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『潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ』:1993、アメリカ

 フロリダにある、海岸沿いの田舎町。老人のフランクは、アパートの自室で朝から裸になって腕立て伏せをしている。荷物を届けに来た大家の未亡人のヘレンの前でも、彼は裸のまま応対する。
 ヘレンが注意しても、フランクは悪びれる様子は全く無い。クーラーが故障して暑いので、早く修理するようフランクは文句を言う。荷物はフランクの息子からで、中身は野球帽だった。フランクは翌日に75歳を迎えるのだが、その誕生日プレゼントだ。

 老人のウォルトは毎日、ダイナーに通っている。ウエイトレスのエレインから「体に悪いわよ」と言われても、いつもベーコンサンドを注文する。ウォルトはエレインをダンス・パーティーに誘いたいのだが、なかなか言い出せない。
 フランクはクーラーの効いた書店で2時間も粘っていたため、店長に目を付けられる。店長から「追い出せ」と指示された店員が声を掛けるが、フランクはヘミングウェイの本を読み続け、「1938年に彼とレスリングをしたことがある」と得意げに語る。

 フランクは映画館に赴き、老女のジョージアを口説くが、つれない反応だった。ウォルトは草野球場へ行き、少年野球の試合を観戦する。運動神経の鈍いヘンリーという少年が三振し、チームは試合に敗れた。
 アパートに戻ったフランクは、息子から仕事で誕生日パーティーに来られないという電話があったことをヘレンから伝えられ、落ち込んだ。

 公園に出掛けたフランクは、ベンチで読書していたウォルトに声を掛けた。ウォルトは面倒そうに対応するが、構わずフランクは自分のことを喋り続け、「悪いけど邪魔しないでくれ」と言われてしまった。
 フランクは、近くで遊んでいた黒人の少女に話し掛けた。楽しいかと少女に尋ねられ、フランクは「楽しい日々は過ぎた。人生はあっと言う間だ」と答えた。

 翌日、またフランクは公園でウォルトに話し掛けた。ウォルトが食べていたベーコンサンドのことを尋ねたフランクは、一緒に買いに行こうと誘う。ウォルトとフランクは、ダイナーへ赴いた。
 ウォルトはエレイン担当のテーブルに座りたかったが、フランクが勝手にバニース担当の席に座った。だが、エレインはわざわざウォルトの元へ来てくれた。フランクがエレインについて下品な品評をしたので、ウォルトは不機嫌になった。

 ウォルトはエレインの勤務終了時間に合わせ、まるで自分の帰り道とは違うが、彼女と同じバスに乗る。今度こそパーティーに誘おうとするウォルトだが、また切り出せなかった。フランクは映画館へ行き、またジョージアを口説いた。
 アパートに戻ると、ヘレンがようやくクーラーを修理くれており、フランクは喜んだ。フランクはプレゼントとして、酒をヘレンに差し出した。

 翌日、ウォルトはダイナーへ行くが、独立記念日で早く閉店していた。そこへジョギング中のフランクが現われた。ウォルトはフランクに、エレインが自宅のあるカーターベイで花火見物をすると話す。するとフランクは見に行きたいと言い、「乗せていこう」と持ち掛けた。だが、フランクが用意したのは車ではなく2人乗り自転車だった。
 10キロもの道程を、フランクはウォルトは自転車を漕いで進むが、疲れて休憩を取る。結局、2人がカーターベイに到着する前に花火大会は始まってしまった。

 次の日、ウォルトとフランクは2人で少年野球を見に出かけた。ヘンリーは死球で出塁するが、けん制で刺されて試合に敗れた。ウォルトはエレインと同じバスに乗り、フランクは映画館前でジョージアを口説いて冷たくされる。
 理容師のウォルトは、フランクの髪を切って整えてやった。2人はボートで川釣りに出掛けるが、フランクは裸になって泳ぎ始めた。フランクに誘われ、ウォルトも裸になって川に入った。その後、2人はダイナーへ行き、ベーコンサンドを注文した。

