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温泉の猿と笑うチンパンジー

私たち夫婦は結婚式を挙げていない。
大きな会場でゲストの注目を一斉に浴びるというのは、地味な私たちにはどうも不相応な気がして、気恥ずかしい。
教会でロマンチックなキス、お色直しをして階段からゆったりと気品たっぷりに登場、両親へ向けた感謝の手紙…これらを私がやったとしたら、間違いなく途中で笑ってしまう(しかも止まらなくなる)自信がある。ただただ、単純に照れくさいのである。
今はさまざまな形の式があるようだが、「金がない」「準備が面倒」というなんとも情けない理由も重なり、どうしても一歩が踏み出せない。

そんな私と正反対の女がいる。
私の母である。
母は、結婚式のお色直しを2回もしたそうだ。まずは真っ白な定番のウエディングドレスで登場し、その後色打掛、最後はなんと真っ赤なドレスを着たという。
バブル全盛期、かなりド派手な式だったのではと想像する。

父が真っ赤なドレスに身を包んだ母をお姫様抱っこしている写真がある。
式の終盤だろう。ふたりとも酒を飲んだのか顔は紅潮している。ピンク色のほっぺが、ふたりの若さと「ますます幸せになってやるんだからぁ」というふわふわした決意を表している。
見ているこちらまで恥ずかしくなりピンクの頬は伝染する。
この写真、笑えるほど、「幸せの絶頂」そのものなのである。

母のドレスはうそのように真っ赤で、子どもが描いたようなフリルがたっぷりついている。
父は勢いよく母を持ち上げたのか、フリルは大きくふわりと広がり、ドレスの裾が「結婚、おめでとう~!」と大きな口を開けて叫んでいるようだ。

父の表情筋はだらしなくゆるみ、温泉に入った猿のようにとろんとした顔をしているが、腕は力強く、母を天に掲げるように抱きかかえている。
母も母で、ドレスと同じ色の口紅をつけ、こちらはチンパンジーのように歯茎が見えるほど、にかー!っと、笑っている。

私は「幸せ」を想像するとき、いつもあの写真を思い出す。
30年近く経って、娘に「猿だ」、「チンパンジーだ」と言われようと、この瞬間、ふたりは間違いなく幸せだったのだろう。
幸せに存分にひたり、その姿を思いきり披露することは、とてつもなく平和できらきらしている。
今は還暦に近い両親にも、
そのような瞬間が確かにあったこと、
それは子どもの私をなんとなく安心させる。


式やウェディングフォトを諦めようとするとき、
あの写真の二人が「ねえねえ、本当にいいの~~~?」とあの笑顔でつかつかと近づいてくる。

あそこまで大袈裟でなくとも、
幸福にどっぷりとつかり、幸せであることに確信を持っている瞬間をしっかり残しておくことは、
他の誰かの心もほぐすことになるのかもしれない。

幸福パワーは凄まじい。
気づいたらゼクシィアプリ、インストールが完了していた。

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