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人は「陽」の気に包まれるべきなのだ

2023年2月4日から5日にかけて、SUNABACO八代へ訪問した。
1年前に知ってから「いつか訪れたい」とずっと思っていた場所だ。

先に結論を言うと、「なんちゅう最高な場所だ」と思った。

2月初旬に、もう死にたくて死にたくてたまらなくて、その時点ではまだ直接の面識はなかったナカムラマコト(@nakamakoko)さんに連絡を取り、一路、熊本県八代市へ向かった。
SUNABACO八代を訪問するためである。

1泊2日の間、本当にお世話になった。
皆さん、基本的に笑顔で楽しい空気。

お食事をいただき、お宿もSUNABACOに泊まらせていただいた。そのうえ、お土産品もたくさんいただいて帰ることなった。
何から何まで、お世話になりっぱなしだったのだ。

私は直接的な相談はしなかったのだが、終始満たされていたポジティブな空気が心地良くて、
「この世のどこかにそんないい場所があるのならば、死ぬ必要はないよな」と思った。

死ぬくらいならば、ここに絡めばいいじゃないか。

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SUNABACOを訪れる前の私ときたら、本当に最低最悪な状態だった。

1月31日にどうしても職場に足が向かず、有給休暇で休んだ。
翌2月1日には心療内科へ通院し、そのまま本部人事課と協議の上、休職が決まった。
以来ずっと仕事を休むこととなる。

どうせ浮上の目はなく、惨めをこれ以上晒すくらいならば死ぬしかない。ならば最後は思い切ってみるか、ということで連絡を取り、八代へ向かった。

SUNABACO八代での2日間は、私にとってはまさに甦り体験になった。が、これ以降休んでいる間は、ほとんど寝ていた。
急には回復しなかったから、やはりうつ病の症状はあったんだろうなと判る。
起きてご飯を食べている以外は寝ているようなモノだから、我ながら凄く極端だなと思う。

人生2度目の精神的な理由での休職。

組織人としてはある意味での「終わり」を意味することは想像に難くないだろう。
よりによって、人事異動のある時期の直前でもあった。
社内にも味方は多いけれど、ある種のレースからは完全に一旦外れたと思ってもよかった。

そんな、ありがちな狭い世界観に囚われていた。

ところが、ここでは誰かが誰かを非難しない。
他者や他団体を無駄に否定しない。

「バッカだなー」と冗談を言い合いながらも、根底にリスペクトがあることがわかる。
人は人と関わる際にプラスの感覚(陽の気)で付き合うか、マイナスの視点(陰の気)から入るかのどちらかとなる。
SUNABACOの方々、そこに出入りする方々は、必ずプラスの感覚から始まるのだ。

一宿一飯の恩義は忘れない

さて、ここから多少下世話な話をしていくことになる。
私は食事代、宿代、などを「一切支払わぬまま」八代を後にした。
「おいくらかかりましたか」すら聞いていない。いかに余裕がなかったのかがわかるというものだが、失礼極まりないよね。

雰囲気的なものなので説明がしにくいのだけど…聞くのは野暮っていう場面がある。
今回はソレだなと思ったのだ。で、黙っていた。

しかし、していただいた恩義は、返す必要がある。ソレが浪花節であり、仁義である。
いい大人が知らんぷりをするわけにはいかない。

(ここのところを甘くみる人が案外多いのだけど、見てないようで見られている。人の関わりようで恩義に応えるって非常に重要なのだけど、なぜか自分の都合の良い解釈になってしまいがちなのだ。金額の大小ではない、心配りの話で、それは伝わる。)

いただいた親切、ご恩は、しっかりお返しするのが人間本来の付き合い方だと思っている。

とはいえね。
1ヶ月以上前のお支払いを現金で持っていっても、なんだか変な感じになっちゃうでしょ。
他人行儀というか、趣がないというか…
(そういう場面用に商品券っていう事実上現金と同等では?という便利なものがあるんですけどね)
そこで、私は「大変お世話になりました」の意味を込めで美術工芸品を贈ることにした。

Apple PowerMac G4 CUBEだ。

美術工芸品を寄贈した経緯

SUNABACO八代は「一般的なプログラミングスクール」らしく、とてもワクワクする場所だった。

どこを見ても興味を惹くようなものばかりが集められていた。
そんな「一般的なプログラミングスクール」はおそらくSUNABACOだけだ。

ワクワクするっていうのが非常に大事なことで、クリエイティブな発想と行動が加速する場所にはワクワクする装置がなければならない。

(余談だが、私が辛い目にあってきた弊社事務所、計3箇所はいずれもワクワクとは程遠かった。この反省を踏まえて今のデスクにはささやかながら「おだてブタ」がモニターベゼルの上に飾られている)


タイムボカンシリーズのビックリドッキリメカに標準装備のおだてブタ

めざとい私は、コンパクトMacが本棚の片隅に飾られているのを見逃さなかった。


いわゆるコンパクトMac

ベージュ色の古ぼけたコンピュータは、今はもう実用に耐えるようなものではない。

しかしそのフォルムには、何かを前向きに取り組む人達が集まる現代の義塾ともいうべきSUNABACOという空間に、スティーブ・ジョブズの意志が間違いなく息づいていた。

で、あれば、1990年代〜2000年代のPCとネットが一気に市民権を得始めた頃に、
1年ほどの間だけ市場に現れた伝説的なガジェットを、より多くの人の目に触れ、触ってもらうことに大きな意味があると考えた。
これからの前向きなアクションに多少なりとも刺激を受けてほしいなと思ったのだ。

当初はメンテナンスして自分で使うつもりで入手

それが、Apple PowerMac G4 CUBEという美術工芸品である。

私が一宿一飯の恩義を忘れない、ここを利用する皆さんを同志として応援したいという意思表示のつもりでSUNABACO八代の飾り棚を賑やかしている。

家族と会社と友人達、の他に信用のおける場が必要だ

よく言われる言葉では第三空間といわれるもの。家族、会社とは違う場所だ。
そして従来はあまりカウントされなかったが友人関係とは距離のある場所。
(なのでより正しくは第四空間?)これが大事だと思う。

家族が悪いとは言わない。
家族こそが最も強い縁だろう。
だがそれ故にお互いに遠慮がないし、傷つけあうことも多い。
あらゆる悩み事や問題点の中でも家族のことが逃れにくい分だけヘビーになりやすい。

会社は生計を立てていくために必要な生産拠点だ。極論仲良くする必要もないが、かといって関係性が悪すぎるのもよくない。
家族や友人達とは異なり、ドライにも割り切れる(し、割り切らなきゃやってられないみたいな要素もある)が割り切るとそれはそれとして波風が立つ。

友人達はありがたい存在だけど、よく足を引っ張り合う関係性にも陥りやすい。

なので、従来の人間関係から少し離れて、陽の気に包まれる場を見つけておくこと、が非常に大事なことだ。

死ぬかどうかみたいなところから、戻ってこれた体験上、大事なことだと皆さんにお伝えしたい。

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