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『丹下左膳 妖刀濡れ燕』:1960、日本

 丹下左膳は、トンガリ長屋の貧しい子供たちに三社祭りを楽しませてやろうと、道場破りで金を稼ぐことにした。しかし、思うように金は集まらない。最後に左膳は伊庭道場を訪れるが、当主の一心斎は病気だった。師範代が留守だったため、一心斎の娘・萩乃が左膳の相手をすることになった。彼女の美しさに見とれた左膳は、勝負に敗れた。

 長屋に戻った左膳は、相馬藩の江戸留守居役・鹿島外記から仕事を頼まれた。相馬藩では、城代家老・相馬靭負が江戸家老・相馬主膳を通じて老中に賄賂を贈ろうとしていた。それを武術指南役・天野伝八郎らが奪おうとしているので、力を貸してほしいというのだ。相馬藩とは因縁のある左膳だったが、金のために引き受けることにした。

 主膳は、賄賂を運ぶ一行の護衛として、伊庭道場の高弟・根来一角や鏑木又五郎を雇った。相馬に向かった根来の一味は、賄賂を横取りしようと企んでいた。左膳は鼓の与吉、櫛巻きお藤と共に相馬に向かう。左膳は水戸街道で、根来一味の数名を斬った。

 一心斎は根来一味の行動を探らせるため、萩乃を下男の源助と共に相馬へ向かわせた。実は源助は相馬藩の世継ぎ・源之助で、主膳の企みを探るために伊庭道場に潜入していた。相馬藩を探っていた大岡越前も、蒲生泰軒を向かわせた。一方、輸送隊を追う伝八郎の子分・岩吉は、糸路と共に行動していた。だが、実は糸路は豊臣の残党の頭領で、密かに賄賂の奪取を狙っており、途中で伝八郎の元を去った。

 竜神山で、左膳、根来一味、天野の一行、糸路ら豊臣の残党、蒲生泰軒の要請で駆け付けた水戸藩士、賄賂を運ぶ永見隼人らの輸送隊が睨み合いとなった。その隙に、左膳を追ってきたチョビ安とトンガリ長屋の子供たちが、賄賂を積んだ馬を奪った…。

 監督は松田定次、原作は林不忘、脚本は小国英雄、企画は中村有隣、撮影は川崎新太郎、編集は河合勝己、録音は東城絹児郎、照明は中山治雄、美術は鈴木孝俊、凝斗は足立伶二郎、 音楽は富永三郎。

 出演は大友柳太朗、大川橋蔵、丘さとみ、青山京子、松島トモ子、桜町弘子、伏見扇太郎、大河内傳次郎、薄田研二、岡田英次、山形勲、月形龍之介、原健策、沢村宗之助、多々良純、片岡栄二郎、戸上城太郎、香川良介、徳大寺伸、明石潮、柳谷寛、高松錦之助、富田仲次郎、長島隆一、伊東亮英、清村耕次、津村礼司、楠本健二、上代悠司、月形哲之介、冨久井一朗、小田部道麿、藤木錦之助、国一太郎、加藤浩、目方誠、竹野マリ、仁礼功太郎、近江雄一郎、古石孝明、大里健太郎、南方英二、香月涼二、西家正晃、佐々木松之丞、島田秀雄、遠山恭二ら。

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 東映京都の丹下左膳シリーズ第3作。
 左膳の大友柳太朗、チョビ安の松島トモ子、蒲生泰軒の大河内傳次郎、与吉の多々良純という配役は前2作と変わらず。
 お藤役は長谷川裕見子から青山京子にバトンタッチ。前2作で大岡越前を演じていた月形龍之介が悪役の根来を演じ、前2作で悪役を演じていた山形勲が大岡越前役に回っている。
 他に、源之助を大川橋蔵、糸路を丘さとみ、萩乃を桜町弘子、岩吉を伏見扇太郎、天野を岡田英次、鏑木を戸上城太郎、外記を香川良介、主膳を徳大寺伸、一心斎を明石潮が演じている。
 ちなみに萩乃というのは、シリーズ1作目の道場主の娘と同じ名前だ。

