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復讐代行10

チャプター10


 その男はソファにふんぞりかえるように腰掛けていた。神門穢流(みかどえる)が用意した紅茶を一気に飲み干して、

「ー…ん」

 と、空になったティーカップをシンの少し後ろで控える穢流に差し出す。

「お茶汲みさんでしょ? 早く次淹れてきて」

 ティーカップの取手に指をかけてカップを揺らす男。


「かしこまりました」

 そんな男の横柄な態度に気を留めず穢流は軽く会釈をし、侍女のような所作でティーカップを受け取ると奥へとその姿を消した。


 テーブルを挟んで向かいに座るシンは男を無表情な顔で見ている。穢流が用意した紅茶に口をつけて、相手が話しやすい【間】を作ってやる。


「ーー早速、復讐したい奴いるんだけど」

 男は身を乗り出す様にして携帯をズボンのサイドポケットから取り出し慣れた手つきで操作する。

「コイツに復讐したくて。ーーあ、自己紹介とかいる?」

 テーブルに置かれた携帯の画面には、とあるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の、ある人物のアカウントが映し出されていた。


「……」

 シンは男を黙って一瞥する。身なりはどこにでもいる様な好青年。だが、傲慢とも取れる軽薄な言動が、彼の【人の良さ】を崩していた。

 
 ――まあ人なんてそんなもんだろう。【自身の本来の姿】など理解せず一瞬として消えては逝きまた誕生する。


 全く完全に奴等の【玩具(おもちゃ)】なんだな。


 と、シンは心の内で嘲り笑った。

 

