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碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part9

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前回までのあらすじ
 雨狐<つたう>が"カミサマの欠片"によって変異した成れの果て、黒き大蛇。その強大な妖力は九十九神の結界ですら防ぐことができず、晴香に感情共有の能力が発動してしまった。そこに生じた一瞬の隙を突かれ、アマガサは大蛇に喰われてしまう──

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「湊斗くん!?」『湊斗!』

 タキとリュウモンの悲鳴の言葉は、アマガサに届くことはなかった。白銀の戦士を呑み込んだ大蛇は満足げに息を吐く。

「シュルル──」

 そして頭を巡らせ、次なる獲物──晴香へと視線を向けた。

「ア…………アア……ア……」

 先ほどまで喉が裂けんばかりの悲鳴を上げていた晴香は、今ではうわ言のように声を漏らしている。水溜りに膝をつき、全身を震わせ──その焦点は定まっていない。

 今天気雨を浴びているのは、晴香と<つたう>のみ。つまり、晴香に注ぎ込まれている膨大な恐怖は<つたう>の感情であり、それこそがこの雨狐の能力の肝であった。

 自らが蓄えた膨大な恐怖を強制的に共有することで、他者の自我を破壊する──それは羽音(ハノン)の計略であり、雨狐<つたう>はそのために"飼われた"子狐であった。

 そしてそれは、<カミサマの欠片>によって変異した今も尚、失われていない。

 大蛇は尾先の<つたう>を振りながら、晴香の元へと這い進む。それを見て真っ先に動いたのは──タキであった。

「っ──やめろ!」

『あっおい小僧!』

 タキは車のドアを開き、リュウモンの制止も聞かずに飛び出すと、天気雨が降り注ぐ採石場を走りだした。大蛇は視線だけを動かし、その男を捉える。

 リュウモンは慌ててタキに風の結界を張るが──即座にそれは破られ、タキに恐怖の感情が注ぎ込まれる。

 ──こわいこわいこわいこわい

「っ!? ……うううああ!?」

 ───────!!!!!!!

「あああ……!」

「シュルル──」

 頭を押さえて呻くタキをあざ笑うようにひと鳴きし、大蛇は晴香に向けて鎌首をもたげる。タキは襲いくる恐怖にふらつきながらも一歩、二歩と前に進み──とうとう、その歩みを止めてしまった。

「やめ……ろ……」

『無理だ! 小僧、戻──』

「────────────────!!」

 リュウモンの声は、大蛇があげた咆哮に掻き消される。そして大蛇が火球を生み出しはじめる。

 その光景を見て、タキは。

「やめろって……言ってんだろ……」

 河崎晴香の舎弟一号、滝本晃明は。

 ──こわいこわいこわいこわいこわうるさいうるさいぶっ殺すぶん殴る姐さんを助けるぶっ飛ばす

「──うるせェんだよこのヘタレ野郎!!!」

 キレた。

「────────!?」

 突如逆流してきた感情に、大蛇がビクリと身を震わせる。火球が掻き消え、大蛇の尾先の<つたう>が苦しげに身を捩る。

 その感情は怒りである。恩人を危機に貶める存在への怒り。戦友を喰った存在への怒り。強大な不条理への怒り──!

「いい加減にしろよ、この……」

 困惑した様子の大蛇を睨みながら、タキは足元に転がる岩を持ち上げた。大人の頭ほどもあるそれを片手で軽々と振りかぶり──

「このっ……クソヘビ野郎ァッ!

 全力で、投げた!

 タキの怪力とリュウモンの風の力が合わさり、その岩は砲弾の如き勢いで大蛇へと飛び──先ほどアマガサに潰された片目に、直撃!

「 ────────────!?」

 咆哮をあげる大蛇には目もくれず、憤怒の形相のタキは晴香へと駆け寄った。

「姐さん! しっかりしてください!」

「っ……ああ、悪い……」

 大蛇の感情が揺らぎ恐怖の流入が減ったためか、上の空だった晴香は正気を取り戻したようだった。タキは彼女を抱え上げ、車へ向かって駆け出した。

『こ、小僧? 大丈夫なのか?』

「……いや、正直……結構ヤバいっす」

 タキの目は血走っていた。お姫様抱っこ状態の晴香もまた、唇をかんでいる。怒り。タキの怒りが、晴香の怒りが、そして──大蛇の怒りが、天気雨を介して共鳴する。

「──────────!!」

 潰れた目から黒い血を噴き出しながら、大蛇が咆哮をあげた。それもまた怒りの発露であり、全員の脳内に怒りが反響する。その怒りは、その発端たるタキの理性をすら呑み込みつつあった。

 タキは晴香を抱えたまま車へと駆け寄り、晴香を車内に横たえた。

「姐さんは、ここに居てください」

「いや、私も行──」

「いいから、ここに、座ってて、ください」

 晴香の言葉を遮って、タキはリュウモンを握りしめて車から離れる。大蛇はタキに向かって狙いを定め──火球を放つべく、口を開く。

「リュウモンさん行きますよ」

『お、おう!』

 タキの有無を言わせぬ言葉に戸惑いつつ、リュウモンは真の姿──卓袱台サイズの巨大な扇子へと姿を変えた。

「──────────!!!」

 大蛇が、咆哮と共に火球を放つ。

「ふぬっ──」

 真っ直ぐに飛び来た火球を睨み、タキはその大きな身体に力を込めて。

「んんんオオオオりゃあああああああアアアアアアア!!!!」

 ゴァッ────!

 大蛇の咆哮を掻き消すほどの大声と共に、その巨大な扇子を振り抜いた。

 超自然の風は火球を巻き込んで炎の渦へと姿を変える。赤熱する炎の風は瞬く間に大蛇へと到達し、その身体を採石場の崖まで吹き飛ばす!

「──────────!!?!?」

『うおわっ!?』

 岸壁に叩きつけられた衝撃で、大蛇の口から放り出されたのは──カラカサだ。そして、煤だらけのアマガサも。

「っ……痛ってて……」

 ふらつきながらも立ち上がったアマガサに、タキが叫んだ。

「湊斗くん! トドメ!」

「えっ!? おっ!?」

「早く!」

「あ、はい!」

 雨を介して伝わってくる怒りの感情に戸惑いつつも、アマガサは地面に転がるカラカサを拾い上げる。

「い、行くよ、カラカサ!」

『妖力解放!』

 銃型に変身したカラカサの砲身に妖力がみなぎる。同時に、降り注ぐ天気雨が虹色に輝き──岸壁にめり込んだ大蛇と<つたう>へと巻き付き、拘束する。

「この雨は──俺が止める」

『全力……全開!』

 アマガサは両脚で踏ん張り、引き金を引いた。

「─────────!! ────…………」

 大蛇が、<つたう>が、断末魔の悲鳴を上げる。

 カラカサから放たれた極白色の光の奔流はその悲鳴すら呑み込み、怪人を、怪物を消滅させた。

 天気雨が、止む。

 緊張の糸が切れたように、タキも、晴香も、そしてアマガサも──気を失ったのだった。

(エピローグへ続く)

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