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『痴漢電車 ちんちん発車』:1984、日本

 黒田探偵事務所の助手を務める浜子は、田舎からの長い手紙を受け取って溜息をついた。彼女は所長の黒田一平に、「結婚させられそう」と漏らす。浜子の田舎では女は23歳になったら結婚するのが掟で、それを破ると家族全員が晒し首になるのだ。
 苦し紛れに「大金持ちの婚約者がいる」と嘘をついた浜子だが、田舎の許嫁が信用せずに上京して来ることになったのだ。しかし3ヶ月も給料を払っていない黒田が相手にせず聞き流したので、浜子は腹を立てて「絶交よ」と事務所を飛び出した。

 電車に乗った浜子は指揮棒を振りながら歌っている男を誘惑し、痴漢行為をさせる。「アンタ、金持ち?」と尋ねると「イエス」と男が答えたため、浜子は「私と2日間だけ婚約しない?」と持ち掛けた。
 一方、黒田は政界の黒幕である大野大吉から電話を受け、豪邸へ赴く。大野は戦時中に上海で大野機関を組織し、中国各地から戦略物資を集めて膨大な利益を手にした男である。大野は「ワシには時間が無い。あと2、3日の命だろう。癌だ」と言い、「心残りがある。娘じゃよ」と口にした。

 大野は2人の子供がいること、手元にいる長男は若い作曲家として活躍していること、長女の宏美は4年前に駆け落ちしたことを語った。彼は30億円の遺産を相続させるため、宏美を見つけてほしいと依頼した。
 浜子は痴漢男に連れられ、彼が暮らす高級マンションへ赴いた。男は浜子に、「作曲家の大野銀市です」と自己紹介する。彼は大野の長男だった。銀市が2日間だけ婚約者になることを軽く承諾すると、浜子は「その代わり、2日間だけ同棲してあげる」と告げた。

 銀市と浜子は興奮し、すぐにベッドでセックスした。銀市は浜子が眠っている間に、勝手に婚姻届を書いて彼女の指紋を押した。彼は中野区役所へ行き、婚姻届を提出した。
 黒田は区役所で宏美について調査し、二浦義和という男と結婚していること、所帯を構えた草加市のアパートを1年ほど前に引き払っていること、それ以降の足取りが途絶えていることを知る。二浦はロサンゼルスから輸入雑貨を仕入れる会社を経営していたが、1年ほど前に倒産していた。

 黒田は大野に報告を入れ、宏美が奥歯にダイヤを埋め込んでいるという手掛かりを聞く。一方、宏美は二浦とセックスしながら、「職探しを急がなくてもいいのよ。父が死ねば遺産は私たちの物になるんだから」と告げた。浜子は荷物をまとめて銀市のマンションに戻り、同棲生活を開始した。
 黒田は電車に乗って女性客の奥歯を調べるが、宏美は発見できなかった。事務所に戻った彼は、浦和市で宏美と二浦が暴漢に襲われたことを報じるテレビのニュースを見た。

 松葉杖姿でリポーターの取材を受けた二浦は、桜の木を背景に写真を撮ろうとしたら暴漢が鉄パイプで襲い掛かって来たと話す。しかし週刊立春編集部を訪れた黒田は、記者から「通り魔の犯行ではない」と聞かされる。
 現場の状況には不審な点がある上、二浦は大男の犯行だと主張しているが病院へ運ばれる宏美が「裏切り者」と呟くのを救急隊員が聞いていたのだ。そこへ病院から連絡が入り、宏美が死亡したことを黒田は知った。

 病床の大野は秘書の糸絵に「わしゃ寂しいんじゃ」と言い、セックスを求めた。糸絵は裸になって応じるが、大野はセックスの最中に死亡した。黒田は宏美の死を知らせに駆け付け、大野の死を知った。
 一方、浜子は銀市とセックスしながら、翌朝に新潟から上京する許嫁の前で上手く芝居するよう頼む。銀市は「婚約者じゃなくて夫婦じゃないか」と言い、寝ている間に婚姻届に拇印を押したことを明かした。「そんなの無効よ」と浜子が言うと、彼は「無効じゃないよ。婚約者に全てバラしてもいいのか」と口にした。

 翌朝、浜子が新宿西口へ許嫁の熊を迎えに行くと、マタギの彼は新潟の山奥からトラクターでやって来た。浜子が熊を連れてマンションに戻ると、銀市が殺されていた。黒田は浜子からの電話を受け、すぐに現場へ急行した。銀市が持っていた電卓には、「654」という数字が表示されていた。
 黒田は自宅療養している二浦のアパートを訪れ、本当に右脚を骨折していることを知った。マンションのエレベーターは定期検診で使用できなかったため、その状態で銀市の住む23階まで行くのは不可能だと黒田は考えた。

 浜子が電卓でメロディーを鳴らしている様子を見た黒田は、「654」と押すよう指示した。するとラソファのメロディーが流れ、黒田は銀市が事件を解く手掛かりを残してくれたのだと確信した。熊がドレミの音階を押しながら「イロハ」と口に出していると、黒田は654が「イトヘ」を意味すると気付いた。
 その頃、糸絵は二浦のアパートへ行き、セックスに興じていた。二浦は糸絵に鉄パイプで宏美を撲殺させ、妻を殺された悲劇の男を演じていたのだ…。

