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補遺12: WIRED連載『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第12回「生成AIの民主化とAIガヴァナンス」

雑誌『WIRED』Vol.47(2022年12月16日発売)掲載の『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第12回「生成AIの民主化とAIガヴァナンス」の補遺です。
紙面の都合上、掲載できなかった脚注、参照文献等をここで扱わせていただきます。

注1)

機械学習アプローチAIの社会における浸透度については、ショーン・ジェリッシュ『スマートマシンはこうして思考する』と、後記ペドロ・ドミンゴス『マスターアルゴリズム』参照。

注2)

ビッグデータとAIアルゴリズムによる新しいネットワーク効果については、ペドロ・ドミンゴス『マスターアルゴリズム 世界を再構築する「究極の機械学習』を参照。

同書では、機械学習のアルゴリズムは、経験主義者((あらゆる論理は破綻し得るため観察や実験からしか知識は得られないとする考え方))であるデヴィッド・ヒュームが提示した「学習したことを汎化(generalization)してまだ見たことがない未来に適用することを常に正当化できるか」という究極の問いに対する挑戦なのだ、という指摘がなされている。ヒュームについては、本連載の初回でも言及した通り、社会契約論に対して最も苛烈かつクリティカルな批判をした者として知られている。契約とは当事者間で予測に基づく合意により社会に予測可能性を担保する営為とも言えるが、社会秩序を契約理論で説明する社会契約論の正統性はAIテクノロジーの普及を前提にした社会でも維持されるのだろうか。それとも、破棄されるのだろうか。機械学習によるAIは「汎化したものの中から一つを選び出す根拠などない」というヒュームの亡霊を取り払う可能性を秘めている。

注3)

生成AIが生成した画像の著作権については、実際に2022年に米国著作権局が著作権登録を拒絶している例がある。

一方で、AIの作ったコミックアートに初めて著作権登録が認められた事例もある。

注4)

生成AIによる生成物に著作権が発生するか否かは、人間がどのような創作的寄与をした場合に著作権を認めるべきか、より具体的に言えば、どのような場合に著作権法上の創作性を認めるに足りる具体的な指示や取捨選択を行ったと言えるのか、の問題である。
例えば、現状の画像生成AIで言えば、狙い通りの質が高い長文のプロント(呪文)を作成する場合、プロンプトを調整しながら狙い通りの画像を生成するまでプロンプトを調整し、生成画像を取捨選択する行為は創作性が認められやすいだろう。逆に言えば、短いプロンプトを単発的に入力して生成された画像については、人間の関与があったとしても、著作権が発生しない可能性が十分にある。
問題は、このような生成段階での指示や取捨選択が、第三者にとって生成された生成物だけからは必ずしも明らかではないことだ。現状の著作物性の考え方からすれば立証の問題ということになろうが、現状でもアイデアのメモやスケッチが依拠性、独自創作性の立証に使用されることがあるが、同様に今後は生成AIの生成段階のログが著作物性の立証において重要になるかもしれない。
この論点から派生するもう一つの大きな問題は、生成AIが学習した既存著作物と類似性が認められる生成物を生成してしまった場合、事後的に侵害を主張された側が自らの関与により生成された生成物について創作的寄与がなく著作物性が認められないという主張をすることで権利侵害を免れることが可能になるか、である。
この点は、著作権侵害の成立において侵害行為にも著作物性が認められる必要があるか、というあまり明確に応じられていない難しい論点が絡んでくるが、仮に著作権侵害の成立において侵害行為に著作物性が認められる必要があるという立場に立つのであれば、生成AIが生成した生成物について著作権侵害が問題となった場合、その著作物性の有無で結論が左右するため、問題となる。
自らの創作的寄与を認め、著作物として公開している場合には、事後的に創作的寄与を否定することは信義則・禁反言の原則から許されないと考えられるが、自らが生成した生成物の著作物性について立場を表明していない場合に、事後的に生成物か、著作物かで侵害の成立・不成立が変わり得るというのは法的安定性に欠けるように感じられる。

注5)

「AI倫理疲れ」については以下の記事を参照。

注6)

EU・AI規則の提案(REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL LAYING DOWN HARMONISED RULES ON ARTIFICIAL INTELLIGENCE (ARTIFICIAL INTELLIGENCE ACT))については下記を参照。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A52021PC0206


注7)

アルゴリズムによる社会契約について、human-in-the-loopというコンセプトを発展させて論じたものとして次のものがある。
Society in the Loop: Programming the Algorithmic Social Contract, via @medialab


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