 丹下左膳は、非常に人気の高いキャラクターである。“丹下左膳”とタイトルに付く映画は、戦前に日活太奏で大河内伝次郎の主演で2作、日活京都で同じく大河内の主演で4作、マキノトーキーで月形龍之介で2作が作られている。
 戦後に入り、松竹京都で松田定次監督、阪東妻三郎主演で1作、大映京都で大河内で3作、日活で水島道太郎で3作、東映京都で大友柳太朗で5作、東映京都で中村錦之助で1作、松竹京都で丹波哲郎で1作が作られている。
 また、『新版大岡政談』のタイトルでも、戦前に東亜京都で団徳麿の左膳役で3作(ただし、この時は左膳が主役ではない)、マキノプロでも嵐長三郎(後の嵐寛寿郎)で2作、日活太奏では大河内伝次郎で3作が作られている。

『新版大岡政談』の原作は、邑井貞吉の『大岡政談』を基に、林不忘が新解釈で大幅に書き換えた毎日新聞の連載小説『新版大岡政談・鈴川源十郎の巻』。
 この小説では、左膳は脇役の1人のはずだった。ところが、人気が出たために映画では主役となり、これを受ける形で、小説の方も続編では『丹下左膳』というタイトルになった。

 丹下左膳のシリーズといえば、多彩な人物が入り乱れ、何かを奪い合うというのがパターンになっている。
 今回は賄賂だが、奪い合う物が何かというのは、それほど深く考えなくてもいいだろう。
 ヒッチコック言う所のマクガフィンとして解釈すればいい。

 大勢の人物が入り乱れるのだから、話がややこしくなりそうだが、それを上手く捌いている。
 例えば序盤、外記が左膳に依頼する様子、大岡が泰軒に要請する様子、主膳が根来に話す様子を順繰りに見せて、短時間で1本のラインに3つの勢力を乗せてしまう。

 賄賂を守る者がいれば、藩のために奪おうとする者がいる。
 自分たちの欲のために奪おうとする者もいる。
 さて、左膳はどうかと言うと、これが賄賂には何の興味も無いのである。彼は、お宝争奪戦において、守る側でもなく奪う側でも無く、乱入する側なのである。

 大友柳太朗は明朗で豪快という、いつも通りの大友節をパワーアップさせて左膳を演じている。立ち回りでは、右足を振り上げ、刀をブンブンと豪快に振り回す殺陣を見せている。
 そう、とにかく丹下左膳という男、パワフルでエネルギッシュなのである。

 丹下左膳は、隻眼隻手(右目が潰れており、右腕が無い)という異形の人物だ。この映画では、彼が隻眼隻手になった理由が明かされている。
 彼は刀好きだった先代の相馬藩主のため名刀集めに奔走し、それを見つけ出したが、恨みを買って体を切り刻まれた。しかし、先代藩主は姿の変わった左膳を化け物扱いしたのだった。

 さて、そんな因縁があるため、左膳は「相馬藩のために」ということで働く気は毛頭無い。だが、金のためなら喜んで働く。
 そう、彼はいわゆる正義の剣士ではなく、やんちゃな暴れん坊だ。
 とにかく彼は暴れたい、人を斬りたい気持ちで一杯なのだ。

 左膳は、根来の一味を斬れば目録以上なら1人5両、免許持ちが8両という契約を交わしている。そして、金を稼ぐために何度も一味の前に現れる。根来が宿で食事を取ろうとすると、先に座って酒を飲んでいる。
 で、敵を何人か斬った後、「5両が8人分で40両、今日の日当分は稼いだから、これで失礼する」と笑顔で告げ、さっさと帰ってしまう。

 翌日にも、海の近くで休んでいた一味の前に現れる。またも笑顔で「毎度おいでまして誠に済まねえみたいなモンだが」と言って、日当を稼ぐために一味を斬る。
 う~む、なんて分かりやすい、気持ちのいい男だろうか。
 また楽しそうに人を斬るんだな、この人は。

 そう、左膳は人を斬るのが楽しいのだ。源之助と対峙した時も、「どうして俺を斬らねばならんのだ」と尋ねられ、「そんなこと分かるもんけ」と、あっさり言い放つ。
 終盤も、人助けに駆け付けたはずなのだが、口から出たのは「俺にも斬らせろ!」というセリフ。
 それでも残酷な奴、酷い奴という印象は無く、明るくて爽やかなのである。

(観賞日:2004年1月14日)

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