 監督は滝田洋二郎、製作は伊能竜(向井寛)、脚本は高木功、撮影は志賀葉一、照明は金沢正夫、編集は酒井正次、助監督は片岡修二、録音は銀座サウンド、音楽はロス・ギーワック。

 出演は竹村祐佳、螢雪次朗、松原玲、甲斐よしみ、長友達也、池島ゆたか、立川世之介(2代目快楽亭ブラック)、藤田悦子、高橋宏美、周知安(片岡修二)、笠松夢路、久保新二、堺勝朗。

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 滝田洋二郎が獅子プロダクションに所属していた頃に手掛けたピンク映画。「痴漢電車」シリーズの第7作。脚本はシリーズ1作目からの盟友である高木功。製作者の伊能竜は、獅子プロ社長である向井寛の変名。浜子役の竹村祐佳と黒田役の螢雪次朗は、前作に続いての登場。糸絵を松原玲、宏美を甲斐よしみ、銀市を久保新二、大吉を堺勝朗、二浦を長友達也、熊を池島ゆたかが演じている。
 「ちんちん電車」というサブタイトルは、内容と全く関連性が無い。ちなみに、これまでのシリーズだと浜子の苗字が不明だったのだが、今回は婚姻届で「竹村浜子」と書いてあるのが写し出される。そこは演者と同じ苗字にしてあるのね。

 「痴漢電車」シリーズの中でも、これは俗に「黒田一平」シリーズと呼ばれることがある作品だ。変態探偵の黒田と助手の浜子が登場するシリーズが、そう呼ばれている。
 何しろピンク映画なので情報が少ないのだが、調べた限りでは『ルミ子のお尻』『けい子のヒップ』『百恵のお尻』『下着検札』『ちんちん発車』の5本が該当するようだ(つまり今回が最終作)。それらに共通するのは、全て高木功の脚本ってことだ。そして、そんな「黒田一平」シリーズの最終作が、この映画というわけだ。

 これまでの黒田一平シリーズとは、オープニング・クレジットで大きな違いがある。これまでなら、黒田が電車で女性に痴漢をする様子を描くのがタイトルロールだった。しかし今回は、浜子が電車で男を誘って痴漢させるシーンなのだ。
 それは別にいいんだけど、その相手が奇妙なな格好で指揮棒を振りながら歌っているヤバそうな男なので、そいつを誘った理由は何なのかと言いたくなる。金持ちを見つけるという目的で痴漢を仕向けたのであれば、そいつは全く金持ちには見えないわけだし。だったら「浜子が電車で痴漢される」→「その相手が金持ちだと知り、婚約者を装ってもらう」という流れにしておけばいい。

 最初にナポレオンみたいな帽子を被って指揮棒を振り、電車の中で歌っている」という無駄にクセの強いキャラにしてあることへの違和感を抱いたのだが、大野が「長男は作曲家」と言い出した時に「ああ、こいつが長男なのね」と察知した。その後に写真が出て来るので(格好は全く違うけど)、すぐに明らかにされるんだけどね。
 ただ、そうであっても、そんな変なキャラにする必要は無いよな。本人は「人はナポレオン銀市と呼んでますけどね。通称ナポ銀」と言うけど、たぶん元ネタがあるんじゃないかと思う。ただ、その元ネタは全く分からない。ちなみに銀市は、カシオの音が出る電卓で浜子のために作った曲を演奏する(でも『ぞうさん』のパクリ)。1984年という時代には、カシオの音が出る電卓が最先端だったわけだね。

 前作では黒田が「マン拓を取る」という目的で電車に乗り込み、専用マスクを装着して女性客のアソコに墨を噴射するシーンが用意されていた。今回は「奥歯のダイヤを調べる」という目的で、歯医者の格好をして電車に乗り込む。どっちにしろ、そこは痴漢をする様子を描くために用意された展開だ。
 前作では「マン拓を取る」という目的なのに痴漢を働いていたが、まだ「アソコを触る」という部分に共通項があった。今回は調べる箇所が歯なので、どうするのかと思っていたら、普通に痴漢を始める。で、喘いだ女性が口を開けたところで、歯確認するという手順を取っていた。ものすごく無理があるけど、そうでもしなきゃ「探偵が仕事のために痴漢をする」という手順を作ることが出来ないので、まあ苦肉の策だわな。

 音楽担当の「ロス・ギーワック」ってのは、もちろん偽名である。そして、どうやら本作品の時だけ使っている偽名のようだ。何しろビンク映画で情報が少ないので、その正体は全くの不明である。
 いちいち説明しなくても大半の人は分かるだろうが、もちろん「ロス・ギーワック」は「ロス疑惑」のもじりだ。その三浦和義の関連した事件について『週刊文春』が「疑惑の銃弾」として報道したのが1984年だったので、それを拝借したわけだ。