 シンが黙っている事を、自身の言葉に同意したと思った男は続けて言葉を紡ぐ。

「俺、ちょっとした小説家で、佐井馬徹郎(さいばてつろう)って言うんだけど」

「ーー待て」

 得意気な表情で話し出す佐井馬の言葉尻をシンは短く遮った。


「……何?」

 話を一方的に中断され少し憮然とする佐井馬。


「お前の情景などどうでもいい」

 半ば呆れ混じりにシンは溜息を吐く。

「要はーーお前が其奴(そいつ)にどう復讐したいかそれだけでいい」



「……」
 佐井馬はシンに気圧されたのか一瞬だけ口を噤んだが、
「ー…クヒッ」

 次には奇妙な笑い声と共に口角を歪ませた。


「いいねぇ」

 佐井馬は厭らしい笑みを浮かべ、横柄にソファに身を沈め、

「その、物怖じしない言い草」

 と、心底感心している様な口振りだが横柄な態度は崩さなかった。



「ーー明確な復讐法が無ければこちらで決めさせて貰う」

 そんな佐井馬を無視して、シンは話を一方的に進めていく。


「…ちょ、ちょっと待って」

 これには佐井馬も少し戸惑いを感じたのか、片手を上げてシンの言葉を制した。


「結構短気なんだね?」


「……」

 今度はシンが憮然とした表情となる。

「…次に報酬の件だがーー」

 シンは佐井馬に構わず続けた。


「いや、え? ちょっと待ってってば!」

 佐井馬は慌てた様子でテーブルに身を乗り出してくる。

「分かった分かった! ちゃんと話すからッ。…そんな怖い顔しないでって!」

 シンが無言で佐井馬を睨むと彼は動揺したのか、しっかりと姿勢を正してシンに向かい合った。


「…チッ」シンは小さく舌打ちをし、「鬱陶しい…」吐き捨てる様に呟いた。


「え待って、なにこれ。俺が悪いの?」

 そう言う佐井馬の表情は少しも悪びれてはおらず、半ば小馬鹿にした様な笑みを見せた。


「……」

 再び無言で佐井馬を睨むシン。面倒臭くなったのか呆れたのか忌々しく眉を顰め、

「嫌なら他所(よそ)へ行け」

 端的に言い放った。


「そんな事言ってないじゃん」
「……」

 佐井馬が少し口を尖らせるとシンは何度目かになるであろう佐井馬を睨みつける――否、睨んでいる訳ではなく無表情な顔で佐井馬を見据えていると言った方が正しい。


「ーー復讐方法はそうだなぁ…」

 佐井馬はシンの表情など気にしていないかの様に口元に手を充て考え込む。

「…何かさぁ、自分のやった事後悔する様な感じで…すごく苦しむ感じで生きてるけど、植物状態っての? そんな感じで復讐したいんだけど」

 急に饒舌になったかと思うと嬉々として喋り出す佐井馬。そんな佐井馬の変わり様にシンは口角を微かに上げて微笑んだ。

「意識はあるが四肢は再起不能にして欲しい…と?」
「ー…クヒヒッ」

 シンがそう言うと佐井馬は先程と同じ様な奇妙な笑い方をする。

「やっぱアンタ最高だわ!」

『ケヒャヒャ』と下品な笑いと共に佐井馬ならではの賛辞を述べると、

「それはどうも」

 シンもまた佐井馬と同じく厭らしい笑みを見せると、佐井馬は腹を抱えて盛大に笑い出した。

 
「と言うか」
 余程可笑しかったのか佐井馬は目尻に溜まった涙を拭い、
「本当にそんな事出来るの?」
 急に真顔になりシンを見下す様に聞いた。


「問題ない」

 シンは微笑を崩さぬまま端的に言う。

「何なら確実に『消す』事も出来るが?」
 と、愉快そうに笑うシン。


「……」

 そんなシンに佐井馬は少しばかり背筋に悪寒が走った。『この男は危険だ』と、本能にも似た警鐘(けいしょう)が全身から発せられる。
 
 その状態を払拭するべく佐井馬は上半身をブルリと大袈裟に震わして、

「『消し』ちゃ駄目なんだよ。そいつには罰を与えなきゃね。俺に誹謗中傷したと言う罰を与え身を持って知らしめたいんだから」

 佐井馬は舌舐めずりする様に唇をベロリと舐めた。

「ーーで。出来るんだよね?」
「疑うなら他所へ行け」
「軽く確認しただけじゃん…」

 シンに即座に言い退けられ佐井馬は少し口を尖らした。


「あ、そうだった!」

 次には何かに気付いたのか目を見開いて、

「えーと。依頼料っていくらくらい?」
 と言いつつ、テーブルに置いた携帯を再び手に持つと、ある電子マネー決済の画面を移し、
「コード決済でもいける?」
 どこぞのコンビニエンスストアでちょっとした買い物をする様な素振りを見せた。


「…いや」
 シンはウンザリした面持ちで首を横に振り、
「報酬は金じゃない」
 と、短く言い放つ。


「え? お金じゃないの?」

 佐井馬は目を丸くし呆気に取られた表情となる。


「…ハァ〜……」

 シンは心底面倒臭そうに溜息を吐く。毎度の事ながら逐一説明するのが億劫になってくる。

「おい、穢流(える)」

 シンは自分が座るソファのすぐ真後ろに居るであろう神門穢流(みかどえる)を呼んだ。


「何かしら?」

 案の定、穢流(える)はそこにいた。

 シンが振り向くと、穢流は彫像の様に微動だにせず此方に微笑み返してきた。シンは徐に立ち上がり穢流の真横まで行き、

「俺はもう疲れた。後の交渉はお前がやれ」

 穢流の耳元でそう呟いて、その身を窓際へと移動させた。

 窓の外を無表情に眺めるシンの姿を一瞥した穢流は少し呆れた様な笑みを浮かべたが、すぐに佐井馬に向き直ると先程のシンと同様に佐井馬の向かいに腰を降ろす。


「ごめんなさいね、佐井馬さん。彼は少し疲れてしまったみたいで…」

 言いつつ少し困った様に微笑む穢流。

「あ、いえ…」

 【絶世の】とまではいかないが、こんな美人に上目遣いで困った様な笑みを浮かべられたらどんな男でも心が動いてしまう。佐井馬もその一人で、照れ隠しに少し俯き加減で首を横に振るう。


