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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#74 運ぶからこそ価値を生む(上)


――いらっしゃいませ。
 マスター元気? ご・ぶ・さ・た! いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? ホントにご無沙汰ですね。しかも、今夜もお疲れのようすですね。今夜は既に、どこかで飲んでいらしっやったのですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ずっと忙しくてあちこち飛び回ってたからさぁ。久々のホームグラウンドでついうれしくなっちゃって。それに、通りのあちこちでなじみの店から声がかかってさぁ、この雨の中まっすぐ歩けなくて困っちゃったよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「そら豆と生ハムのクリームソースパスタ」かぁ。へぇー、もうそら豆が出回る季節なんだね。今夜は立ち寄ったあちこちの店で、和洋中それぞれつまんできたから、パスタはちょっと腹に重いかなぁ。そら豆に塩振ったような、あっさりしたもの何かない? そうそう、そら豆って店で並んでいるのを見ると、結構な大きさで重量感もあるから買うのをためらっちゃうんだけど、料理しようとさやから出して皮をむいたりするうちにだんだんこぢんまりして、案外少なくなっちゃうんだよね。そうそう、こぢんまりと言えば、通販サイトで買い物すると、買った商品よりもはるかにデカい箱で届いて、開封すると箱の真ん中にラップで固定された商品がポツンとあって拍子抜けするじゃない。オレたちおじさん世代からすると「もったいない」とか「ムダにでかいなぁ」と思っちゃうんだけど、あのムダなほどのデカさこそ、物流効率化のキモなんだよなぁ……。


 マスターさぁ、物流の「2024年問題」って、聞いたことある? フツーの人は知らなくて当然で、知ってる人は仕事や何かで「物流」ってのを意識したことがある人なんだ。そもそも物流なんて、フツーの人からしたら、遠い世界で意識なんかしたことがない人が大半だと思う。

 大上段に構えて「物流」なんて言うから難しく聞こえるだけで、郵便とか宅配便、スーパーやコンビニ、店への商品の配送と言えば、その重要性が理解しやすくなると思う。そもそも経済学の世界ではどんなモノでも、単に作っただけでは価値を生まず、作ったモノを店や客先に運んで初めて価値を生むものなんだ。

 たとえどんな高級品だって、作って工場に積んでおいたって、余程の物好きの客でなきゃわざわざ工場まで取りに来ちゃくれない。たとえば、高級ブランド・エルメスのなんとかって言うバッグだって、工場から届いた段ボールの梱包を店で解いてビニール袋から取り出し、さらに布袋からバッグを取り出して、品のある装飾の店内の棚にうやうやしく展示してあるからこそ、興味を持った客にとって何百万円もの価値がある。いくらエルメスとはいえ工場に品のある装飾がしてあるとは思えないから、コンクリート打ちっぱなしの一角に段ボール梱包のまま何段も積み上げられていたとしたら、それに何百万円ものお金を払うとはとても思えない。

 作ったモノを、物流を介して店や客先に運ぶからこそ、初めて価値を生む。いくら価値を生むからといっても、物流=(イコール)コスト。コストだから、経営者としてはこれを下げたい。けれども、下げるどころかむしろ高くなってしまったのが現在の物流事情だ。しかも、今後さらに高くなる要因ってのが、先に掲げた「2024年問題」なんだ。

 2024年問題っていうのは要するに、ついこの前までよく耳にした「働き方改革」の影響のことで、改革の名のもとに多くの業種で長時間労働が改められ、多様な働き方も認められるようになった。でも、トラックドライバーなどの物流業界では「今すぐ長時間労働を改めるのは難しい」として先送りされてきた。

 これは何も会社側だけの問題じゃない。ドライバーは運んだ荷物の数や走行距離に応じて給料が決まる仕組みで、働き方を改める=給料が減ることを意味する。だから会社とドライバーの双方が、何となく先送りしてきた。ところが法律の施行は2024年の4月からと決まっている。だからこの1年でなんとか手を打たなきゃならない。しかも今年4月から、月60時間を超える残業代の割増賃金率は25%から50%に増えた。

 労働時間を短縮すれば1日に運べる荷物の量が減り、物流会社の収入が減る。ドライバーも、長時間働けず走行距離も伸びずに収入が減るとなれば離職に繋がる。3Kと言われ、ただでさえなり手が少ないドライバーの労働力不足に拍車がかかることから、ゆくゆくは運賃も上がり、物流のコストは上がっていく。そこで、オレたちSIerの出番なんだよ。

――物流業界、特にドライバーの世界も職人の世界だと聞いたことがあります。かつては荒っぽい人や口の悪い人もいたようですが、そのぶん職人として難しい仕事もきっちりこなす。大型トラックやトレーラーをバックで一台分空いたスペースにきっちり停める場面や荷物を積み降ろしするところなんて、素人ながら見とれますもんね。久しぶりの来店でまだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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