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『覇権なき時代の世界地図』 北岡伸一

 

ひとり遅れの読書みち     第34回


    冷戦が終結し、米国に世界を束ねる責任感やリーダーシップがなくなり、米国はじめ先進諸国の経済的、軍事的、理念的な影響力は後退している。一方、G20の力は強まり、グローバル・サウス(GS)と呼ばれる国々の力も勢いをつけてきた。「覇権なき時代」に日本はどう進み、どんな役割を果たすべきか。
    著者はJAICA(国際協力機構)の理事長として約120カ国を訪れた体験をふまえて論を進めていく。国連大使を務めた国際政治学者としての豊かな知識と経験に裏打ちされた主張は説得力を持つ。

    著者は今回、「普段日本で外交を論じる時にあまり登場しない国々」を訪ね回り、政府要人、学識関係者また一般の人々と会って交流を深める。 それぞれの国での出会いが印象深く語られている。
    米中の拮抗、世界にひろがったパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、権威主義や独裁国家の台頭、「自由、民主主義、法の支配」が脅かされる時代だ。
    2023年1月G20の議長国だったインドが、新興国や途上国の声をG20に反映させようと125ヵ国の国々に呼び掛けた。様々な分野での協力について話し合い世界に発信するオンラインの国際会議を開催しようとしてから、GSはとくに注目されるようになった。
    GSは冷戦終結後のグローバル化が進むなか発展してきた国が多い。パンデミック発生の時には、先進諸国から十分な技術的、経済的な支援を受けられなかったとの不満が残っている。ロシアのウクライナ侵攻に対する西側の対ロシア経済制裁も打撃になっている。国連のロシア非難決議(2022年3月)には50ヵ国余りが反対、棄権あるいは不投票だった。先進諸国の民主主義や人権についての「おしつけ」に反発を示す国もある。
    著者は「上から目線」で途上国を見ることは止めるべきであり、「相手の立場」に立って「一緒に考える姿勢」が重要と指摘する。他国の人権状況を声高に批判するのではなく、より間接的アプローチをとることを勧める。
    例えば、タンザニアでは女性がスポーツする機会を持てないとの批判がある。これに対して、JAICAは「レディース・ファースト
」というスポーツ大会を主催して成功したという。また、パキスタンでは女性の教育の低さが批判されているが、日本の「寺子屋」方式で住居に近い所で小さな教室を開き、教育の向上に努めているという。

    日本はかつて途上国として差別されながらも近代化を成し遂げてきた。著者は、その経験を途上国と「共有」し「途上国と先進国とを結びつける役割」を果たすべきと強調する。米国との関係は無論重要だが、米国にべったり過ぎるのも困ったものとして、国連での活動を外交のひとつの柱として重視すべきと訴え、国連改革の方策も示す。
    名前も余り知られていないような国々でのJAICAのメンバーたちの活動や日本に招いた留学生たちへの指導など、時間はかかるが地道な努力の積み重ねが、今後一層大切になってくることを痛感する。

(メモ)
覇権なき時代の世界地図
北岡伸一著
発行所  新潮社
発行  2024年5月20日


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