 ウォルトはフランクから「驚かせることがある」と言われ、映画館へ来るよう誘われた。ウォルトが出向くと、フランクは案内係の制服姿で待っていた。散髪してもらった直後に働き始めたのだという。
 ウォルトが客席に座って映画を見ていると、フランクはジョージアを口説き始めた。しかしフランクのしつこさにジョージアは激怒し、怒鳴って追い払った。

 ウォルトがダイナーへ行くと、エレインの姿が無かった。バニースに尋ねると、エレインは水兵と結婚してペンサコーラへ引っ越すことになったという。水曜には店に来るので、お別れを言ったらどうかとバニースはウォルトに勧めた。
 翌日、ウォルトはフランクの部屋を訪れた。フランクは、「昨晩はバニースが来て楽しんだ」と見栄を張った。

 ウォルトはフランクに、エレインへの餞別を買いに行くので自転車を貸してほしいと頼んだ。するとフランクは「俺は4度の離婚を経験した恋愛のプロだ。プレゼント選びは任せろ」と言い出した。
 2人はダイナーへ行き、フランクが選んだウォッカを餞別としてヘレンに差し出した。だが、ヘレンは「お酒は飲めないの」と言って受け取らなかった。

 店を出たウォルトとフランクは、激しい言い争いになった。翌日、フランクは少年野球を見に行くが、ウォルトは姿を見せなかった。フランクの見ている前で、ヘンリーがタイムリー三塁打を放ってチームは勝利した。
 次の日、公園でウォルトとフランクは和解した。フランクに背中を押され、ウォルトは別れを告げるためエレインの家へ向かった…。

 監督はランダ・ヘインズ、脚本はスティーヴ・コンラッド、製作はトッド・ブラック&ジョー・ワイザン、共同製作はジム・ヴァン・ウィック、製作協力はダナ・ブレサー、撮影はラホス・コルタイ、編集はポール・ハーシュ、美術はワルデマール・カリノウスキー、衣装はジョー・I・トンプキンズ、音楽はマイケル・コンヴァーティノ。

 出演はロバート・デュヴァル、リチャード・ハリス、シャーリー・マクレーン、パイパー・ローリー、サンドラ・ブロック、ミコール・マーキュリオ、エド・アマトルド、ジャグ・デイヴィース、アキーラ・オーウェンズ、ジョディー・ウィルソン、ルドルフ・X・ヘレラ、スティーヴン・G・アンソニー、グレッグ・ポール・メイヤーズ、ウィリアム・マルケス、マーティー・ベラフスキー、ハロルド・バーグマン他。

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 『愛は静けさの中に』『ドクター』のランダ・ヘインズが監督した作品。
 脚本のスティーヴ・コンラッドは、これが映画デビュー。
 ウォルトをロバート・デュヴァル、フランクをリチャード・ハリス、ヘレンをシャーリー・マクレーン、ジョージアをパイパー・ローリー、エレインをサンドラ・ブロック、バニースをミコール・マーキュリオが演じている。
 原題よりも邦題の方が明らかに内容とフィットしている珍しい例だ。まあ原題にも邦題にも登場するヘミングウェイは、話にほとんど関係が無いんだけど。

 ウォルトはフランクに話し掛けられた時、そっけなく対応する。しかし翌日は、普通に愛想よく対応する。だったら、初日からそうすれば良かったのにと思ってしまう。
 「最初はそっけない態度だったのが次第にフランクに」という経緯が無くて、昨日と今日でガラリと変化している感じなのよね。というか、そもそも2人の出会いのシーンが、それでいいのかと思ってしまう。

 この映画は、何の関係も無かった2人の老人が知り合い、親交を深め合っていくという筋書きになっている。
 そうであるならば、出会いの場面はとても重要なはず。それにしては、出会いのシーンが「ウォルトがつれなく対応して終わり」ってのはなあ。それなら、最初から知り合いにしておくか、久しぶりに会った旧友にしておいても良かったんじゃないかと思ったり。

