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2023年年間ベストアルバムTOP9

毎年恒例、音楽マニアには欠かせない年間行事。新譜を消化するように聴いてしまっていた昨年を反省し、今年はファーストインプレッションよりも「繊細で耳馴染みが良く、レコードで聴きたくなるような、今後の生活でも長く聴けそうな作品」を9枚だけ選びました。

70年代Folk Musicに始まり、Post Classical、Jazz の旧譜にどっぷりと浸かった一年。自分好みであるジャンル、声質、サウンドスケープ、音色、音数等の方向性がはっきりと分かった年でもあります。

鑑みると旧譜と新譜の垣根が自分の中で無くなってきた部分もあるなと。「新しいから、良い。」のではなく、「良いものは、良い。」

そんな25歳の自分の中にできた判断基準のような骨子を頼りに選んだevergreenなアルバム群。拙筆ながらコメントと併せて読んでいただければ幸いです。

9. カネコアヤノ『タオルケットは穏やかな』

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先行リリースシングル「予感」が2022年11月にリリースされ、そのサウンドに非常に驚いたのを鮮明に覚えている。これまでDrs.を務めていたBob(Happy)が2022年3月25日付で脱退。代わりに参画した照沼光星(Minami Deutsch ,GOD etc…)の力強いドラミングとGt.林宏敏のスライドギターが絶妙な相性で、黄金期のイーグルスを彷彿とさせるパワフルな演奏が随所に光る構成となっている。

続く先行リリースとして2022年12月に発表された「気分」では、打って代わってDrs.にHikari Sakashitaが参画。前作『よすが』で魅せた、青春時代の情緒の揺れ動きをレイドバックかつ牧歌的に歌うVocal.カネコに、花を添えるかのような繊細なリズム隊の演奏を堪能できる。

そして2023年1月25日、満を辞して『タオルケットは穏やかな』をリリース。先行リリース曲を含む全10曲の構成の流れは見事で、アルバムとしての満足度もさることながら、一曲一曲の完成度、歌詞の良さに心を打たれたリスナーも少なくないだろう。

A面の楽曲群には特にお気に入りである。爽快に轟音ギターを掻き鳴らす一曲目「わたしたちへ」では、Gt.林宏敏のアルペジオと内面に抱えた苦しさを全面に出すVo.カネコのふくよかな表現力が堪らなく美しい。二曲目「やさしいギター」ではワウ、カッティング、スライド等多種多様なテクニックを魅せる林宏敏が10年代、いかに日本のインディーロックシーンに対し寄与してきたのか、再考できるかのような完成度だ。

また、四曲目「眠れない」ではカネコのボーカリストとしての進展を垣間見る事ができる。

犬達 走る吠える 草むらの上
唾液だらけのボール 宝物だね
夢にまで出てきたわ
執着心は醜くなんかないわ
身体が素直なだけ

母音の角度、鼻腔共鳴を活かしながらも流れるように歌うカネコの歌声に感動し、背中に鳥肌が立ったのを覚えている。

十曲目「もしも」ではリズムマシーンを用い、これまでの曲調とは打って変わったサイケデリック・ポップ調。坂本慎太郎の楽曲群の雰囲気を滲ませた一曲で、クスッと笑えるような良さも抱えながら、今後の音楽性の進展を期待させるかのような出来だ。

Bobの脱退だけでなく、結成当時からバンドを支えていたBa.木村琢磨(ゆうらん船etc.)の脱退がリリース後の3月末にあり、バンドとして過渡期に制作された作品であると推測できる。
体制変更が相次ぐやや不安定な状態でありながら、そんな状況を一蹴するかのような快作。

若手リスナーだけでなく、往年のSSW,SWAMP,FOLK ROCKファンもあんぐり口を開けてしまうような完成度。日本語フォーク・ロックがまだまだ幅広い世代に届く可能性を秘めているのではないだろうか。思わずそんな期待を抱いた。

8. Beirut『Hadsel』

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2019年のツアー後、喉、心身の不調から安息の地を求めてノルウェーのハドソン島に移住後、現地でオルガンマニアと出会い、教会のオルガンを使って制作された本作。インディ・フォーク、バロック&ドリームポップ、アンビエントの要素が奇跡的な配合で散りばめられている。

一曲目「Hadsel」からフォークとも、ポップともアンビエント、ダウンテンポとも解釈できる幻想的でどこかノスタルジックな雰囲気が終始続く。四曲目「So Many Plans」では暖かいアコースティックギターから幕開け。絶妙なタイミングで入るフレンチ・ホルンが堪らなく美しい。

耽美的な作品だが、彼の内包する苦々しさが所々サウンドや歌詞に感じ取れる。体温が上がりきらない朝、寝付けない夜。夜明け前の暗さと早朝の朝日の眩しさのコントラストが、うまい具合に具現化されたようなアルバム。

六曲目「Island Life」は特にお気に入りだ。バリトン・ウクレレとモジュラー・シンセサイザー、漂うようなザック・コンドンのボーカルとポンプオルガン。余韻を残すアウトロ。どこを切り取っても綺麗な一曲。

