灯台守

海辺に灯台が立っている。
船は灯台の光で海と陸の境を知る。船から灯台が見える。海から灯台が見える。
灯台からも海が見える。



よく晴れた夕暮れだった。水平線が大きすぎる弧を描いて画角からはみ出していた。波は穏やかに寄せて引いてを繰り返しながら少しずつ水位を上げていた。満潮まではあと数時間だった。

三角錐のような消波ブロックがお互いに嵌りあうようにして何個も海岸に積まれている。その上を10歳くらいだろうか、少女が軽快に移動していた。
消波ブロックの近くの道には「危ない!入ってはいけません」と手でバツを作った厳めしい大人のイラストの描かれた看板が立てられている。

少女はぴょんぴょんブロックの上を飛び移りながら、足元に目線をやっていた。しばらく少女はそうしていたけれど、急に動きを止めてブロックの上に腹這いになってブロックの隙間へ手を伸ばした。
隙間から引き抜いた手には少女の拳くらいの大きさの蟹が握られていた。
少女は手中の蟹をしげしげと見つめた後で来た道を戻り始めた。

帰りの少女は一層軽やかでスキップのようにブロックを進んでいった。
しかしブロック間の距離を見誤ったのだろうか、足を滑らした。
そのまま少女は数段下のブロックまで転がり落ちた。
幸い頭などは打っていないようで、少女はすぐに上体を起こした。
けれど少女はなかなか立ち上がらなかった。いや、立ち上がれなかったのだろう。
少女の足は消波ブロックの間隙に挟まれてしまっていた。少女の膝の上くらいに水面があった。
少女の右手には依然蟹が握られている。

太陽は更に沈んで橙だった海も紫がかってきた。向こうの船の輪郭も朧になり始めていた。
そろそろだな、と私は灯台の光をつけた。光は海面を滑るようにして遠くを照らしている。
潮の音が大きくなってきている。満潮までもうすぐのはずだ。

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