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『大菩薩峠』:1960、日本

 甲斐の国、甲州裏街道の難所たる大菩薩峠。巡礼の老人が、孫娘・お松を連れて頂上にやって来た。お松が水を汲みに行った直後、武士の机竜之助が姿を現した。彼は老人を呼び寄せて後ろを向くよう命じ、いきなり斬り捨てて立ち去った。
 お松が戻って来ると、祖父は無残な死体となっていた。お松が泣き崩れていると、盗賊・裏宿の七兵衛が通り掛かり、彼女に優しく声を掛けた。

 竜之助は沢井村の自宅に戻った。彼は甲源一刀流を学んだ剣客で、今は沢井道場の師範を務めている。門弟の安藤は、宇津木文之丞の妹・お浜が来たことを告げた。
 竜之助は、御嶽山の奉納試合で文之丞と戦うことになっている。文之丞に妹はいないはずだと思いながら、竜之助はお浜と面会した。お浜の用件は、奉納試合で情けを掛けてほしいということだった。

 同じ逸見の道場で腕を磨いたとは言え、文之丞が竜之助に敵わないことをお浜は分かっていた。文之丞は試合が済み次第、さる諸侯に指南役として召し抱えられることが決まっている。そのためにも、武士の情けで負けてほしいというのだ。
 しかし竜之助は冷然とした態度で、「試合とあらば、相手が誰であろうと不倶戴天の敵と心得て立ち合う」と告げた。「人情知らず」と恨みがましい言葉を投げられた竜之助は、「武術の道は女の操と同じこと、親兄弟のためなら女の操を破って良いか」と問い掛けた。

 お浜が帰った後、竜之助は万年橋の水車小屋へ赴き、水車番の与八を脅して命令を下した。与八は孤児で、竜之助の父・弾正に養育された男だ。与八はお浜を襲い、竜之助の待つ水車小屋に連れ込んだ。
 竜之助は改めて、「親兄弟のためなら女の操を破って良いか」と尋ねた。お浜は、自分が文之丞の妹ではなく婚礼を控えた内縁の妻だと明かして慈悲を請うが、竜之助は彼女を手篭めにした。

 水車小屋を後にした竜之助は、道ですれ違った七兵衛に斬り付けた。だが、七兵衛はわずかな傷を受けただけで走り去った。七兵衛は、沢井道場から三百両と短刀・藤四郎を盗んだ帰りだった。
 七兵衛は自宅に戻り、面倒を見ているお松に藤四郎を渡した。夜遅くに帰宅したお浜は、文之丞から竜之助の元を訪れたことや着物の乱れを咎められ、離縁状を突き付けられた。

 数日後、御嶽山で奉納試合が行われた。竜之助は文之丞に対峙し、音無しの構えを見せた。互いに動かず、しばし緊張の静寂が続いた。審判を務めた富士浅間流の中村一心斎は危機を察し、「分け」と叫んだ。刹那、文之丞が諸手突きを繰り出したが、竜之助に斬られて倒れた。
 引き分けを宣告された竜之助は一心斎に不満を訴え、再試合を所望する。竜之助は一心斎と戦おうとするが、立ち会っていた甲源一刀流の本家・逸見利恭が制止した。文之丞は、既に事切れていた。

 霧の御坂を歩いていた竜之助の前にお浜が現れ、闇討ちの計画があることを告げた。お浜は文之丞に離縁されたことを明かし、斬死するつもりなら自分を殺すよう求めた。竜之助が現れた文之丞の門弟達を全滅させると、お浜は逃げて一緒に暮らすことを持ち掛けた。
 文之丞の弟・兵馬は与八の案内で、病床にある弾正の元を訪れた。弾正は、音無しの構えを破るためには修行が必要だと語り、江戸の剣聖・島田虎之助を訪ねるよう勧めた。

 七兵衛はお松を、彼女の伯母が女将を務める呉服屋“山岡屋”に連れて行った。しかし取り次いだ番頭は、「お内儀さんは、そんな娘のことは知らないと言っている」と冷たく告げた。金目当てだと思われた七兵衛は怒りをぶちまけ、お松を連れて店を出た。
 その様子を見ていた生け花の師匠・お絹は2人に声を掛け、お松の面倒を見ることを申し出た。夜、七兵衛はお滝が情夫の番頭・清吉を連れ込んでいる現場に現れ、「お前さんに恥を掻かしに来た。裸にして店先に放り出す」と告げた。

 江戸に出た竜之助は、お浜と赤ん坊・郁太郎の3人で暮らしていた。あれから4年の歳月が経過している。竜之助が日影者の身に甘んじているため、お浜は愚痴をこぼした。
 そこへ新徴組の平間重助が訪れ、竜之助は外出する。竜之助は新徴組に出入りし、芹沢鴨、近藤勇、土方歳三らと知り合っている。江戸での竜之助は、吉田竜太郎という偽名を使っている。

