助手席

見たものを見たまま話す難しさよ

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最近の記事

ドクターヘリを見た

僕はきっと医者になる。のだと思う。 実習先の病院は鄙びたところにあって僕の住んでいるところから自転車で行くには少し距離があった。 病院までの道中で男女の二人組が僕の前を自転車でゆっくりと走っていた。 彼らは大人になってから今日の日のことを思い出すのだろうか。 彼らとは丁字路で別れた。 職員用の駐輪場が分からなかったから、患者用の駐輪場に自転車をとめた。 駐輪場は病棟のすぐ隣にあって日が当たりづらいから屋根に苔が生していた。 集合時間よりも大分早く着いてしまって受付の前の

    • 喪失

      僕とあなたは二人で海を見ている。 波が寄せて引いて砂浜は均されてしまった。 僕は元の砂浜の様子を思い出せない。 そもそも覚えていたかだってわからない。 だけれども何かが失われてしまったことはわかる。 白く砕ける波にのまれて最小単位まで分解されて散り散りになってしまったなにかが。 僕はとても悲しい気持ちになる。悲しい気持ち? 生きていることや生きていたことがだんだん嫌になっていく気持ち。 何かに出会い、何かに触れるということはいつしかそれを失うということ。 その喪失に自覚的

      • 創造性と宗教について

        纏わりつくような湿気に目をつぶれば、6月の初めは散歩にもってこいの時期である。 私の散歩のコースは墓地の横を通る。 昼に墓地を見ても、墓地だなぁと思うくらいだが、夜はそうはいかない。 夜の墓石は心なしか薄明るくて闇の中でぼぅっとしている。 豊かな想像力がゆえに、墓地から恐ろしい存在が飛び出してきたり、何か得体のしれない不吉なものが私の体に憑りついたりするのではないかと恐ろしくて仕方がない。 だから今日私はコースを外れてみた。 そのいつもより大回りなコースを歩いているときに

        • 灯台守

          海辺に灯台が立っている。 船は灯台の光で海と陸の境を知る。船から灯台が見える。海から灯台が見える。 灯台からも海が見える。 よく晴れた夕暮れだった。水平線が大きすぎる弧を描いて画角からはみ出していた。波は穏やかに寄せて引いてを繰り返しながら少しずつ水位を上げていた。満潮まではあと数時間だった。 三角錐のような消波ブロックがお互いに嵌りあうようにして何個も海岸に積まれている。その上を10歳くらいだろうか、少女が軽快に移動していた。 消波ブロックの近くの道には「危ない!入って

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