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碧空戦士アマガサ 第4話「英雄と復讐者」 Part8

[] [目次] []

前回のあらすじ
 言い争いの結果<時雨>を飛び出した湊斗の元に、最年少隊員のソーマがやってきた。気分転換と称してバッティングセンターに連れて行かれた湊斗は、ソーマとの対話を経て先の言い争いに置ける自身の勘違いを知る。
 湊斗が戦う決意を新たにしたその時、ソーマの通信端末に緊急警報が飛び込んできて──?

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 閑静な住宅地。晴天の空から降り注ぐ雨は西日を受けて輝き、家々を濡らしている。

「ひ、ヒィィ!?」

 老人が悲鳴をあげる。<雨垂>は降りしきる天気雨に濡れたその顔に、手にした血まみれの刀を突きつけ、問いかける。

「アマノミナトはどこだ、人間」

「だ、だだだ誰!?」

「ハルカサンでも良い。どこだ」

「だ、だから誰じゃ! ワシゃ知らん、知らんぞォッ!?」

 老人は喚きながら、尻もち姿勢でずるずると後退していく。<雨垂>はその動きに合わせ前進し、逃さぬよう距離を保つ。逃すわけにはいかない。この辺りの人間は軒並み斬り捨てた。残る手がかりはこの老人だけなのだ。

「アヒィィィ!?」

 老人はしかし、後退した先にあった死体に激突したせいで半狂乱に陥ってしまった。だめか。

「……仕方がない。少し移動するか」

 溜息と共に<雨垂>は呟き、喚く老人に向かって刀を振り上げ──

「待ちやがれぇっ!」

 背後から聞こえた怒鳴り声に、その手を止めた。刹那、緑色の風をまとった“なにか”が<雨垂>の視界に飛び込んでくる。

「む……」

 <雨垂>はそれを、半身をずらして回避した。脳裏をよぎるは朝の閃光弾の光。<雨垂>は飛来物のほうは見ず、声のしたほうに視線を遣った。

 カロンッ

 缶が落ちた音。やはり今朝と同じだ。<雨垂>は、駆け寄ってくる晴香を睨みつけ、獰猛に笑った。

「ふん、同じ手は食わん──」

 <雨垂>が言いかけた、その時!

 ブシュゥウゥウゥゥゥ!!!

 発煙筒が凄まじい勢いで煙を吐き出し、<雨垂>を襲った!

「ヌゥッ!?」

「だははは! バーカ! そうポンポン同じもん使うかよ!」

 晴香はゲラゲラと笑い、全力の挑発をかます。リュウモンの行使する緑色の風により、白煙は意志を持つかのように<雨垂>の周りで渦を巻く!

「おのれっ……!」

 <雨垂>は声を荒げて飛び退いた。その眼前、先ほどまで追い詰めていた老人に駆け寄る影ひとつ。大柄な男だ。

 同時に、晴香が声をあげた。

「ナイスだタキ! そのまま被害者連れて退散!」

「了解!」

 タキと呼ばれた大柄な男は、そのまま老人を担いで逃げ出した。<雨垂>はその後ろ姿を睨みつけ、低く呻く。

「今の声……あの時光の缶を投げ込んだ男か……!」

「おめーの相手はこっちだ!」

 直後、白煙を破って晴香の飛び蹴りが襲いかかる!

 <雨垂>は咄嗟に後方に跳躍。蹴りを回避された晴香は着地と共に前転受け身を取り、拳を構えた。その拳に、超自然の緑風が宿る。

 対する<雨垂>もまた刀を青眼に構え、目を細めて口を開いた。

「アマノミナトはどうした、ハルカサン」

「あン? ちょっとお花摘みに行ってるだけだよ」

「……彼奴は女子(おなご)だったのか?」

 首をかしげる<雨垂>を見て、晴香はなんとも言えない顔でため息をつくと、気を取り直して怪人を睨みつけた。そのまま両者は、違いの距離を保ったまま一歩、二歩と移動をはじめ……互いに速度を上げていく。

 そして先に動いたのは──<雨垂>! その姿が搔き消える!

「──!」

「っ!!」

 その瞬間、晴香は水泳の飛び込みの如くアスファルトに身を投げ出した。その頭上、一瞬前まで晴香の胸があった場所を<雨垂>の刀が薙ぐ!

