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ロボットなんて大っ嫌い!


#ほろ酔い文学

――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。

――今日はスーツなんですね?
 昨日から全社で衣替えだってよ。ほら、ウチの会社は体質が古いからさ。10月とはいえまだ暑いのに、まいっちゃうよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「キノコとベーコンの温かいサラダ」か、秋だねぇ。秋と言えば思い出すよ。キノコの佃煮が評判だったメーカーの案件を。10年前、いや20年前だっけなぁ、今の会社に転職する前、商社勤務の時代だった。イチローが日本人野手で初めてメジャーリーグで契約した年だから2000年か。煮豆の製造ラインを自動化するって案件だったなぁ……………。


 名古屋市郊外の3代続く佃煮屋で、就任したての若社長が「ロボットを導入して生産効率を上げ、販路も拡大する。食品メーカーになるんだ!」って息巻いてさ。ホントは先代の経営との差別化を社内外に示すのが目的だったんだけどねぇ。

 煮上がった豆を、小さなトレーに定量で盛り付けてパック詰めにする計画でさ。それまではパートの女性がはかりで測り、次の工程で別のパートがパックに詰めて封印してた。ベテランのパートなら鍋からおたまですくった時点で数グラムの誤差で、1粒か2粒調整したら定量に収まるんだよ。一連の作業を自動化して、自動で測り終えた煮豆をロボットがトレーに移し、パックに詰めて封印するまでを任せるんだと。

 自動ラインを設計し、そこにロボット2台を導入したわけ。昼夜2交代の生産から、無人化して24時間フル稼働するのが目的だった。当然受けたさ、俺自身の勉強のためにも。

 納品前の検収作業は朝からで、ラインとロボットを始動したら仕様書通りに稼働した。ひと目見ようと集まった従業員やパートを前に若社長は鼻高々で、目が潤み出したのが横にいて分かるぐらいだった。

 2時間ぐらい眺めていたかな。「検収OK」で社長に納品書類にサインをもらったところで「昼メシにしよう」と言われてね。近くの割烹に繰り出して乾杯したわけ。ビールから日本酒に代わり、帰りにはお土産まで持たせてくれた。ちょっとした午餐だったよ。

 2時間ほどたったころ赤ら顔で工場に戻ったらさ、社員もパートも誰も目を合わさないわけ。社長にも俺にも。ラインを見たら、動いているはずのロボットが止まっている。ロボットがツヤツヤに光っているんで触ってみたら、妙にベトついてるの。煮豆の煮汁に入っている水あめが気化して作動中のロボットにからみ付き、駆動部にまで入り込んで固まって動かなくなったらしい。あれには参ったねぇ。

 費用はもらえたのかって? もちろん全額頂いたさ。検収のサインをもらった後だし。若社長は最後までゴネたけど、それまで黙って見ていた先代社長だった会長にいさめられたらしい。「お前が悪い」と。

 ロボットの導入が早過ぎたのかねぇ。それとも若社長とウチの会社双方の誤算か。今ならロボットそのものが進化して防じん性も高いし、作業ごとにスペースを区切ることも考えただろうね。ジャケットやスーツと呼ぶカバーみたいなものがたくさん売られていて、ロボットに着せることもできる。導入方法はいくらでもある。20年たって、若社長もそろそろ次代に譲るころだよなぁ。こんど久しぶりに訪ねてみるか。


――お代わりをお作りしましょうか。で、キノコとベーコンの温かいサラダはどうしましょう? 煮豆もありますよ。

■これはフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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