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『歳時記 夢幻舞台24の旅』 髙樹のぶ子

 

ひとり遅れの読書みち  第25号

    不思議な物語が春夏秋冬と季節ごとに24編収められている。どの物語も読み始めると、知らず知らずのうちに引き込まれて、夢幻の世界を旅ゆく気持ちになる。民話のような語り口の作品もあるし、在原業平を描いた作家らしく中世の歌物語も登場する。
    場所は様々、東京、千葉、沖縄、ギリシャ、満州、場所不明の土地も。登場人物は、幼子から98歳のおばあさんまで。時代は、現代から太平洋戦争前後、あるいは平安時代、よくわからない時まで、これも様々。しかしどの物語でも不思議な現象が起きる。幻想の舞台を見ているようで、一気に読み進んでしまう。

     例えば、「コクート」という題の物語では、月の光を食べるという生き物が登場する。主人公は月明かりの夜その生き物につかまって夜空を飛んで行く。誕生日のプレゼントをあげるというから。そのプレゼントはすでに亡くなっている母親との出会いだった。死の間際にいた主人公はなつかしい母親に抱きしめられる。切なさがあふれて来る。
    また、誰もいない学校の音楽室からピアノ曲が聞こえてくる話も。数日前に亡くなった友だちが奏でていたワルツを「迷鳥」がひいていた。友だちは鳥の姿で消えてゆく。

    「菜の花レター」という物語は、祖母の出生についての秘密を明らかにする手紙。孫娘が仏壇の引き出しで発見する。満州で出会った1組の男女が愛しあい、女性は身ごもるが、終戦の混乱する状況のなか夫に会えないままに日本に帰って出産する。男性の方は異国の地で亡くなるが、故郷千葉のなつかしい風景、菜の花畑を思い描いて、生まれて来る子を菜々子と名付け、それを伝える手紙を出していた。娘の手元に届く奇跡を信じて中国人に託したというのだ。遺骨の眠る大地には菜の花が一面に咲き誇っていた。

    どの物語も夢幻の世界が広がる。著者には、すでに季語をテーマにした『ほとほと 歳時記ものがたり』という短編集がある。本書とともに、季節の趣を感じる作品であり、ともに著者の力量がいかんなく発揮された名品だ。
    

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