「あぶねぇ、なッ!」

「ふん」

 晴香は素早く受け身を取ると、<雨垂>に足払いを繰り出す! しかし怪人は片足を上げて容易くそれを回避し、晴香を両断すべく上段からの斬り落としを繰り出す!

「チッ!」

 舌打ちと共に身を翻し、晴香は紙一重で凶刃を回避、反撃に転じる! 晴香の拳を<雨垂>がスウェー回避し、返す刀を晴香は往なす。

「すばしっこい女だ」

「そっちこそ! 観念っ! しやがれ!」

 陽の光を浴びて輝く白刃と、超常の緑風を宿した拳が交錯する! 繰り出される攻撃、回避、反撃、回避、回避、攻撃! 一進一退の攻防に果てはないかと思われた、その時──

「…………?」

 <雨垂>は不意に覚えた違和感に眉を潜めた。

 自らの刀を回避した晴香が放つ、反撃の拳。そこに宿る緑風、そこに秘められたる九十九神の妖力……

「……妖力? これが?」

 ぽそりと呟いた<雨垂>は全身の力を抜いた。

「っ……!?」

 晴香は目を見開き、放とうとした拳を止めようとするが……止まらない!

 ぱしゃんっ。

 緑色に輝く晴香の拳は……九十九神リュウモンの妖力を纏ったはずのその拳は、水面を叩くかの如き音と共に、<雨垂>の腹に穴をあけた──効いていない!

「ちっ……」

 晴香は舌打ちと共に飛び退る。<雨垂>の腹にあいた穴は瞬く間に塞がり、怪人の身体はなにごともなかったかのように晴香へと向き直る。

「……なんのつもりだ、ハルカサン?」

「流石に、バレたか……」

『ヌゥ、すまん、晴香……!』

 冷や汗と共に呟く晴香の胸元で、リュウモンが苦しげな声をあげる。その様を見て、<雨垂>は得心がいったように口角を上げた。

「成る程。九十九神は今朝の戦いで瀕死か。これは重畳だ」

 実際、リュウモンは親骨と中骨の半数がなかばで折れてしまっていた。晴香の懐で呻くその九十九神は、彼女の体表を薄く覆う程度の妖力しか放出できぬほどまで弱り切っている。

 <雨垂>は刀を納め、手のひらを上向けた。その周囲の雨粒が、虹色の光を帯びる。

「さて。アマノミナトも来ないようだ──終わりにしよう」

「っ……やべぇ!」

 晴香は咄嗟に駆け出していた。目指すは付近の民家、そのガレージ部分!

「もはやその九十九神では結界すら張れまい。死ね、ハルカサン!」

 しかし晴香がそこに辿り着くより早く、<雨垂>は自身の妖力を解き放つ!

 ドドドドドドドド!!!

 耳を擘く轟音! 弾丸のごとき雨粒が周囲の建物を穿ち、崩落させる! そして晴香もまた巻き込まれ──

「……む?」

 雨の弾丸掃射がやむ。立ち込める砂埃の中にちらりと見えた異物に、<雨垂>は眉をひそめた。煙が徐々に晴れ──果たしてそこには、晴香の身体を包み込む白い球状結界が鎮座していた。

「っ……まさか──」

 <雨垂>が口を開いた、その時!

 ドンッッ!!!

「ヌゥッ!?」

 銃声が響く! 虚をついて飛来した白い光弾は<雨垂>の身体を撃ち抜いた! 姿勢が崩れた怪人に畳み掛けるように、光弾がマシンガンのごとく<雨垂>へと襲いかる!

「っ……この光弾! アマノミナトかッ!」

 不意を打たれてなお獰猛に笑いながら、<雨垂>は光弾の飛来方向──晴香とは反対側へと向き直る。

 飛来するは小さいが無視できない威力の光弾たちだ。マシンガンの如きそれらを、<雨垂>は抜刀して斬り払っていく。同時に撃手の姿を探し──<雨垂>は、眉をひそめた。

「む……? 彼奴はどこに──」

「残念、」

 その声は──<雨垂>の背後から聞こえてきた

「俺はこっちだよ」

「なっ──!?」

 気が逸れる。相変わらず飛来する光弾の嵐がその身を削る。馬鹿な。ではこの光弾は──

 ──<雨垂>の思考はそこで途絶えた。

「セァッ!」

 湊斗は素早く背を向け、屈むと同時に地面に両手をつく。その慣性を、全身のバネを、軸足の力を、そして内なる妖力を右足へと注ぎ込み──渾身の海老蹴りが、振り返った<雨垂>の鳩尾に突き刺さる!

