クラブ活動と私#18:天翔るヤンキーの煌めき
《これまでのまとめ》
※前回までのあらすじ※
(略)
『空を飛ぶ』。
それは鳥ではない私たち人間にとって永遠の
夢であり、憧れである。
この物語は図らずもそんな憧れを実現した、
ある青年の儚くも美しい姿の一部始終である。
※”ノンフィクション”でお送りします。
私たちが通う高校は丘陵地帯にある。
そのため最寄り駅からのおよそ1.5kmの行程は
激しいアップダウンが連続している。
特に難所となるのがちょうど駅と学校の中間あたりに
位置する、およそ100mはあろうかという長く険しい
直線の坂である。
この長い坂を上り、同じだけ下っていく事になる。
ある日の帰り道。
部活が終わり、いつものように「ゲーセン行く?」
などと与太話に花を咲かせながら歩いていると、
件の坂に差し掛かったところで上から奇声が
聞こえてきた。
下校側から見た場合、この坂の右側は斜面に沿って
住宅団地が建ち並んでいる。
左側には胸より少し低い程度のガードレールが
あるだけで、その向こう側は十数m下に民家が
あるというちょっとした断崖絶壁になっている。
坂を下りきったところで道は民家側にほぼ直角に
曲がっていて、道の脇には団地の住民向けの
駐車場がある。
駐車場の手前でその声のほうへ目を向けると、
猛スピードで坂を下ってくる自転車が居た。
「イヤッフゥゥゥゥ!」
ヤンキーである。赤いインナーシャツの上には
カーディガン。そしてサンダル履き。
嘉門達夫の『ヤンキーのにいちゃんのうた』の
歌詞そのまんまの、絵に描いたようなヤンキーだ。
チキンレースの如くブレーキもかけずに下りてくる。
下校中の生徒たちがその猛スピードに思わず端へと
寄っていく。
そんな中、もう1台の自転車が坂を上っていた。
私たちの高校の向かいには地元の中学校がある。
その生徒の男子がこの険しい坂を立ち漕ぎで
必死に上っていく。
と、体力的に限界だったのか、その中学生の
自転車が不意によろけた。それは奇しくもあの
ヤンキーの進路を塞ぐような格好となった。
慌てて避けようとするヤンキー。
衝突は逃れたものの、猛スピードの状態から急に
ハンドルを切ったため、コントロールを失った。
「うわわわ・・・。」
このスピードで転倒すればまず擦り傷どころでは
済まない。そう思ったのか、フラフラしながらも
どうにか転倒だけは避けて必死にコントロールを
取り戻そうとするヤンキー。
しかし、この坂は永遠に続いているわけではない。
操縦不能のまま猛スピードで坂を下りきった彼の
自転車は、そのまま駐車場へと突入していった。
ハンドルを維持するのが精一杯で、ブレーキを
握ることなど出来なかったのだろう。
次の瞬間。
ドーーーン!!
ヤンキーのにいちゃんを乗せたまま弾丸と化した
自転車は、駐車場の入口近くに駐めてあった車の
助手席側のドアに文字通り突き刺さった。
ぶつかった反動で自転車の後輪が跳ね上がる。
所謂”ジャックナイフ”と呼ばれる状態である。
そして・・・
ヤンキーのにいちゃんは「射出」された。
彼と彼から分かたれたサンダルは、美しい弧を
描き宙を舞った。
人間が放物線をなぞるように空を飛んでいる。
まるで空中サーカスさながらの光景である。
自転車が激突した車とその隣りの車を飛び越え、
天翔るヤンキーはその高度を下げた。
彼が不幸だったのは、その落下地点である。
3台目の車。そのルーフやボンネットであれば、
墜落した際の衝撃はそこまでではなかったかも
しれなかった。
しかし、彼は不運にも車の天井とドアが織り成す
角の部分にぶつかり、そのまま車と車の間へと
落ちて地面に叩き付けられた。
ドスンッ!
「ぐぇっ!」
そんな呻き声を聞きながら、私たちは何食わぬ
フリをしつつ坂を上り始める。
坂の中腹からは先程自転車を漕いでいた中学生が
慌ててヤンキーのにいちゃんのほうへと駆けていく。
(君は悪くないよ、あれは自業自得…)
その場に居た全員が”肩を震わせながら”、そんな
思いで坂を上っていった。
やがて坂を上りきり、今度は両側を団地に囲まれた
長い坂を下り始めたところで、全員が一斉に
吹き出した。
あまりにも滑稽で、あまりにも現実離れしたあの
光景に、笑わずにはいられなかったのだ。
見えなくなるまで笑いを堪えていたのは、せめて
もの情けなのか、あるいはあのヤンキーの報復を
恐れての事か・・・とてもそんな事が出来る状態では
ないとは思うが。
翌日の朝。
昨日の下校時とほぼ同じ顔ぶれで駅から学校へと
向かう途中、あの駐車場へと差し掛かった。
そこには助手席側のドアが大きくひしゃげた車が
駐まっていた。激突した時の衝撃が生々しい程に
残されたままだ。
一方、ぶつかった自転車は残されていなかった。
あのヤンキーのにいちゃんが何かしら運んで
いったのだろうか。前側は潰れているはずで、
とても乗って帰ることは出来なかったように思う。
そもそも彼は”無事”だったのだろうか。
幸いニュースにはなっていなかったので、おそらく
どうにかなったのだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、仲間内の
1人が田んぼのほうを指差して爆笑しだした。
あの駐車場を越えた先にあるその田んぼ。
時期的にうっすらと水が張られているだけの
そこには、真ん中に何かが突き刺さっている。
それは”サンダル”だった。
彼と共に「射出」され、空中で分かたれたあの
サンダルは、駐車場そのものを大きく飛び越えて
その下にあるこの田んぼまで飛んできたのだ。
まるで墓標のように田んぼに刺さった片方だけの
サンダル。
数週間そのままの姿で放置されたそれを見る
たびに、私たちはあの時目に焼き付けられた
『天翔るヤンキー』、その儚い煌めきを思い出し、
笑いのネタにしていたのだ。
・・・あの車、修理代はどうしたのだろうか?
しばらくあの姿で置かれたままだったが。
天翔るヤンキーの煌めき[完]