鬱屈な朝、カーテンを開けるより先にこのアルバムを聴きたくなる。目立たない日常の傍に置いておきたい魅力が、この作品には詰まっている。

7. Khotin『Release Spirit』

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カナダ・エドモントンのプロデューサー、Dylan Khotin-Footeによるソロ・プロジェクトKhotinによる新作アルバム。ローファイ、レトロテイストなエレクトロ・ミュージックで彩る幻想的な世界観。

白昼夢で見るフェイクのような常夏を想起させる音像が終始続く。チルアウトな雰囲気ながら、時に神妙に、時にシリアスに運ばれていく曲展開が見事だ。

一見チープな印象を受けるが、音量を上げ耳を澄ますと、ふくよかなサウンドスケープに裏打ちされた音の表現幅に圧倒される。耳元で囁くように鳴っているようで、とても掴めない距離で鳴っているようにも聞こえる。なるべく大きめの音量で聴くことをおすすめしたい。

6. Bruno Major『Columbo』

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自身も最高傑作と謳う第三作。ヒット作となった前作『To Let A Good Thing Die』で魅せたラウンジ、ジャズフォーク、ポップの良さを引き継ぎつつも、よりメランコリックな作風となっている。

独特なメロディラインの構築が今作は特徴的だ。導音から主音への運び方、マイナーコードの解釈が本当に素晴らしく、晴れた日に一聴する心地良さもありながら、一度聴くと沼にひきづり込まれるような内容。

ある種サイケデリックポップとしても捉えることができるような作風。最初耳にした時は本当に驚いた。インディー・フォークの範疇から飛び出し、アイコニックな存在となった彼が大衆にもマニアにも受ける傑作を残したといえないだろうか。

5. 優河 with 魔法バンド『月食の夜は』

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シンガーソングライターの優河 を(vo,g)に、2018年以来共演を続ける盟友、谷口雄 (key)、岡田拓郎 (g)、千葉広樹 (b)、神谷洵平 (ds)によって奏でられた魔法バンドによる一枚。

2023年3月25日にNHK総合で放送されるテレビドラマ「月食の夜は」の音楽を担当し、主題歌「光のゆくえ」を含む全13曲入りのサウンドトラックとして制作された本作。15歳の少年少女の恋と「月食」が、未来への希望をもたらす青春物語、といったテーマ・脚本に合わせて作られた渾身の作品。

一曲目「lunar eclipse」から晩秋の星夜にテレポートしたかのようなアンビエント・サウンドと空気感。二曲目「Theme I」では美しい旋律を奏でるジャズ・ギターのメロディラインと繊細でソフトなリズム隊の演奏に心が持っていかれ、余韻を感じながら三曲目「wonder」に移行。曲の名の通り思案、内省を誘うようなサウンドスケープだ。

物語性を感じさせるシームレスなインスト曲が終始続き、唯一のボーカル入りのラスト曲「光のゆくえ」で最後を結ぶ。

淡い空の下
夢は忘れて
朝に隠された
月を見つけた
重ね合えたのは
時のかけら
優しくて
誰もしらない
光のゆくえを
瞳の奥では
知っている気がして

言霊のような美しい詩運びと、伸びやかで透き通るような優河の歌声に、ソフトタッチながら時に臨場感溢れるダイナミックな演奏を行う魔法バンド。”しっとりとした揺蕩う夜空に、力強く輝く月を据える”ような絶妙な塩梅の音像に、思わず舌を巻いてしまう完成度だ。

全13曲による構成だが、1曲として捉えることができるような作品。いや、1曲として通して聴かないとこの作品の良さを完全に理解できないような一枚。現在、フィジカルとしてカセットテープはリリースされているが、レコードのリリースも待ち遠しい傑作。

4. cero『e o』

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ポップで、ジャジー、アンビエントの質感も持ちながら時にアヴァンギャルド。コンセプトを設けない形で制作された本作。単曲ごとの完成度が非常に高く、全曲シングルカットできそうな勢いながら、通して聴くと断片的にコラージュされた世界観が浮かび上がるような作風となっている。

2000年代初期のゲームのような雰囲気と、近未来を予言するかのような音像。正直、10回聴いたくらいでは咀嚼できないような情報量だ。

今回、9枚セレクトしたが一番言語化が難しく、何を書いていいかわからなかった。非常に長い時間をかけてようやく解釈が進むような大作。最高傑作ということは分かっているんだけども・・・

3. Shin Sasakubo & Gabriel Bruce 『Catharsis』

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ブラジル・ミナス出身のドラマーGabriel Bruceと、秩父出身、気鋭のクラシック・ギタリスト笹久保伸によるデュオ作。ガブリエルのドラム・トラックに合わせる形で制作された本作は、終始緊張感があり、シリアスなムードが漂いつつも絶妙なバランスが保たれている。

