──同時に晴香が、叫ぶ。
「タキ!」
「ほいさ!」
晴香の指示で飛び出したのは、物陰に隠れていたタキだった。そしてその大きな身体で、アマガサを抱きとめる!
「どあっ!?」
「観念しなっさい!」
ニヤリと笑ったタキは、そのまま両手でアマガサを締め上げる。
「あだだだだだ!?」
悲鳴をあげるアマガサを、タキは抱きとめたまま持ち上げた。その男はじたばたと暴れるが、タキの怪力は緩まない。
「よーしタキ。そのまま離すなよ」
晴香はポキポキと指を鳴らしながら、その男へと歩み寄る。アマガサはなおももがいていたが──その抵抗が、不意にやんだ。
「お?」
「……仕方ない」
首を傾げた晴香の前で、アマガサは左手に携えた番傘から手を離した。その傘が重力に引かれて地面へと引き寄せられる中──アマガサは、"それ"の名を呼んだ。
「"カラカサ"!」
番傘が地面に激突する、その瞬間──
『おうよ!』
番傘が、喋った。
「は?」
驚く晴香とタキの目の前で、番傘がぴょんと跳ね上がる。その表面にぎょろりと目が開き、口が開き、舌が出て──カランと持ち主の傍に着地する。
『任せろい!』
そいつは人語を発したのち、タキをボコボコに叩きはじめた。
「いでででで!? なんだこいつ!?」
『湊斗を離せこの大男!』
唖然とする晴香の見る前で、全身を殴られたタキの拘束が緩み、アマガサの両足が地面を踏みしめる。
「今だっ……!」
アマガサは叫ぶと、お辞儀するように姿勢を倒し──
タキの身体が、宙に浮いた。
「うっそぉっ!?」
アマガサの体重移動によって、その背中越しにタキの天地が入れ替わる。そしてタキは、そのまま晴香の眼前へと投げ出された。
「どわぁああぁっ!?」
「あぶねっ!?」
晴香は慌てて跳び退がった。タキは悲鳴とともに、背中からドスンとアスファルトに叩きつけられた。そしてその一瞬で──
「じゃあねオマワリさん! もう会いたくない!」
『おとといきやがれだ!』
アマガサと謎の番傘は捨て台詞とともに姿を消してしまった。
「やられた……!」
晴香は毒づき、倒れたタキを助け起こした。
「……痛ってて……すんません……」
「探すぞ、タキ。まだ遠くには行ってないはずだ」
鼻頭を抑えたタキは、晴香の指示に「了解っす」と答えたが……すぐに足を止める。
「……いや姐さん、それどころじゃないです」
「あ?」
先行していた晴香が振り返る。タキが指さす先には気を失った食い逃げ犯。対向車線にもう二人。辺りを見回せば、事故の音を聞きつけて野次馬も集まってきている……。
「あー……」
晴香はしばし、自分の仕事と警察関係者としての使命を天秤にかけ……頭を抱えながら、事後処理を開始したのだった。
***
それから、1時間ほど経って。
「いやぁ、こうも簡単にアマガサが見つかるとは!」
「いいから前向いて運転しろ」
<時雨>の社用車の中で、晴香とタキは言い合っていた。目指す先はアマガサの現在地と目される地点。食い逃げ犯の処理をしている間、本部に居る乾が件の捜索・追跡システムでアマガサを見つけていたのだった。
『最後に検出されたのは、そのあたりでした。10分ほど前です』
「オーケー。サンキューな」
乾の無線に礼を言いながら、晴香は辺りを見回した。
辿り着いたのは、オフィス街の中央──様々なオフィスビルに囲まれた広場のような場所だ。時刻はちょうど昼過ぎで、車内からざっと見回しただけでも結構な数のサラリーマンが付近を歩いている。
「いやマジ凄くないっすか? 流石俺って感じ!」
「はいはいそうだな。おら、行くぞ」
鼻にティッシュを詰めたままのタキの自画自賛を適当に受け流し、晴香は扉に手を掛け──その時だった。
ボタッ。
フロントガラスに、雨が落ちる。
「ん?」
「あれ、雨っすかね」
二人が怪訝な声をあげる中、フロントガラスを叩く雨粒は瞬く間に増えていく。
「うわ、土砂降り……」
「……おい、タキ」
声をあげるタキの声には応えず、晴香は──空を見上げていた。
太陽が輝く、青い空を。
「天気雨……!」
『……ザッ……晴香さザザッ……無線ザッ』
晴香が呟くのと時を同じくして、車載の無線が急激に不安定になり、乾の声が途切れる。突然の雨に慌てたように、周囲のサラリーマンたちが軒下を目指して移動を始める中──"それ"が起きた。
天気雨によって生成されたいくつかの水溜りが、虹色に輝きだした。突然の状況にサラリーマンたちは戸惑い、あたりを見回し──そして水溜りから、黒い水柱が立ち上がった。
「なっ……なんだ、これ?」
タキが声をあげる間にも黒い水柱は徐々に変化し……形を変える。
それは、のっぺりとした黒い怪人だった。質感としては水に濡れた粘土に近いが、天気雨に打たれて広がる波紋は水面のそれだ。
ノッペラボウのような顔を持ったそれは、全部で6体。中でも、その手に刀めいた武器を持つ者がいるのを見て取り、晴香は自らの胸に──先日の大怪我の跡に手を当てた。
「化け物……?」
(続く)
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(作者註)
本記事は、noteで連載中の小説「碧空戦士アマガサ」を加筆・修正し、再投稿したものです。初版と比べて言い回しが変わったり、2,3記事が1つに合体したりしています。再放送の詳細はこちらの記事をご覧ください。
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