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ジップロック記憶

まえがき
とあるラッパーさんのライブに行って帰って、興奮冷めやらぬまま夜更かしして書き始めた小説です。なんとなくどこかに共感して頂けるポイントがあるのではないかなと思います。ぜひ。

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大学生までの22年間の青春の日々をみじん切りにして、瞬間冷凍して、真空パックに詰めて保存しておけるようになるかもしれない、という論文が出た。作り置きしたおかずのように、現実を生きるのに疲れた日の夜、3日分くらい解凍して眠って、次の日の朝起きたら高校2年生の三日間の日々が始まる、というウソみたいなIntroductionで始まるその論文は、名無しの4人組によって書かれた非公式のもので、つまり論文とは言えないのだが、作り話ではないのではないかという意見の学者も多く、もっぱらの世間の話題をかっさらっている。その4人組のうちの1人は日本人で、しかも京都でチンパンジーの脳を研究している24歳の大学院生らしいという噂も、なかなかに話題性がある。

この論文の予備実験が行われたのは忘れもしない2015年、私、理香は中学2年生だった。世界中の人々の一日を、冷凍保存してみようということになったのだ。だからあの日、2015年5月1日の記憶をもつものはこの地球上に誰一人としていない。今は。

しかしこれからは違う。あの日の記憶をもつものが、ちらほら出てくることになる。なぜなら、論文がきっかけで解凍が解禁になったからだ。液体窒素に沈められている71億人分の24時間を、希望するタイミングで個々が取り出せるようになったのだ。そんなことをしたら、起こりうる問題は数えきれないほどありそうだが、あまりにも未知数すぎて逆に意外といけるんじゃね、みたいな風潮で、そろそろ人類も終末のときかもしれないな、なんて理香は思ってしまう。まあ原理がわかんないから考えてもしょうがないんだけど、とつぶやいて家を出た。
今日は大学の友達、茶野君に会う予定がある。

茶野君はいつも通りファミレスの端っこの席でひとり、トランプでピラミッドタワーを建てていた。傍らのコーンスープは多分手も付けられていない。

「冷めるよ」
「あ、、麦山さんおはよう」
「おはよー」

柄シャツ茶野君。彼はいかなる時も、でっかい梯子にぶら下がる体操選手を思い浮かべてしまう癖がある。例えばLINEのトーク画面の背景のように、考え事をしている時も、夢を見ている時も、誰かと話している時も、意識の根底に、脳みその裏側に、体操選手がぶら下がっているのだそうだ。高度すぎる冗談なのか何なのか、理香には判断できない。茶野君を把握できなさ過ぎて、彼を変わり者カテゴリに分類するべきかもわからない。変わり者という言葉だけでは逆にカバーしきれないものが多すぎるようにすら思えるのだ。そんな茶野君は、某実験に関して大きなニュースが出回るたびに、私をお決まりのこの席に呼び出す。

初めて会話した3か月前、パラレルワールドに対する彼の持論を披露され、
「うっわすごいわ茶野君!そんな事私一生かかっても思いつかない自信あるもん」
「ほんとですか」
「いやほんとに!また教えてよ、ほらあの5.01問題とか。私情報番組とか見てもさっぱりわかんなくってさあ」
という会話をしたせいだとしか思えない。必要以上に愛想を振りまいて若干めんど・・・(ごほん)・・サブの用事が増えてしまうという生き方は今更変えようもない。

とはいえ茶野君は面白い。毎回未読にしたまま頭痛にしようかバイトのヘルプにしようかと悩むも結局了解スタンプを送ってしまうのはそのせいだ。

「ときに麦山さん」
「ん」
「交換しませんか、記憶を」
「ん?」
「麦山さんのあの日と僕のあの日。君が僕のあの日を解凍して、僕がその逆をする。お互いに、中2の一日だけ入れ替わってみるんだ。面白そうじゃない?」
「・・・・・・・・・んーあーなるほどね、、、、、。え、え、そんなことできるん」
「僕の計算ではできそうなんだ。もちろん、入れ替わっている事がばれないように情報共有はみっちりする必要があるけれど。」
「そーうか、うーん、その計算って穴はないの?ミスってなんか時空の狭間に永遠に葬られましたとかは死んでもごめんなんだけど。」
「一応二通りの証明ができたから信頼度は高いとは思う。交換することで事故が起きる可能性は限りなく低いんじゃないかな。ただ、それとは別に今回の論文に関しては一つ謎が残ってて、、」
「なに?」
「論文には、あの日、2015年5月1日に冷凍保存した日には期限があって、長くてもあと80年くらいしかもたないだろうっていう記述があるんだ。しかも、期限は80年とは限らない。10年後、1年後、もしかしたら明日、急に腐る可能性だってなくはないそうだ。そして、その期限は世界中の全ての人に一気にくる。」
「どうして」
「それがわからないんだ。他の記述に関しては僕も自己流に計算してなんとなく理解できるんだけど、そこだけはどういう仕組みなのか、検討もつかない。」
「あと80年くらいあるはずだけど、一日かもしれない期限ってなんか私たちの寿命みたいだね」
「うん。僕もそう思った」
「・・・とりあえず交換の件は考える時間をもらってもいい」
「もちろん、君の大切な一日だ。」
「ありがとう。面白そうだなとは思ってる。」