 ウォルトがバニースからエレインの結婚を知らされるシーンは、ちょっとどうなのかなと。そこまで完全なるチョイ役っぽい匂いのあったバニースが急に大きな扱いになるのも引っ掛かるし、エレインの恋愛が何の気配も無しにいきなり結婚になり、しかも第三者のセリフだけで説明されるってのも引っ掛かる。
 せめてエレイン自身の口からウォルトに言ってほしかったなあと。

 途中、フランクが「一人でいたくない」とヘレンを口説いて抱き締めるが、「出来ない」と離れて哀れな姿をさらけ出すというシーンがある。
 で、そういう展開を用意するのなら、なんでフランクにジョージアを口説かせ続けたのかなあと。最初からヘレンを口説く相手に設定しておけばいいじゃないかと。ジョージアって、あまり意味の無い存在にしか思えないし。

 フランクは横柄で軽薄、がさつで無作法な男で、ズカズカと平気で人の心に踏み込んでいこうとする。ウォルトは不器用で口下手、真面目で内向的な男で、なかなか正直な気持ちを態度に表せない。で、どちらが魅力的かというと、断然、フランクである。
 訳知り顔で大人びた態度(実際に大人すぎるほど大人だけどさ)を取るウォルトより、身勝手な子供に戻ったかのようなフランクの方が、プリミティヴな自分、情けないところをさらけ出すことによって、惹き付けるものがある。
 いっそ、粗野だが自分に正直に生きるフランクと出会い、ウォルトが感化され、変化していくという話にした方が良かったかもしれないなと。

 フランクは公園の少女に「楽しい?」と問い掛けられ、「楽しい日々は過ぎた。人生はあっと言う間だ」と答える。笑顔は浮かべているが、その表情は哀愁を帯びている。
 フロリダの澄み切った空と晴れやかな景色は、生命力に満ち溢れている。だが、そのことが逆に、フランクの抱える老いの哀切、孤独、近付いてくる死というものを浮かび上がらせる。

 言い争いの中、息子から贈られた帽子に関して「心の無い贈り物だ、バカ息子だ」とウォルトに言われたフランクは、「息子をバカにするな。なぜなら、本当にバカ息子だからだ」と言い返し、「他人が言うな、俺の人生だ」と言葉を続ける。
 それまでの言い争いと同じく、フランクは怒っているのだが、そこでは哀しみが混じっている。

 もう1つ、フランクがウォルトより優位に立っている要因として、ヘレンと関わっているということが挙げられる。特に大きな出来事があるわけでもないが、ヘレンが登場すると、一気に引き付けるだけのモノを持っている。
 シャーリー・マクレーンが、いい味を出しているんだよなあ。なぜウォルトをヘレンと絡ませなかったのか、勿体無いなあと思ってしまう。

 ウォルトがヘレンと何の関わりも持っていないから、終盤に自室で死んでいたフランクを2人が発見するのに、そこで何も生じない。フランクの死についての感情を分かち合えないのだ。
 あと、最後にウォルトがエレインを誘うはずだったパーティーでダンスをするが、そこのパートナーも関わりを持っていればヘレンに出来るし、そうした方がいいと思うんだけどな。

 特に大きなドラマ、物語があるわけではない。のどかで穏やかな日常風景、その中に見え隠れする老人の哀愁、寂しさってモノが淡々と綴られていく感じだ。
 ほとんど老俳優の芝居、存在感、余裕の貫禄、その佇まいだけで見せてしまうようなトコロはあるな。
 何しろ、爺さんたちが2人乗り自転車に乗っているだけで、絵になるんだよ。

 川で裸になったウォルトとフランクが、シンクロのように合った動きでクロール、背泳、尻を出して泳ぐ様子なども、なんとも微笑ましい。フランクが黒人の少女にダンスを教え、少女の妹に誘われたウォルトも混じるシーンなんて、どうってことないんだけど、小さな感動を覚えてしまう。
 そういう小さな感情喚起を幾つも積み重ね、ジンワリと心に染み込んで来る作りになっている。

(観賞日:2007年11月27日)

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