ショートショート「フルダイブ」

「夢の技術がついに完成しました」
興奮気味な声でヴィジョンに映った男が宣伝をしている。

「おい、あのニュースを聞いたか?」
「ああ、フルダイブの。」

数日前に発表された新技術。
拡張現実や、視覚だけの仮想現実とは全く違う、五感全てを仮想現実世界に送り込む、フルダイブ・ヴァーチャルリアリティと呼ばれる娯楽だという。

「これまで当社は様々なコンテンツでこの世界中にエンターテイメントをお届けして参りました。しかし、このフルダイブは、これまでの全てのコンテンツを置き去りにする、最高のものとなるでしょう」
男は拳を振り上げながら扇情的に訴える。

「今度、公開体験会があるらしいですよ」
「へぇ、そうなんだ。」

「ぜひ、交換体験会で、この最高の娯楽を、言葉通り全身でお楽しみください」
男はそう締め括ると、会社のロゴがでかでかと表示された。

「お前、体験会行くのか?」
「いえ、全く興味ありませんね。」

いよいよ、公開体験会の当日。
いったい何万人入るのか見当もつかないほどのイベント会場には、コクーン型のポッドがずらりと並んでいた。
広告にも登場した、司会者の男がマイクを手に満面の笑顔。


しかし、会場に来たのはほんの数人。
男が盛り上げようと懸命に声を張り上げればそれだけ、甲高い声が虚しく響いた。


「この世界、フルダイブ何回目の世界だったっけ?」
「さあ、3、4回だったと思いますけど」

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