家に帰って理香は考えた。そうか、交換っていうこともできるのか。私は、入れ替わるなら誰になりたいだろう。すぐに思いついたのは、理香の大好きなラッパーだった。あまり何かにのめり込んだことの無かった理香が、曲を聴いて鳥肌を立てるという体験を初めてしたアーティストだ。年は理香の1つ上で22歳。とにかくかっこよくて、良い意味でラッパーらしからぬ優しい声に言葉に、それでいて洗練されたリリックにライムにフロウに、我を忘れるほど夢中だった。彼になれたら、どれほど良いだろう。いや、彼の隣にいれたら、か。まだ何ものでもなかった時代の彼ともし同じクラスに居れていたら。彼の視野に、記憶の片隅の片隅に、私が。ああ、どれ程妄想したか知れない。なぜ私は1年前に生まれなかったのか、なぜ彼の地元とはかけ離れた都会で育ってしまったのか。

最近は推しへのガチ恋が世間的に認められるようになってきて、だけど理香はそれが逆に辛い。周りがそれを恋と認めたとて、その恋が実らないことに変わりはないのだから。それならいっそ、そんなものは恋じゃない、お前は幻に恋をしているんだ、いい加減目を覚ませ、とひっぱたかれた方が断然ましだった。

それでも。記憶を交換できるのなら。彼の同級生だった子と。一日だけでいい。話しかけられなくてもいいから、どうか、一日だけ。

茶野君には、考えたけどやっぱり自分で解凍しようかな、とメッセージを送った。

茶野君が私を憎からず思っているのであろうことには、薄々気づいていた。茶野君は賢い。聡明で誠実で、実際惹かれるし、茶野君といたら人生が、世界が変わるって断言できる。だけど、もし付き合ったら、きっとすり減るスピードに差が出る。

茶野君は、好きな人と入れ替わりたいと考える。
私は、好きな人の隣にいる人と入れ替わりたいと考える。

傷つけられてもいいと思える人としか恋愛はできない。私を傷つけるとき、相手も同じだけ深く傷つかなければいけない。同じものを同じ目線で見ることができるか、魂のポジションが主観か俯瞰か、理香と茶野くんはおそらく、次元が違う。

そして私は、茶野君の誘いを断った以上、何が何でも条件を満たす交換相手を見つけなければならなかった。断った責任は負う。でないと申し訳が立たない。茶野君に本当のことは言わないにしても。

幸い思い当たる相手ならいた。確か一浪で入学してきた私の同期で彼と同じ出身中学校。サークルの新歓で出会って、意味もなくインスタだけ交換した女の子。佐藤さん。こういうのってどこまでなら許されるんだろうと思いながらDMをしてみると、2日あいて返信が来た。それによると彼とは話したことはあるぐらいだが、同じクラスになった事もなく、友達の友達という感じだったそうだ。早速要件を切り出すことにする。私に出来る事であればなんでもするから、一生のお願いなんだというと、今度は3日も置かれて、じゃあガクチカを頂戴、ときた。コロナでガクチカがないのでパクらせてほしいのだと。そんなもので済むのなら安いものだ。その後はとんとん拍子で話が進み、就活対策のwordファイルを送った次の日には大学の広場で佐藤さんの2015年5月1日のジップロックを受けとった。要らないと思うけど、私の冷凍2015年5月1日も渡しておいた。

さあ。家に帰ってそれを自然解凍しながら、今日教えてもらった佐藤さんの情報を復習する。明日の私は佐藤文子。中学3年生。ぶんちゃんって呼ばれる。目が大きくてボブのはるかちゃんって子ととにかくずっと一緒にいれば怪しまれることはないそうだ。クラスでは大人しいほうだとの事で、ありがたい。ぶんちゃん、はるかちゃん、ぶんちゃん、はるかちゃん、ぶんちゃん、、、。

パタパタとスリッパの音が聞こえて、布団がめくられる。
「文子!!いつまで寝てんねんもうとっくに着替えとる思ててんけど。今日雨やでチャリ乗っちゃーかんよ、急ぎー!!」
「、え、え、あーそうかそうか、そうだったそうだった」
「なにをぶつぶつ言うてんの、パン焼いとくからな!もうはるかちゃん来ちゃうで」
ピーンポーン。
「はあい」
「おはようございまーすはるかです」
「ごめんねえはるかちゃん、文子今起きたばっかやからちょっと待っててくれる?雨やし一緒に車で送ったるわ」
「え、いいんですかすみません!」