「ゴ……アッッ!?」

 完全なる死角からの一撃。<雨垂>の身体が、上空に向かって蹴り上げられる!

「遅せぇぞ湊斗。みたらし落とすのにどんだけ掛かってんだよ」

「その件についてはあとで謝罪してもらうからね?」

 湊斗は苦笑と共に晴香に言い返す。と──上空の<雨垂>に向かって、再度光弾の群れが飛来! 姿が見えなくなるほどの爆発が怪人を襲う!

「おい、アレってカラカサの弾丸だよな?」

 爆発音の中で晴香が上げた声に、湊斗は力強く頷いた。

「うん、もちろん!」

「どーやって撃ってんだ? カラカサひとりじゃ撃てねーんだろ?」

「すぐにわかるよ」

 湊斗はニヤリと笑った。そうこうするうちに、光弾の掃射が終わる。そして晴香の耳に届いたのは、バイクのエンジン音だった。晴香がその目を見開く。

「このエンジン音……まさかソーマか!?」

「当たり!」

 ブオンッ!

 そうして現れたのは、<時雨>に登録されている1台のバイクである。カラカサを肩に担ぎつつ運転席に跨るは、<時雨>最年少隊員・ソーマであった。

「ソーマくん、ナイス狙撃&追撃。カンペキ!」

「あざっス! カラカサもナイスフォロー!」

『いぇーい!』

 ドシャァッ

「グゥッ……」

 バイクから降りてハイタッチする彼らの近くに、<雨垂>が受け身すら取れぬまま落下した。その様を視界の端に捉えながら、湊斗は背後の晴香へと視線を投げた。

「さてと。晴香さん、ちょっとリュウモン返してもらって良い?」

「あ? 構わんが、こいつもうボロボロで──」

「わかってる。でも、大丈夫」

 皆まで言うより早く、湊斗は自信ありげに笑ってのけた。

「──この雨は、俺が止める」

 そうして受け取ったリュウモンは、見るも無残な姿だった。半ばで折れたその身体は、どう見ても無事とは思えない。

「えっらい無理したね、リュウモンさん」

『仕方あるめぇよ。晴香たちを助けるためじゃ』

 どこか拗ねたようなその言葉に微笑んで、湊斗はリュウモンを慎重に開いていく。と──

「き、貴様らァ……!」

 あれほどの光弾を食らってなお、<雨垂>は立ち上がった。その姿を見て、晴香は思わず顔をしかめる。

「おいおいマジかよ。あいつピンピンしてんじゃねぇか」

「大丈夫っスよ、晴香さん。……湊斗さんは、ヒーローっスから」

 ソーマが言う間にも、<雨垂>はその瞳を憎悪で爛々と輝かせ、ズタボロの衣装を引き裂き上裸となり──その背に負った大太刀を引き抜き、叫ぶ。

「僕は……俺は……死なん……! 復讐のために……俺は……!」

「……奇遇だね。俺も同じ気持ちだよ、雨狐」

 歪んだまま開かれたリュウモンで口元を隠し、湊斗は低く言い放つ。そして──左手に携えたその扇子を、地面に水平に構えた。

「……行くよ、リュウモンさん」

『おうよ。頼むぞ、湊斗!』

 湊斗がリュウモンに語りかける。そして大きく息を吸うと、横薙ぎに扇子を打ち振い、叫ぶ!

「変身!」

 湊斗を中心に迸る、膨大な妖力の風。髪が、服が、超自然の緑風にはためく!

 その様を見つめながら、ソーマはどこか得意げに口を開いた。

「晴香さんは知らないと思うんスけどね、」

 光輝く緑風が渦を巻き、つむじ風を為す。

 つむじ風は天気雨を巻き込み、湊斗の身体を包み込んでゆく。その全身が緑風に包まれ──

「こういう、敵がめっちゃ強いとき、ヒーローってのは──」

 ゴアッ!

「ヌゥっ……!?」

「うおっ!?」

 ひときわに強い風が、湊斗を中心に迸る! 思わず腕で顔をかばった<雨垂>や晴香の視線の先で、“そいつ”は──緑色の鎧を身に纏ったアマガサは、大扇子を手にしなやかに佇んでいた。

 驚きに目をみはる一同に向かって、ソーマは得意げに言い放った。

「……色が変わって、強くなるんス!」

(つづく)

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