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学祭公演『おとしもの』17

「僕は・・・この国を出ていこうと思う」
「何?」
「自分の名前を捨てる魔法を使うなんて王子失格だ。それに今回のことで気付いたんだ。僕は優遇されているのが嫌だと言いながら、この名前に助けられてきたってことに。王子という肩書きを失くしたら何でもない空っぽな人間だということに気がついてしまったんだ。これほど虚しいことはないよ。自分が何者か知りたくて魔法をかけたのに、結果的に自分が何者でもないことに気付かされるなんてね。だから僕は、この国から出ていちから人生を始めてみようと思っている」

王子の告白に、王様も王妃も黙りこんだ。
その苦しみは代わってあげようにも代わってあげることはできない。
何故ならそれは、王子自身が乗り越えなければならないことだからだ。
沈黙を破ったのは意外にも、王子に付き添ってきた女性だった。

「いつまでそんな甘えたこと言ってるつもりなの?」

女性の言葉に王子は驚いて女性の目を見た。
その真剣な眼差しに王子はたじろぎながら答えた。

「甘え・・・?むしろ僕は王子という肩書きを捨てることで甘えを捨て去ろうとしてるんだよ。どうして分かってくれないんだ?君とは唯一、分かり合えたと思ったのに」
「私には分からない。親から貰った名前を捨てるあなたの気持ちが。理解しようと努めたし、実際、あなたの痛みは自分のことのように痛く感じたわ。だから、あなたの助けになろうとした」

涙交じりに女性は続ける。

「でも・・・せっかく捨てた名前を思い出すことができたのに、あなたはまた捨てようとしている」
「それは・・・この名前がある限り、僕は・・・僕の人生は縛られ続けているからだ」
「いいえ。あなたが縛られているのは王子だからじゃない。王子として生きることから逃げている限りあなたは一生縛られ続けるわ。向き合うのよ。自分の運命と・・・」

女性は王子の両肩に手を置いて言い聞かせるように言った。
王子は女性の言葉にハッとした様子で目を見開いている。

「自分の運命と・・・向き合う・・・」
「そう。あなたならできるはず。こうして、失くした名前を取り戻すことが出来たんだもの。自信を持って」

女性は王子を抱きしめて、背中を撫でた。
それを合図に感情が決壊するように王子は泣いた。
王子の嗚咽交じりの涙が舞台に響く。
それを見て、王様が言う。

「私達も少し反省せねばならんようだな。トーマに期待をかけ過ぎたのかもしれん」
「そうね・・・。トーマには一流の王様になってもらうために、一流のものに触れさせ、一流の教育を受けさせてきた・・・。でも、トーマが求めていたものはもっと普通なことだったのかもしれないわね」

王様と王妃はお互いの手を重ねて、少し離れたところから王子が子供のように泣く姿を眺めた。
王妃の目にも涙が浮かべられているが、心なしか口元に笑みが溢れていた。

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