ということで第一関門であった登校は無事にクリア。

1時間目は適当に過ごして休み時間、早速1組を覗きにいった。そこがあの人のクラスなのだ。しかし教室はがらんとしていた。移動教室か。

やきもきしながら2時間目をやりすごし、待ちに待った2度目の10分休憩は、はるかちゃんに電気分解の式の書き方を教えていたらつぶれてしまった。

3度目の正直で再び出陣すると、それらしき人物を見つけることができた。全体的に面影があって、声も幼いけどあの声だ。間違いない。

4時間目が終わり昼休みに突入した。私は技術室へと向かう。いつかのインタビューで彼が言っていたのを覚えていたからだ。「子供のころから何かを作る、生み出すって事に情熱を燃やしていて、中学の時なんかは休み時間ずっと技術室で何かしら作ってました。」

果たしてそこに彼は居た。彼は私を認めると、わざとらしく驚いた表情をした後に妙に照れたような、嬉しそうな顔をした。
「待ってたよ。未来から来たんだろ。」


は・・・・?


「俺は、今回の実験の、座標軸に選ばれたんだ。」
「・・・座標軸」
「そう、X軸とかY軸とかあるだろ。その一種。俺が、今回の5.01問題における、原点を通る軸を担ってる。俺以外の世界中のみんなは今日、つまり2015年5月1日を過ごしてないけど、俺だけは、普通の毎日と同じ順番で、今日を生きている。このことは公にはされていないけどね。」
「よくわかんない。あなたは、某実験に関わっているんだ。」
「関わるっていってもあれだよ。研究のことは俺にも全くわからない。ただ、2015年5月1日の段階で年齢がある程度若くて健康体だっていう条件であれば誰でもいいらしいんだけど、たまたま俺が選ばれたんだって。」
「座標軸って、実験の計算に使うの?」
「そう。例えばもし、君がもともと居た時代、つまり今の僕たちからしたら未来の人々が一斉に2015年5月1日に戻ってきてしまったらどうなると思う?今まで正確に一定の速さで進んでいた時間っていうものが分からなくなってしまうんだ。2030年の1月1日を生きる人が全員2015年5月1日にやってきたら、戻るべき2030年1月2日に目印として残ってくれている人がいない事になるから、戻る場所を見失うってこと。そうならないために、誰か一人だけでも、絶対に過去に戻ったりしないで、時間の流れから離れないで、基準で目印でいてくれる人が必要になる。そこで選ばれたのが俺ってわけ。」
「なんとなくわかったかも。でもあなたはそれで良かったの?」
「もちろんあの4人の研究者たちと話して、納得したうえで引き受けたよ。1回目は今の4人の研究者と話して、2回目は未来の4人の研究者と話した。あの4人はまだまだ未発表の研究をいろいろしてて、割と自由に時空を跨げるんだと思う。それでさ、未来の4人の研究者が言ったんだ。『あんまり詳しいことは言えないけど、君は将来有名になる。多くの人の心を動かすことになる。これは予想だけど、2015年5月1日、君の未来のファンが、君に会いに来るんじゃないかな。』って」
「はっ、、、それで私が未来から来たってこと、、、」
「そう。俺はだいたいのこの実験の仕組みを知ってるから、君が佐藤さんじゃない事もわかってる。いつもは技術室に俺以外誰も居ないんだ。」
「そっか。。。とりあえずあなたが座標軸になった事、後悔していないんなら良かった」
「してないよ。俺のファンに会ってみたかったしね。特に困ったこともない。気をつけなきゃいけないのは、長生きするってことだけ。」
「それはなんで?」
「全ての計算が俺を基準にされているんだ。軸のない座標にグラフは書けないだろ?俺が死んだら、みんなの冷凍保存した日々は、腐ってしまう。俺の寿命イコールみんなのジップロックの中の日々の消費期限になってる。」

茶野君が疑問に思っていたあの話か。なるほど。

チャイムがなった。休み時間は終わりだ。

「教室行かなきゃ。あなたに会えてよかった。たくさん話してくれてありがとう。」
「こちらこそ。めちゃくちゃ嬉しかった、来てくれて。」
「今日聞いたこと、誰にも言わないから安心して。」
「ありがとう。俺は将来どこかの場面で、中学生のとき技術室に居ましたっていう発言を世間に向けてするってことだけ忘れないようにしとく。元の世界戻ったら、俺に会いに来て。君の本当の姿で、あの時の私ですって言いに来て。」
「いいの・・・!?」
「もちろん。約束。」
「約束。」





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