 御徒町を歩いていた竜之助は、虎之助の道場を覗き込んだ。そこでは、門弟となった兵馬が稽古をしていた。兵馬は宇津木ではなく、片柳という苗字を名乗っている。竜之助は道場に足を踏み入れ、兵馬との立会いを求めた。
 竜之助が兵馬を圧倒したところで、虎之助が試合を止めた。竜之助が御教導を願い出ると、虎之助は不思議な構えについて尋ねた。竜之助が「親から小野派の一刀流を少し学んだ」と嘘をつくと、虎之助は何も言わずに道場の奥へと引っ込んだ。

 雨の妻恋坂。ある家の門側で兵馬が雨宿りをしているのを、向かいにあるお絹の家で留守番をしていたお松が見掛けた。心を惹かれたお松は声を掛け、家に入って雨宿りをするよう勧めた。
 しばらくすると、お絹が戻った。お絹がお松を奥の部屋に呼んでいる間に、兵馬は立ち去った。お松はお絹から、旗本・神尾主膳への奉公が決まったことを聞かされるが、嬉しさは無かった。

 竜之助はお浜に文之丞の弟のことを尋ね、それが道場で竹刀を交えた相手だと確信した。兵馬が世話になっている旗本・片柳伴次郎の屋敷には、近藤と土方が訪れた。
 江戸の町を歩いていた与八は、兵馬から声を掛けられた。与八は、弾正が死んだので江戸へ奉公に来たことを告げた。兵馬は、何か相談事があれば虎之助の道場を訪ねてくるよう告げ、与八と別れた。

 神尾邸には旗本の放蕩息子が入り浸り、女中との卑猥な遊びに興じている。百人一首で札を取られたら、その者は着物を一枚脱がねばならない。
 お松も無理矢理に参加させられるが、耐え切れずに屋敷から逃亡する。神尾らは追い掛けようとしたが、盗賊が入ったとの知らせを受け、そちらに気を取られた。神尾邸に潜入したのは、七兵衛だった。

 逃げ出したお松は、通り掛かった与八に助けを求めた。与八は住処の小屋に案内し、お松とは互いに孤児だということを知った。2人は会話を交わし、共に大菩薩峠の近くで暮らしていたことが判明した。お松は、また大菩薩峠に行きたいという意思を告げた。
 沢井村に戻ると決めた与八は、お松を連れて帰ることにした。与八が相談のため兵馬の元を訪れている間に、落ちぶれたお滝と清吉がお松を見つけた。2人はお松を騙し、小屋から連れ去った。

 新徴組は、かつての同志・清川八郎を斬る計画を立てていた。竜之助は数名の仲間と共に黒頭巾で顔を隠し、雪の中で駕篭を待ち受けた。だが、駕篭の中にいたのは清川ではなく、虎之助だった。
 虎之助は、襲い掛かる敵を次々に斬り捨てた。竜之助は少し離れた場所から呆然と様子を眺め、虎之助の「心正しからざれば剣も正からず、剣を学ばん者は心を学べ」という言葉を聞いた。

 竜之助が自宅にいると、芹沢の訪問があった。芹沢は、兵馬が近藤と土方の助太刀を得て仇討ちに来ることを告げた。竜之助はお浜に、京都へ行くことを告げた。乱暴を働く浪人者から町を警護するために腕利きの連中が呼ばれ、竜之助も頼まれたのだ。
 お浜は江戸に留まるよう言われ、つまらない日々を愚痴った。お浜は「文之丞と添い遂げていれば良かった」と言い放ち、懐剣で郁太郎を殺そうとするが、竜之助に阻止された。

 竜之助の元に、兵馬からの果たし状が届いた。お浜から兵馬に討たれるよう頼まれた竜之助は、「ワシが殺す」と告げた。お浜が懐剣で襲い掛かって来たため、竜之助は反撃に出た。お浜は屋外に逃げるが、竜之助は彼女を斬り捨てて去った。
 兵馬や与八らは、お浜の遺体を発見した。与八は郁太郎を連れて、沢井村へ戻ることにした。兵馬は近藤や土方らと共に、京都へ向かった。

 京都へ向かう途中、竜之助が鈴鹿峠の茶店が休憩を取っていると、駕篭がやって来た。駕篭から出て来た女・お豊がお浜に瓜二つなので、竜之助は驚いた。雲助が彼女に言い掛かりを付けているのを見て、竜之助は助けに入った。
 雲助が去った後、真三郎というお豊の連れが現れた。どうやら2人は追われる身らしく、慌ただしく去った。竜之助が泊まった宿屋に、2人も宿泊していた。「死ぬより仕方が無い」と話し合う2人の会話を、竜之助は耳にした。

