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短編336.『オーバー阿佐ヶ谷』36

36.

 ーーー世の中に打って出る為の下積みが長過ぎる。いつまで待たせやがんだ、神マザファカ様の野郎は。

 ストリートビジネスでハスリングした金ももうそろそろ尽きようかというところだった。ライブへの出演予定はなく、客演の誘いも絶えて久しい。【RAPするラッパ吹きでもの書き】が今や【ザッピングする真っ裸の三つ編み】に堕ちている。どうしようもねぇ。
 それでも一応、新曲をドロップしてサブスクに挙げたが、無いに等しい視聴回数を叩き出しただけだった。乾燥”野菜”も残りあとわずか。角瓶のウィスキーも底にあと指一本分。全てが裏目に出たサイコロゲームのように世界と反目し合っている。

 ーーー何故、あの二人は怪物に救われて、私だけが取り逃すのか。

 二人の共通点といえば、役者だってことと苗字に【小】が付くことくらいだ。怪物は役者しか救わないつもりなのか。それとも苗字として一生涯付き纏う【小】の字を憐んでのことなのか。
 悩んでも答えは出なかった。いっそのこと役者に転身して【小馬龍丑。】として生きていく覚悟も固めたが、あまりにも小物歌舞伎役者感が凄いので止めにした。

          *

 『Jazz Immortal』をターンテーブルに載せる。クリフォード・ブラウン。馬並みの性慾と象が如き薬物への耐久性を求められた当時のジャズ界にあって、酒にもドラッグにも浸らなかった男。そんな男のペットパイプからは青春最後の炎が散っていくような音がする。ズート・シムズをサックスに迎えたハード・バップの真骨頂。
 シラフ&クリーンな身体であんなプレイをやられた日には、神が命を奪(と)ろうと画策するのも当然だろう。そうじゃなきゃ薬禍に染まった他のジャズメンに示しがつかない。神の差し向けた交通事故。それは一度失敗し、二度目にようやくその目的を達成した。

          *

酒で死に、
クスリで死に、
それらに手をつけなくてもやがて死ぬ。

撃たれたり刺されたりしても死ぬし、
自分の内側が破裂して死ぬこともある。
自分で手首を切る奴、首くくる奴、飛び降りる奴、ガス吸う奴、望んでもいない事故に巻き込まれる奴。
全部ひっくるめてレストインピース。

結局のところ、
皆死に絶えて
残るは塩基配列という古代アート。

          *

 残った金の使い道について考える。一番クールな活用の道を。それがギャンブルでないことは確かだった。ストリートのハスラーではあるが球撞き『ハスラー』ではない。ラッパーとしての使い道を、鉄球転がしじゃない方の”ボウラー”として成り上がる為の使い道を。

 ーーー全国規模、世界規模のアーティストになるには一体、どうしたら良い?

 ワールドワイドウェブによって世界中が繋がった世界にあって、私は何にも引っかかっていなかった。蜘蛛の巣の隙間から落下した哀れな一匹の冴えない虫。喰われることもない代わりにヒリつくスリルもない。生が腐っていくような感覚だけがあった。生きながらにして廃墟。生まれながらにして自転車操業。

 ーーーあともう一度。あともう一度だけ怪物に逢えさえすれば。





#阿佐ヶ谷  #ボウラー #ハスラー #クリフォードブラウン #ジャズ #小説 #短編小説

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