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短編315.『オーバー阿佐ヶ谷』15

15.

 ーーー解せん。何故、死んだ。

 その問いが酔った頭の中をピンボールみたいに弾け飛んでいる。左側頭骨にぶつかり、後頭骨に当たり、前頭骨から右側頭骨へ。頭痛がする。単なる飲み過ぎで脳が浮腫んだだけかもしれないが。

 ーーー私に謎だけを残して死ぬやつがあるか。馬鹿野郎。

 演出家の残した大いなる負の遺産”怪物”。私一人でこれをどうしろというのだ。死者を責めても仕方ないが、それより他に術がなかった。

 ーーーそういえば「馬鹿野郎」はあの演出家の口癖だった。そうだな、レストインピース。

 不可解だった。それを言い出せば、産まれた時に既に定められている死に対して不可解だと言うのも筋違いなのだが、それにしても。病死や自然死ならまだしも怪物の話を吐露した夜に、その当人が死ぬ?多分、その同時刻に私は怪物に遭遇し、その毛をむしっている。これに何の因果も求めない方がどうかしている。

 ーーー怪物の話と演出家の死との間には何かしらの繋がりがある。絶対に。お馴染みのシックスセンスがそう告げていた。これまで一度も正解に辿り着いたことのないシックスセンスが。

 二十数時間前にはあれほどまでに輝いていた満月は見えない。分厚い雲が空を覆っていた。Tシャツでは肌寒く、パーカーを羽織るにはまだ早い、そんな中途半端な季節だった。こんな季節に死ぬっていうのはどんな気分なんだ。頭から流した自分の血を見ながら死ぬっていうのはどんな気分なんだろう。冷たくも熱くもないアスファルトに横たわるのはどんな気分?開き切った瞳孔で見つめる阿佐ヶ谷のストリートはあんたにはどう映った?

 どれもこれも答えの出ない問いだった。生者から死者への問いかけは答えられた試しがない。それでも尚、人は問いかける。それだけが儚く脆い接点かのように。

          *

 追悼の酒の為に寄った小さなバーでは界隈で起きた殺人事件の話で持ちきりだった。まぁ持ちきりとはいえ、私を除いて客は一組のカップルしかいなかったが。
 私はカップルから距離を取った席に座り、話に混ざっていたバーテンダーに軽めの酒を注文した。栓を抜いて差し出せば済むようなものを。

 気にしてない時には目につかないものでも、知ってしまえば矢鱈と目につく。そのような習性が人には備わっているらしい。死はその代表格かもしれない。聞きたくもない話ばかり聞こえてくる。テリー・レノックスに酒を捧げたフィリップ・マーロウの静寂はここでは求められそうにもない。なかなか上手くいかないものだ、現実は。そう。現実には。

「犯人まだ逃げてるんだろ?怖ぇな」
「死体、酷い有り様だったらしいですよ」
「今もまだアスファルトに血がべったりだって」
「帰り、見に行ってみようぜ?」
「いいね!いいね!でも怖ーい」
「大丈夫だよ。俺が付いてっから」
「その被害者の人、結構多額の借金があったって話ですよ」
「じゃあ恨みで殺されたのかもな」
「劇団やってる演出家だって」
「今どき、演劇?売れないんだろうな」
「そんなものに人生賭けちゃって、歳なんか取った日には余計にもう引けないですよね」
「犯人は役者である。名探偵ワタシの推理!」
「ありそう!ありそう!劇団って内情、ドロドロそうじゃん」
「分かるー。偉い人と女優がデキてるってやつでしょ」
「キモいっすね。主演の座を勝ち取る為に汚いオッサンに抱かれるなんて」
「だいぶ酔っちゃったな。事件現場行くより、今日お前ん家行っていい?」
「えー。何もしない?」
「何もしないよー。帰るの面倒くさくなっちゃったし、寝るだけ寝るだけ」

          *

 馬鹿らしくなって店を出た。



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