 京都。七兵衛は、揚屋“角屋”に入る御雪太夫に付き添うお松の姿を目撃し、彼女が木津屋で働いていることを知った。近藤への用事で角屋を訪れた兵馬は、お松と再会した。
 兵馬は近藤から、竜之助が京都に来ていることを聞かされた。七兵衛はお松を呼び出し、彼女がお滝に売られたことを知った。七兵衛は、必ず身請けしてやると約束した。

 近藤や芹沢らの組織は、新撰組に名前を変えていた。角屋で新撰組の宴が開かれ、酔った平間がお松に絡んだ。お松は彼から逃げるため、2階に身を隠した。奥の座敷では、竜之助と芹沢が近藤の暗殺計画について話していた。
 芹沢は、竜之助が近藤を斬れば、代わりに兵馬を殺すと告げた。その会話を聞いたお松は、芹沢に気付かれた。竜之助は殺すよう告げるが、芹沢は騒ぎになることを嫌った。竜之助が「ここで預かろう」と提案すると、芹沢は1階へ下りて行った。

 竜之助はお松に、自分が許すまで座敷にいるよう命じた。竜之助は頭痛に苦しみ、巡礼の鈴の幻聴を聞いた。竜之助は息子がいることをお松に話し、「縁あって息子に会うことがあったら、剣術はやるなと伝えてくれ。それが父からの遺言だ」と告げた。
 竜之助はお浜の亡霊を見て狂ったように笑い出し、刀を振り回して外に出た。それを見つけた兵馬は、決闘を要求する…。

 監督は三隅研次、原作は中里介山、脚本は衣笠貞之助、製作は永田雅一、企画は松山英夫&南里金春、撮影は今井ひろし、編集は菅沼完二、録音は大谷巖、照明は岡本健一、美術は内藤昭、擬斗は宮内昌平、剣道指南は森田鹿造、音楽は鈴木静一。

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 出演は市川雷蔵、山本富士子、本郷功次郎、中村玉緒、菅原謙二、根上淳、笠智衆、島田正吾(新国劇)、丹羽又三郎、島田竜三、千葉敏郎、見明凡太朗、藤原礼子、阿井美千子、荒木忍、花布辰男、南部彰三、舟木洋一、真塩洋一(松竹)、山路義人(松竹)、若杉曜子、伊達三郎、葛木香一、市川謹也、浅尾奥山、石原須磨男、光岡竜三郎、水原浩一、藤川準、清水明、岩田正、大林一夫、安田洋郎、浜田雄史、木村玄、森田健二、小柳圭子、種井信子、三藤愛子、尾崎和枝、井上明子、松岡良樹、大丸智太郎、志賀晴峯ら。

 中里介山作の時代小説を基にした3部作の第1作。原作は1913年から1941年まで、中断期間もありながら複数の新聞紙上で連載されたが、41巻で未完に終わっている。
 この作品までに、3度の映画化がある。1度目は1935年と1936年、監督・稲垣浩、主演・大河内伝次郎による日活の2部作。2度目は1953年、監督・渡辺邦男、主演・片岡千恵蔵による東映の3部作。3度目が1957年から1959年に掛けて1年に1本ずつ公開された、監督・内田吐夢、主演・片岡千恵蔵による東映の3部作だ。

 竜之助を市川雷蔵、兵馬を本郷功次郎、お浜&お豊の二役を中村玉緒、お松を山本富士子、近藤を菅原謙二、芹沢を根上淳、弾正を笠智衆、虎之助を島田正吾、文之丞を丹羽又三郎、神尾を島田竜三、土方を千葉敏郎、七兵衛を見明凡太朗、御雪太夫を藤原礼子、お絹を阿井美千子、一心斎を荒木忍、与八を真塩洋一、平間を伊達三郎が演じている。
 雷蔵と言えば「眠狂四郎」シリーズが有名だが、狂四郎の着想の基になったのが机竜之助だ。

 前年に東映版が完結したばかりなのに、その翌年に映画化するってのは大胆不敵だ。
 映画化に際しては「市川雷蔵では若すぎるのでは」という意見もあったようだが、片岡千恵蔵も1935年版では32歳で演じていたので、それと比べれば若すぎるとは言えない。それに原作の冒頭で、竜之助(表記は「龍之助」)は30歳前後と書かれている。この当時の雷蔵が29歳だから、年齢的には合っている。

