あの虹が

2024年1月23日(火)
19時20分ごろ洗濯ものを軒下に干していたら降ってきた。固い粒々の音が、はぜるような音がするから下を見ると雨の点々だけ。おかしいなと手のひらを出しても何も当たらない。空を見上げても見えない。しばらくして、小さい小さい粽の形の氷の粒々が散らばったのを見た。1センチはない三角をひとつ、ふたつ拾って、雹だと思い、霰か?とも思った。

さむいこわいさむいこわいさむいこわいさむいこわい
唱えてしまった夕方。
神社のあの木に両手を当ててこころが鎮まったのに、帰り道はなんとか保ったのに、うちに着くなり唱えちゃって。
あ、退行している、寒くない恐くない方へ向かわないとって、早く気づいたのはよかった。
むかしは、頭の中がコンクリートで固まっちゃたみたいになって、動けなくなってたんだから。

きのうは、あさってね、とハグしてエレベーターに乗った。両側から視界が狭まって悲しそうな顔を見えなくした。
外に出たら頭が少し痛いのを感じた。心身が疲れてもいた。駅、電車に乗るにしてもバスに乗るにしても駅、だけど足が向かなかった。うろうろして、振り返って見やった。見えやしないのに。
駅は遠くない。帰るのが嫌だったから、子どものころの「苦しい思い出」の場所を探してみた。何年も前から、行ってみたいようなみたくないようなで、結局行かなかった。この度近くに来ることになったのは、「いまがそのとき」なんだよね。
通りの向こうから確かめた。ああ、あそこに違いない。
信号待ちしてまで道路を渡ろうという意欲はなかった。でもまだうろうろが必要なようだったから、あの店まだあるかなー?って歩いた。あった。外から眺めて更に歩いて、もう歩くのも嫌になった。疲れてるんだから帰れ、と思った。丁度都合のよいバスがもう出発しようとしている、小走りで乗った。
途中で座れた。座ったら涙が流れた。のどの奥が痛かった。本気で泣くわけにいかない、涙は止まった。
バスを降りても帰るのが嫌だったからスーパーに寄った。これまでも「家に帰りたくない」はあったが、こういう「帰りたくない」もあるか、と思った。このところ、こういう感情、思いもあるのか!が連日のように来る。

スーパーでも涙があふれそうになったが抑えた。
帰り道はもういい、泣いていいと自分に言った。のどの奥も痛いからことばも出していい。
泣かなければならないので一度止まった。
やっと会えたのに
え え えーん えーん
わたし、えーんって泣いてるよ、と思った。
膝をついて地面を叩きたかった。

涙を拭いた。
家に着いても涙はまだ残っていた。膝をついて畳をグーで打った。畳が痛がるほどの力は入ってなかった。
少し雨が降ってきた。
疲れていたが何か働いてからお茶した。買ってきたサバランみたいのを食べた。黒豆おかきも一袋食べていた。
ちゃんとおいしかった。砂を噛むようではなかった。

むかし、虹が迫ってくる夢を見た。
草木染めの絹糸の束のような虹が迫ってきた。空はターコイズブルーだった。細い、撚りをかけていない草木染めの糸の虹が目の前まで来て、ぷつ、ぷつ、と弧の真ん中から切れていった。
目の覚めるようなうつくしい色の糸が、ぷつ、ぷつ、ぷつ、

無限のグラデーション──感情は無限のグラデーションなんだ、あのうつくしい色を全部知りたい──無限を味わい尽くしたい──って思ってしまったほど、うつくしい虹を見たんだ。



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