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【あれから10年】東日本大震災でずっと対岸の火事だった僕に子どもができて思うこと

こんにちは

今日で東日本大震災から10年

僕は当時、高校3年生でした。
被災地から遠く離れた広島で大地震があったことをニュースの速報で知りました。

■完全な対岸の火事だった

当時の自分の気持ちです。

「大変だなー。」
「ニュースずっと東日本でしつこいなー。」
「春からも学校休みなのいいなー。」

本当に恥ずべきことだと思います。
でも、高校の頃の自分はそのくらい自分とは関係ないテレビの向こうの話として見ていました。

■ボランティアに行く友達

東日本大震災から2年が経って、友達がボランティアに行くと言う話しを聞いた。

2年経って今更?って思った。
よく話を聞くと東北にタダで行けるらしく絶対それ目的じゃんと思ってすらいた。

何の根拠もないけど2〜5年あればほっといても元通りになるでしょ。ってのが僕の勝手なイメージだった。そして風化していった。

■西日本豪雨災害

対岸の火事が、自分に降り掛かったのは2014年と2018年の豪雨災害だ。
 
この時、初めて自然が怖いと思った。
 
友人や家族を本気で心配した。 
亡くなった友人の話を知人から聞いた。
実際に被害にあった人の話を直接聞いた。
直接被災地を見てなかなか進まない実態を見た。

■そして10年、子どもができた

大人になるにつれ東日本大震災の被災者の気持ちが少しずつ理解できるようになった。 

でも特に思うのは、娘が産まれ
いのちに触れてからだと思う。

ひとりの人が産まれることは
簡単なことなんかじゃない。

自分と関わっている人たちも
当たり前なことなんかじゃない。

それだけ多くの奇跡の積み重ねがあって
今があるんだと思う。

■まとめ

絶対に忘れちゃいけない。
風化させたらいけない。
対岸の火事にしたらいけない。
そう思う一日でした。

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