 お松は、原作の冒頭では12、3歳と記されているから、完全に子供だ。兵馬も登場した段階では少年の設定だから、この辺りはスター俳優に合わせた設定の変更がある。まさか山本富士子が12歳の役を演じているわけではあるまい。
 ちなみに本郷功次郎は1938年生まれ、山本富士子は1931年生まれなので、実は兵馬の方が随分と年下という関係になっている。ちなみに劇中の設定で、兵馬は江戸の時点で19歳となっているので、最初の段階では15歳。

 導入部に魅力が無いのが残念。そこは、いきなり理由も無く老人が斬られる、しかも斬り捨てるのは主人公というショッキングな場面だ。
 そりゃあ有名な話だから知っている人も多いだろうが、その衝撃こそが、観客を惹き付ける重要な要素のはず。だが、そこを淡々と描写している。竜之助が巡礼を呼び止めてから斬るまで、ずっと引いたカメラで1カットによる処理だ。

 その後、お松が祖父を見つけて泣き崩れ、七兵衛に助けられるシーンも、やはり淡々と描いている。前述のシーンにしろ、そのシーンにしろ、竜之助やお松の表情を捉える顔のアップが一度も無いのは、いかがなものか。
 そこはカットを割って、表情を見せた方がいい。それ以降は、お浜の脱がされた帯が水車に巻き付いて垂れていく描写など、印象的な映像表現もあるんだが。

 この映画の裏主役は、中村玉緒だ。竜之助に手篭めにされて帰宅した後、文之丞が部屋に入ってきた時にフッと顔を向ける。その際の表情の鋭さには、ゾクッとさせられる。
 それは愛する男を見る表情ではない。竜之助の憎しみを、そのまま文之丞に向けているかのようだ。
 その後、去り状を渡した文之丞に「お斬りなさい」と告げる時の怪しい表情も素晴らしい(その横顔の大半が影になっているという撮り方も、効果的に作用している)。

 離縁されたことを竜之助に告げる時も、竜之助の戦いを見守る時も、中村玉緒の目力がスゴい。
 そこには、哀しみとか弱さとか不安といったマイナス方向への感情が、全く無い。竜之助という男の強さを見定めているのだ。
 お浜が文之丞に向けた表情は、竜之助の強さに憎しみを抱くことが、夫の不甲斐無さへの蔑みに繋がったということから来るものだった。そして彼女は、強い男に付いて行くことを決める。強い男と一緒にいれば、不甲斐無さを蔑むことも無いはずだからだ。

 ところが、つがいの相手に強い者を選ぶという動物的な感覚で竜之助と一緒になったものの、江戸に出てからは日陰者の暮らしが続く。つまらない日々にウンザリして、お浜は愚痴をこぼす。
 竜之助は本来、ノンポリのニヒリストだったはずだが、お浜の前では単なる「冴えないダメ亭主」に矮小化されてしまう。
 そういう意味でお浜は、まさに竜之助が言うように「魔物」である。

 お浜が関わると、竜之助は冷徹なニヒリストではいられない。お浜を殺した後も、瓜二つの女・お豊を見て激しく動揺する。人助けなど無縁のように見えた彼が、彼女を助けるために行動を起こす。宿屋でも、お豊の動向が気になってしまう。
 お浜を殺したことで、竜之助は虚無の人でいられなくなる。カルマを背負い、因果に怯え、狂ってしまうのだ。

 「裏主役は中村玉緒」と記したが、もう少し細かく言うと、「お浜を演じている中村玉緒」だ。
 お豊というキャラクターは、まだ出番が少ないこともあるのだが、そう面白味は感じられない。お浜という女、それを演じている中村玉緒が圧倒的なのだ。
 前半に関しては、雷蔵も食うほどの圧倒的な存在感だ。そして映画としても、彼女が竜之助を選ぶまでの前半30分ぐらいが面白い。お浜の存在感と映画の面白さがイコールになっているのだ。

 中村玉緒と比較すると、前半の山本富士子は全く目立たない。何しろ、山岡屋を訪れるシーンまで、マトモに顔が見えないほどだ。
 その場面にしても、横顔がチラッと見えるだけ。雨宿りのシーンに来て、ようやくアップでキッチリと捉える。
 兵馬とのロマンスが始まるまでは表情を見せないとか、存在感を薄めておくとか、そういう意図的なものでもあったのだろうか。あるいは、実は年齢設定がホントに12、3歳のままなので、それを山本富士子が演じているという無茶を隠すために顔を見せなかったのだろうか。

 なお、ラストには、原作には無い角屋での竜之助と兵馬の対決が用意されている。しかし、「いよいよ刀を交えるのか」というところで映画は終了し、第二部へ続く。
 ちなみに、では第二部の冒頭で対決シーンが描かれるのかというと、それは無い。倒れていた兵馬が体を起こす場面から始まり、対決は「芹沢派に邪魔され、靄で姿が見えなくなった」という説明で処理されている。

(観賞日:2008年11月14日)

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