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『危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』 イアン ・ブレマー

ひとり遅れの読書みち    第19号


    国際的な政治学者イアン・ ブレマーが、現在の危機的な状況にある世界を「対立」ではなく「協調」によって、持続的な安定した平和を構築すべきと訴える警告の書である。
    数多くの国々が対立し、しかもそれぞれの国の内部は様々に分断された状態が続いている。確実に危機が迫っている現状は、互いに対立している場合ではないと警鐘をならす。

    パンデミック、気候変動、破壊的なテクノロジーという3つの脅威を取りあげ、それぞれの実情とその及ぼす影響などを詳しく分析して、いかに危機を克服するかの処方箋を明らかにする。危機は1つの国家だけにとどまるものではない。また1国だけで解決できるものでもない。世界全体が関与すべきものと強調する。
    本書の原題「The Power of Crisis」は直訳すると「危機の力」とでもなろうか。「危機」に直面している今日、「平常時では不可能な難題の解決や、将来の課題への新しい対策の創出が、危機によって可能となることがある」との視点をもち、「危機」を「力」としてグローバルに人々が一致して対策を立てれば、「危機」を乗り込えることができると前向きな姿勢を見せる。

    ブレマーは、核戦争の危機が迫っていた1985年当時のレーガン米大統領とゴルバチョフ ・ソ連書記長との会談の際の次のようなエピソードを紹介する。
    レーガンはゴルバチョフに質問する。「もし米国が突然宇宙から攻撃を受けたとしたら、あなたはどうしますか。我々を助けますか」と。ゴルバチョフは「もちろん」と答え、レーガンもまた「我々もそうするでしょう」と応じたという。
    「二人の会話によって、平和が保障されたわけでも、冷戦が立て直されたわけでもなかった」が、これが「信頼と善意の種」となって良い関係の土台が築かれた。「存亡の危機」を回避する目的で「協力のみならず連携」さえも可能になったという。今日の世界が直面する危機は、まさにこうした「宇宙からの攻撃」に匹敵するものであり、「協調」して対処すべきと主張するのだ。

    ブレマーはまず危機を克服するために大きな障害となっているふたつの点を指摘する。
    第1点が、指導力を発揮すべき米国が「機能不全」に陥っている状況だ。
    米国は依然として世界第一の超大国だが、その国内政治は「崩壊」していると手厳しい。「自分の支持政党ではない政党の党員たち、近所の人々、親戚」さえも「憎しみの目」で見つめ「無知な敵」と見なしている。深刻で「無意味な内戦」状態だ。「国民が二分し互いを暴力的な過激派、救いようのないファシスト」と非難し合っている。議会の分断は「ここ100年でかつてなかったほど大きい」。これでは外国の市民や政府は「米国が世界の問題を解決してくれる」とはなかなか思えないだろうというのだ。
    第2の障害として挙げるのは、米国と中国の関係が間違った方向に進んでいると見られることだ。
   今さら言うまでもなく、中国は政治、軍事の面だけではなく経済やハイテクの分野でも目覚ましいほどの躍進を果たして来ている。ブレマーは「米中は互いの存在なくしては繁栄することもない」と指摘し、両国の「経済のつながり」とその「規模の大きさ」を踏まえると、もしまた冷戦が起きれば両国だけではなく「世界全体」が「途方もなく犠牲」を払うことになると予測し、米中両国が同盟関係になる必要はないが、今の「衝突の道」から離れて「実利的なパートナー国」になることはできると明言する。

    なおブレマーは「日本語版への序文」のなかで、複雑化する米中関係について、日本は両国間の信頼を回復し、共通の利益となる問題で協力を進め、また「対立のリスク」を抑制するために重要な役割を果たすことができると記す。「世界は日本のリーダーシップを必要としている」との期待を表明している。リップサービスのようにも聞こえるが、日本の役割が大きいことは確かだろう。

『危機の地政学』
(監訳) ユーラシア・グループ日本代表 稲田誠士    (翻訳) ユーラシア・グループ日本&新田享子

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