 そして今回の物語も、そのロス疑惑が元ネタになっている。宏美の結婚相手は「二浦義和」という名前で、もちろん三浦和義から取っていることは明白だ。彼のアパートの住所は「浦和市呂須ノ山」だが、もちろん「呂須」は「ロス」を意味している。
 二浦は輸入雑貨を仕入れる会社を経営していた設定だが、三浦和義は輸入雑貨商だった。そしてロス疑惑のように、宏美と二浦は暴漢に襲われる。その事件を疑惑として報道する雑誌は週刊立春で、もちろん週刊文春が元ネタだ。

 ロス疑惑が元ネタになっているんだから、オーソドックスに考えれば(当時の報道から考えても)、「二浦が犯人」という答えになるのはバレバレだ。もちろん捻りを加えることも可能だが、そこはエクスプロイテーション的な考え方で、そのままベタな答えにする方が得策かなと。
 そもそもピンク映画を見に来る観客は、ミステリー作品としてのクオリティーに多くを期待しているわけじゃないだろうしね。ちなみに「糸絵が共犯」ってのはも、まあ簡単に透けて見えるわな。

 熊が適当に電卓を押すシーンでは、『未知との遭遇』で異星人とコンタクトする時に使われるメロディーを拝借している。「イロハ」から黒田が654の謎を解明する時には、そのメロディーが何度も繰り返して流れ、途中で巨大宇宙船の映像まで挿入される。黒田、浜子、熊の下からライトが当てられ、3人がメロディーに合わせて手でサインを作る。
 謎解きとは全くの無関係だし、上手く話の流れに乗っているわけではないけど、とにかく流行は積極的に取り入れようってことだろう。ただ、『未知との遭遇』の日本公開って1978年だから、かなり時期外れになっているんだけどね。

 前半の内に、「浜子が寝ている間に、銀市が勝手に婚姻届を提出する」という展開がある。そのままだと単に「銀市が犯罪をやらかした」というだけだし、銀市が殺されてしまうと、その問題をどうやって片付けるのかという疑問も湧く。
 しかし、そこを事件の解決に上手く利用してすることで、伏線としてキッチリと機能させている。全て成功したと思い込んでいる糸絵に、黒田が「銀市が殺される前に結婚していた」と告げて浜子を紹介するのだ。焦った糸絵が浜子を殺そうとマンション屋上まで追い詰めたり、黒田がエレベーターで行き違いになったりするシーンは、普通にB級サスペンス映画だ(一応は褒め言葉のつもりである)。

 黒田が糸絵を捕まえた後、大野の邸宅で二浦を自白に追い込む展開へと移る。黒田は大野の遺書を読み上げた後、二浦に「アンタと糸絵は取り返しの付かないミスを犯した」と告げる。
 彼は相関図を広げ、遺産が直系の子や孫に譲られることを説明する。そして、まだ宏美が遺産を相続しない内に死んでしまったことから、二浦の手には一銭も渡らないことを指摘する。「そもそも二浦の計画がアホすぎる」という問題は置いておくとして、なかなか上手い着地である。

 で、浜子だけが遺産相続の権利を得ることになるのだが、ここに今回は黒田との恋愛劇を絡めている。浜子が大金を相続すると指摘した黒田は、寂しそうな様子で「幸せにな」と告げ、その場を後にする。熊は浜子を連れて、故郷に帰ろうとする。
 浜子は「ちょっと忘れ物。10分で帰るから」と言い、黒田の元へ走る。「何してるんだ」と黒田が驚くと、「世界の果てまで逃げるの」と言う。黒田が餞別を渡すと、「バッカだねえ、所長。こんないい女に一人旅させる気?ねえ所長、私の配偶者ってのになる気はなあい?」と笑う。

 で、「やったあ」と黒田が喜んで帽子を投げ捨て、2人がキスをすると、ラヴェルの『ボレロ』が流れ始める。黒田と浜子が踊る様子やセックスをする様子が写し出され、途中で今までのシリーズの映像が幾つか挿入される。
 飛行機で旅に出る2人の様子が写し出された後、結婚したことを示す写真と「Long Good Bye」のメッセージが表示され、浜子の「その後、私と所長は探偵稼業から足を洗い、世界中を旅して暮らしたのでした。それじゃあ皆さん、ロング・グッドバイ(この台詞だけは黒田と声を揃える)」という語りで幕を閉じる。つまり、完全に「これで黒田一平シリーズは終わりですよ」と決めて製作されていたわけだね。

 ちなみに黒田と浜子の写真が画面に出る際、「DIRECTED BY YOHJIRO TAKITA」「1984.3.21」という文字も表記される。また、2人の写真の下には「Yuka & Hotaru」と、役名ではなく演者の名前が表記されている。その辺りは、これが黒田一平シリーズのラストってことで、監督の遊び心が働いたってことなんだろう。
 ただ、黒田一平シリーズは終了するものの、その後も「痴漢電車」シリーズは続行するし、竹村祐佳と螢雪次朗は続投するんだけどね。っていうか、そもそも黒田一平シリーズを終わらせた理由は何だったのかなあ。まだまだ続行しても良かったんじゃないかと思うけど、飽きちゃったのかな。

(観賞日:2016年4月26日)

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