この作品を初めて聴いたとき、渾然一体、両者が繰り広げるグルーヴに対し、物凄いセッションだと感じる反面、アンビバレントな状態を内包しているような印象を抱いた。終始BPMが早く、シリアスでストイックなアルバムながらリラックスを誘う柔らかいリズムと演奏。両者共に規制の中で自由な演奏を繰り広げているような温度感。どこにも行けそうで、どこにも行けないようなサウンドスケープ。

レコードで何回も、何回も聴いた。が、未だに咀嚼しきれない難解さを抱えながら、緊張が徐々にほどけ、確実に安静へと誘うその不思議な視聴体験をリリースからずっと抱えている。

同年8月にリリースされた、トラックメイカーであり、天才ジャズ・ピアニストであるJamael Deanと笹久保伸による共作『CONVERGENCE』もそうだが、昨年リリースの作品群と比較すると、一聴するだけでは良さが腑に落ちない内容となっている。

近年、毎年2~4枚ほどアルバムをリリースする多作なアーティストだが、リリース毎に当然のように進化しているのが驚きだ。今後も目を一瞬たりとも離せない鬼才・笹久保伸。来年の精力的な活動も非常に楽しみである。

2. Yo La Tengo『This Stupid World』

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クラウトロックに根差した反復美学と恍惚なノイズ、シューゲイズ。そしてエクスペリメンタルなサウンドに併せリスナーを白昼夢に誘うドリーム・ポップ、アンビエント。静謐なコントロールを効かせながら奏でるメロディ。

多種多様なジャンルを横断的に取り扱う音作りを30年以上続けているアーティストだが、どんな楽曲であれ聴いたら「ヨラテンゴの音だ」と一発でわかる。バンドとしての音作りの方向性を大幅に長年変えずに、シーンの重鎮として精力的に活躍し続けることは決して簡単ではない。

1993年リリースの『Painful』からアルバム毎のコンセプトや音作りには多少変化が見られるものの、方向性はブレないどころか年々強固なものになっていると感じられる。

ドリーム・ポップ、アンビエントに根差した2018年リリースのフルアルバム『There's A Riot Going On』からは打って変わり、本作ではシューゲイズ、ノイズ、オルタナティブ、クラウト・ロックとしてのYo La Tengoを随所に感じることができる。作風としての感触は『Electr-o-pura』に近い。

一曲目「Sinatra Drive Breakdown」では推進力のあるDrs.ジョージア・ハブレイのドラミングに、パンデミックを抜け出し自身の居場所を再確認すべく、繊細で泣き叫ぶようなGt.&Vo.のアイラ・カプランのギターノイズが左右から漂うように聴こえてくる。

二曲目「fallout」では1995年リリースの「Tom Country」を彷彿とさせる爽快なオルタナティブ・ロック。2013年「Ohm」に続き、シンプルなコード進行、グルーヴ、音作りでこれだけの名曲を残せる実力はやはり脱帽モノである。

「Tonight's Episode」ではBa. ジェイムズ・マクニューのベースラインが光るシリアスなムードを醸し出しながら進行し、四曲目「Aselestine」では暗いトンネルを抜け出したかのようなアンビエント・ドリーム・ポップ。メインボーカルをとるのはDrs. ジョージア・ハブレイ。柔和で温かく奥ゆかしい雰囲気に耳が包まれる。

レコードにはギミックが仕掛けてあり、B面ラスト曲「Brain Capers」が終わると、外周で音源がループ再生される「ロックド・グルーヴ」仕様となっている。針を上げるまでサウンドが鳴りやまない。また、D面にはボーナス・トラックとして反復するリズムが光るタイトなインスト曲が入っている。

活動から30年以上、実家のような安心感と遊び心を兼ね備えつつも実験的な要素も忘れない、そんな姿勢を貫く彼らの音楽が大好きだ。

1. Yoshiharu Takeda『Before The Blessing』

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Calmや井上薫から賞賛された2018年発表のファースト・アルバム『Aspiration』に引き続き、全楽器を自身で演奏、プログラミング、多重録音を行い制作された本作。前作の作風は引継ぎつつも、より幻想的で室内音楽的なアプローチを堪能できる。

ジャズ・アンビエント、ポスト・クラシカル、南米やアジアン系フォルクローレな雰囲気を纏いつつ、繊細で軽やかなピアノタッチ。しっとりしたパーカッションとドラミング。音像を縁取る幻想的なペダル・スティールギター。どこを切り取っても完璧な風合いと配合だ。

シームレスで流れるようなアルバム構成、揺らぎ揺蕩うような特徴的な音像ながら、リスナーを初手一曲目から掴んで離さない。独特な空気感を持った味わい深い一枚であり、レコードで舐めるように聴いたが都度新しい発見が見つかる。

一度聴くとリスニング・アティチュードが正されるような、何度もこのレコードに立ち返り、定点を探し求め戻りたくなるような傑作。ライトなリスナーから玄人リスナーまで幅広い音楽好きを虜にする魔法的な魅力が詰まっている。


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