「…えっと、あの…」

 シンとは違い、穢流は慈しみある微笑を崩さずこちらが口を開くまで待っていてくれる様だった。まるでシンと対極にある印象を佐井馬は感じた。

「報酬がお金じゃないって、どう言う事ですか?」

 先程の態度とは打って変わり、佐井馬は姿勢を正し穢流にそう聞いてみた。


「私達が受け取る報酬は、貴方の寿命です」

 穢流は真顔で佐井馬を真っ直ぐと見てそう告げた。


「……」
 佐井馬は一瞬呆気に取られた様だがすぐに気を取り直し、
「…お、俺の『寿命』……?」
 鸚鵡(おうむ)返しに聞き返した。

「はい」
「…え…ちょっと待って。……え? 何かの…冗談……」

 単刀直入に即答され佐井馬は少し呆れた笑い混じりにそう言うが、

「冗談だと思うのでしたらお引取り下さいませ」

 穢流もまた言葉こそ丁寧だがシンと同じ様な言い回しを笑顔で返してきた。


「…いやあの……。そう言う意味じゃなくって…」

 有無を言わせない様な穢流の言葉に気圧されてどう返していいか分からず、言葉を濁す佐井馬。



「ーー十年だ」

 しばし佐井馬が沈黙しているとシンが窓際に視線を向けたまま短くそう言った。

 佐井馬が少し俯いていた顔を上げると、

「…貴方の寿命十年分を報酬として、依頼対象された方に復讐を遂行しますが如何なさいますか?」

 どこぞの商社レディの様な笑顔を見せつつ穢流が聞いてきた。


「…え、待って。…え、何これ。ガチなのこれ?」

 佐井馬は目を大きく見開いて口中で小さく呟いた。


「ーー五月蝿い」

 シンが痺れを切らしたのか振り向きざまにそう言い放つ。足早にこちらに来て佐井馬の真横にどっかりと腰を下ろし、佐井馬の肩に腕を回し彼を自分の方に引き寄せると耳元で甘く囁く。

「お前の十年の寿命で、復讐したい奴を再起不能にさせるんだ。安いもんだろう?」


「ー…ッ、そ、それは……ッ!」

 ビクンッと身体を身震いさせる佐井馬。シンの腕を肩から引き剥がし慌てて距離をとる様に離れる。


「何なら…あ〜…、そうだなぁ……」

 手持ち無沙汰になった腕をソファの背もたれに掛けつつ天井を見上げて呟くシン。

「無償にしてやってもいい」

 空いていた左手を顎に添え、身を屈めたかと思うと佐井馬の胸元に身体を詰め寄らせ佐井馬を上目遣いで見た。

「…む、無償って……」

 詰め寄るシンから逃げる様に立ち上がる佐井馬。


「そのままの意味だ。タダでいい」

 佐井馬の方を向くシンは何故か愉快そうに笑っている。それとは裏腹に、シンの向かいに座っている穢流の顔は少し不安そうに色褪せていた。

 そんな対極を具現化している様な二人を交互に見比べ佐井馬は、

「…何で…『タダ』?」

 放心めいた表情でシンに聞いた。


「ーー気が変わった」

 シンは立ち上がり佐井馬の前まで足を進める。

 佐井馬の前で立ちはだかるシンは、

「契約、成立だな」

 そう一言告げて佐井馬を部屋から出て行かせた。





「ーーふ、ふふふふ…」

 佐井馬の気配が完全に消えた後、シンは静かに笑う。

「愉快な奴だったな、穢流」

 ソファに座っているであろう穢流の方を振り向く。


「…そうね」

 愉しげに笑うシンとは反対に、穢流の表情は暗く沈んでいる。シンはその身を移動させ穢流の隣にそっと座る。


「まあーーお前としちゃ納得はいかないだろうがな」
「……」

 穢流の肩を抱き寄せて慈しむ様に胸にいだくシン。穢流は黙ってその身をシンに預けた。


「俺の、好きにさせて貰うぞ」
「ええ構わないわ」

 シンの言葉に穢流は吐き捨てる様に答えた。










 ーーその夜。

「…アンタ…。何で……ここに……?」

 佐井馬徹郎(さいばてつろう)の自室。

 佐井馬が部屋に入ろうと扉を開けた途端、その人物はそこにいた。デスクを背に向けているため設置されているパソコン画面の反射で表情こそは見えなかったが、佐井馬はその人物に見覚えがあった。


「ふ、ふふふ…」

 その人物は不気味な笑い声を発した。

「仕事をしに来た」
「ー…ッ!?」

 目の前の人物の腕が佐井馬の目に映った途端、佐井馬徹郎はこの世からその命を消したのだった――





*****
チャプター10あとがき

 何故、報酬が無償なのに佐井馬は命を失ったのか。またシンと穢流の関係はどんなものなのか。



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