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学祭公演『おとしもの』18

舞台が暗転し、女性にスポットライトが当てられる。
他の役者は袖へ下がっていく。
女性が語り始める。

「こうして、トーマ王子の名前探しの旅は幕を閉じた。本当の名前を思い出したトーマ王子は王様と王妃に見守られて、運命と向き合いながらも懸命に自分の生き方を日々模索しているようだ。あれからしばらく経って、私はお城に呼ばれた。もしかして、プロポーズ?なんてちょっとだけ期待しながら、お城に出向いた」

舞台が明転すると、舞台上手に王子が座っている。

「失礼します」

緊張した面持ちで女性が王子に近づく。
王子は立ち上がりにこやかに挨拶をする。

「よく来てくれたね。その節は本当にありがとう」
「いえ・・・困っている人がいたら助ける。当然のことをしたまでです」
「実際君のおかげで僕は救われたんだ。感謝してもしきれないよ。もっと早く君と話がしたかったんだけど、1か月も国を空けてたから取材とか外交とか色々あってね・・・」
「お立場、お察しします」

立場をわきまえているからか、女性は堅苦しい喋り方をしている。
王子もそれに気がつき、指摘をした。

「ねえ、その喋り方やめない?」
「私はただの一般市民。あなた様は王子でいらっしゃいます。王族に敬意を示すのは当然のことです」
「なんだか君と喋っている感じがしないな。威勢よく僕を叱ってくれた君が好きだったのにな」

ポツリと呟いたその言葉に、照れ隠しで俯きながら女性は言った。

「王子の命令とあらば、以前のように喋りましょう」
「・・・じゃあ、これは命令。前みたく喋ってよ」

王子にそう言われて、女性は息を吐き出して肩の力を抜いて喋り出した。

「結構、王子らしい振る舞いができるようになったじゃない。こっちこそ、あなたと喋ってる気がしないわ」
「そうかな・・・?」

女性の口調の変化が激しくて、会場からくすくすと笑い声が上がる。
王子も少しだけ面食らった様子だ。

「それで?私をこの城に呼んだ理由は?」
「あ、そうだった」

王子は女性の目の前に立つ。
女性の表情には期待と緊張が入り混じっている。

「今回の一件で、僕にとって君という存在が必要だということがよく分かった。君は僕のことを理解し、支えてくれた。そして、時に叱ってくれた。僕はずっと君のような人を探していたんだ」

女性は照れた様子で前髪を触っている。

「そんなこと・・・わざわざ伝えるために呼んだわけ?」

その言葉の先を知りたい、早く聞きたい。
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
王子もその言葉を口にするのを躊躇しているようだったが、やがて決意を固めて女性の目を見つめ言った。

「僕の・・・メイドになってください!」
「・・・は?」
「ずっと長く働いてくれてたメイドさんが辞めちゃって代わりの人を探してたんだよね。いや、求人はずっと出してたんだけどさ、ピンとくる人がいないっていうかさ。ほら、メイドさんって結構プライベートな空間に居てもらうわけでしょ?そりゃあ、やっぱり気心知れた人の方がいいっていうか・・・」

王子が早口に説明している横で、女性は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。

「お断りします!」
「え・・・?じゃあ、王子の命令!僕のメイドになってよ!」
「絶対、嫌!!」

女性はそう言って、下手側に走り去っていく。

「え?ちょっと!待ってよ!ねぇ!」

女性を追いかける形で王子も下手側に走っていく。
その直後、上手から王様と王妃が姿をあらわす。

「・・・王子に恋愛はまだ早いみたいだな」
「そのようですね」
「まあ・・・あの2人ならそのうち分かり合えるような気がする。気長に待つとしようか」
「長生きしないと・・・」
「そうだな」

2人は下手側、王子と女性が走り去った方を遠目に眺めながら苦笑いを浮かべる。
その2人を残す格好で、ゆっくりと幕が閉じていく。
完全に幕が閉じた後、柔らかな照明が客席を照らし、公演の終わりを告げた。

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